ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

デマゴーグの逮捕

 N党の立花孝志党首がおととい11月9日に逮捕されました。今年1月に亡くなった元兵庫県議の竹内英明さんを中傷したことで、今年6月、遺族から名誉棄損で刑事告訴されていました。それから5か月めのことです。
NHK党・立花孝志氏を名誉毀損容疑で逮捕 元兵庫県議への中傷で | 毎日新聞

 素人眼にはもっと早くてもいい感じがしましたが、在宅起訴でなく逮捕となった点も含め、実際問題として話がそう単純ではないようです。元大阪地検検事の亀井正孝弁護士はこう言っています(概略)。
NHK党・立花容疑者を逮捕・送検、なぜ今のタイミング? 伊東市長選へ出馬表明、執行猶予中、刑事告発から5カ月…弁護士が解説

 通常、名誉棄損罪は不起訴や罰金になるケースが多く在宅捜査だ。その中で逮捕・身柄事件に至ったことは画期的だ。名誉棄損は3年以下の拘禁刑とあまり重くならないにもかかわらず身柄事件にしたのは、この事案を悪質かつ証拠隠滅の恐れがあると判断したのだろう。事案の悪質性が際立っていること、立花氏に前科があり、執行猶予期間中であったことに加えて、立花氏が著名人であり社会的影響度が大きいこと、あとは、立花氏が伊東市長選に出馬表明していて、もし当選して市長になってしまうと、捜査が非常に難しくなるので“その前に”、ということなどが勘案されたと思われる。
 刑事告発から5か月を経ての逮捕は、他の名誉棄損の捜査に比べると早い。告訴されてから半年ほど捜査しなければならないという原則論はあるが、実態はそうではない。名誉棄損で在宅起訴ということになったら、半年以上、1年、1年数か月ほどかかることがある。その意味で、比較上早い。名誉棄損は(相対的に)重くないため捜査が後回しになりがちだが、今回は違う。社会的に注目されている事案でもあり、優先的に捜査してきたと思う。

 立花の言動に不快感、嫌悪感を抱いてきた人は多いと思われます。竹内さんが亡くなった直後に、立花はSNSに「明日逮捕される予定だった」などと書き込み、YouTubeには「こんなことなら逮捕してあげた方が良かったのに」と語る動画を上げ、あげくには「これくらいのことで自ら命を絶つような人は政治家しちゃいかん」とまで言いました。後で事実誤認だったと一部謝罪しましたが、それで済むんだったら、文字通り「警察はいらない」という話です。到底許されないレベルでしょうし、いったん公けになったデマは容易には消えません。
「自ら命を絶つような人は政治家しちゃいかん」 ついに逮捕の「立花孝志容疑者」 自死した「兵庫県議」に投げかけていた“信じがたい言葉”(全文) | デイリー新潮

 同時に思うのは、集団的な誹謗中傷はデマゴーグ一人で起こせるものではないということです。実際、遺族側が嘆いていたとおり、竹内さんへの誹謗中傷は、本人の死後も延々と続き、悲しみの癒えない遺族に追い打ちをかけたわけです。大元は立花が発したデマと「犬笛(扇動)」であったとしても、それに呼応する「匿名」の「暴力(リンチ)」がなければ、竹内さんが命を絶つことