ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

名護市長選 「沈黙」の問い

 沖縄・名護市長選挙の告示(1月16日)が近づき、いくつか記事を目にします。千葉の田舎からは、報道で想像するだけでは、実際のところはよくわかりませんし、名護市の住民の思いとはズレやギャップがあると思います。メディアは辺野古の基地移設に関心を向けますが、そもそも基地は名護市が移設しようと言ったものではありません。選挙のときにだけ騒がないでもらいたいという声があれば、もちろんそれはそのまま受け止めるしかありませんが、それでも名護市の市長が基地移設にどういう態度や姿勢で臨む人であるのかは大変気になるところです。

 朝日新聞が今週「沖縄から考える民主主義 復帰50年」という連載記事を載せています。読んで共感したり、考え込んだりです。基地移設に賛成の人にも反対の人にもそれぞれの考えがあり、議論はあっても、考え自体は尊重されるべきです。しかし、賛成・反対を明らかにするのではない、「沈黙」というのをどう受け止めたらよいのでしょうか。1月10日付の第一回の記事にはこうあります。

米軍基地が来る、でも生活は楽に「それなら黙っておいたほうがいい」 - 沖縄 [沖縄・本土復帰50年]:朝日新聞デジタル

…30年住んだ名古屋を離れ、母の介護のために沖縄県名護市の実家に戻ったのは還暦前。医療や年金が気がかりなのに、基地問題日米安保、抑止力……。日々のニュースや地元の選挙は、縁遠いはずの言葉が飛び交った。
 居間でくつろいでいると、窓ガラスが震えた。上空を通る米軍機のせいだとわかった。子どものころは気づかなかったのかもしれない。5年前の暮れには、そばの浅瀬で、オスプレイが真っ二つにわれて見つかった。それからしばらくして、5キロ先の辺野古の海で、埋め立てのための土砂を入れる作業が始まった。
 40キロほど南の人口密集地にある米軍普天間飛行場をなくすため、代わりの基地をここに移すという。新たな基地なんて認めたくない。そう思っていた。でも、気持ちは揺らいだ。

「今の市長になって生活が楽に」
 4年前の名護市長選で移設に反対する人からいまの市長に代わった。まもなく政府は、辺野古移設への協力を前提とする予算、米軍再編交付金を出すようになった。年約15億円。市長は移設の賛否は語っていなかった。市は、その交付金を使って無料のコミュニティーバスを走らせ始めた。
 日用品の買い物は月2、3回、タクシーで往復8千円かけて、市中心部のショッピングセンターまで出かけていた。でも、無料バスが走り今は週2、3回行く。「今の市長になって生活が楽になった。便利なものに気持ちがいっちゃうよね」

 暮らしに影響を与える基地のことで、市長が「黙認」することに不安がなくはない。将来何かあったときに、私たちの声を市長は国に届けてくれるのか。市長や私たちの声を、国は聞いてくれるのか。でも、これまでも届いた実感はないとも思う。
 「国がやっていることに何を言うてもだめ。それなら黙っておいたほうがいい」
 これまでは辺野古移設に反対する人に投票してきた。でも、新垣さんは今回、現市長に一票を投じようと考えている。

保育費も給食費もゼロ 揺れる思い
 辺野古の海があり、新垣さんが暮らす東海岸からは山を隔てた西海岸に、名護市の市街地がある。そこでホテルを営み、2歳、3歳、6歳の娘を育てる30代の夫婦もこの4年、暮らしの変化を実感してきた。
 幼稚園の保育料がゼロになった。市の方針が変わらなければ、この春、小学生になる長女の給食費も無料になる。
 財源の一部は、国が市に支給する米軍再編交付金だ。
 「移設反対の候補が勝っても工事は止まらず、交付金もなくなるなら、今の市長でいいじゃん、という気持ちはわかる」と妻(30)は言う。でも、この4年に起きたことは、それだけではない。
 妹(21)が進学で住み始めた宜野湾市では、普天間飛行場から発がん性が疑われる物質が住宅街に飛散した。過去には周辺のわき水からも検出され、母親(54)に心配された妹は、水道水を飲まなくなった。
 昨年11月には、民家の玄関先にオスプレイから水筒が落ちてきた。米軍ヘリの窓が小学校の校庭に落下したのもまだ4年前。いまは、米軍由来といわれる新型コロナが猛威を振るう。
 夫婦はこれまで市長選や県民投票で、移設反対の意思を示してきた。「正直、工事は止まらない」とも思う。でも、基地問題とセットにされる子育て支援も、地域の一大事に賛否を示さない市長の姿勢もおかしい、と感じる。
 その思いを一票に託すつもりだ。

市民の選択 歴代市長は…
 米軍普天間飛行場宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画が浮上して以来7度目となる市長選が16日告示される。容認か、反対か。向き合い続けてきたこの問題に、再選を目指す市長はこの4年、事実上の「沈黙」を貫いてきた。かつてなかった事態だ。
<中略>
…4年前、「反対」を破って信を得たのが、現在の渡具知(とぐち)武豊(たけとよ)氏(60)氏だ。市議時代は容認する立場だったが、選挙中だけでなくこの4年間、賛否を語らず「沈黙」を通した。
 昨年3月、軟弱地盤発覚で政府が県に出した設計変更申請について、市長意見を問われ「存在しない」と回答した。「スタンスを明確にすべきではないか」。市議会や会見で重ねて問われたが、「国と県が係争中で、推移を見守る立場だ。前回市長選でもそう説明し、当選した」などと語ってきた。
 「容認」すれば市民の反発を買う。だから「沈黙」は選挙戦術に過ぎない、との批判もある。ただ、移設計画が浮上した翌97年の名護市の住民投票で反対派代表だった宮城康博さん(62)はこうもみる。
 「名護市民は、日本という国と向き合うなかで、容認と反対の立場を行き来した。その結果、もはや主権者であることをあきらめざるをえなくなったのではないか」
 政府と協調して交渉を試みても、条件は簡単につぶされ、「容認」の意思だけが都合良く利用され、「反対」を掲げれば冷遇される。そうした地方の現状に全国的な議論も盛り上がらない。「安保の問題を6万人の地方自治体に問われることは、理不尽だが、民主主義国家として当然。でも、条件をだしても、反対しても、何を言っても仕方がない。国民世論も怒らない。それなら黙るしかない。それが今、名護で起きていることだ」

 この「沈黙」について、第4回のインタヴュー記事で南野森(しげる)氏(九州大教授)はこう話しています。以下、1月13日付の記事からの引用です。

本土の民意が生んだ「沈黙」する沖縄の市長 このような国でいいのか - 沖縄 [沖縄・本土復帰50年]:朝日新聞デジタル

――復帰50年を迎える年の1月に行われる名護市長選。渡具知武豊市長は4年間、移設問題について「沈黙」を通してきました。どう見ますか。
 市長についていえば、立場を明確にすることが王道だとは思いますが、国と地元の市民の間で板挟みになり、本当に難しい立場だとも思います。
 より大切なことは、この「沈黙」は、全国の人たちに、こんな国でいいんですか、という問いを突きつけていることだと思います。

――どういうことでしょうか。
 まず市長の役割についてですが、市長は、市民の安全や安心に一番の責任を負います。そのため、国と対峙(たいじ)していくことも仕事です。民主主義の観点からすれば、基地問題をめぐって市のかじ取りをどうやっていくのかを市民に示す責任があります。
 「選挙では何も言わないが、私を信頼して白紙委任してほしい」というわけにはいきません。こうした態度が許されてしまうと、責任を取らないために、何も言わない方が得なんじゃないか、という世の中になる恐れさえあります。

――それでも、難しい立場と一定の理解を示されるのはなぜでしょうか。
 米軍基地の移設問題は、何よりも安保・国防の話であり、基本的に国が決定するものでしょう。もちろん地元自治体の同意や納得は必要ですが、名護市民だけで決められる問題ではありません。市長が反対したからといって止められないところがあります。
 市民のなかには経営者も商店主も、農業や教育関係者も、基地関連で働く人も様々な立場の人がいます。難しい選択を迫られるなかで、国との戦いには勝てないんだから、実を取って米軍再編交付金をもらい、保育料や給食費にあてた方がいいという現実的な判断も、十分理解できます。

――そのことと、全国の人たちが問われているというのはどう結びつくのでしょうか。
 沖縄に過重な基地負担があるのは、全国の人たちが民主的な選挙によって時々の政権を選んできた結果です。その構造に、多くの人は無関心でした。そうしたなかで、沖縄の負担をへらすためと言いながら、同じ沖縄に新しい基地が造られようとしている。それは是か非か。問われ続けてきた結果、名護で生まれたのが『沈黙』する首長です。沈黙することに選挙などでの戦略的な部分があったとしても、このような国でいいのかと、我々は考えなければなりません。

<追記>
 現市長が「沈黙」するのと住民が「沈黙」するのとでは意味が違うだろうと思います。これを突き詰めようとすれば、問いは間違いなく自分へと反転するでしょう。
 沖縄には「チュニ クルサッテー ニンダーリーシガ、チュクルチェー ニンダラン」という言葉があることを、亡くなった大田昌秀・元沖縄県知事の話で知りました。四半世紀も昔のことです。意味は「他人に傷つけられても眠ることはできるけれども、他人を傷つけたら眠れない」だそうです。今、沖縄の人々、名護の人々に「本土」の人間が恥を忍んで同じ言葉をかけられるでしょうか。こちらもやはり「沈黙」しそうです。……

 



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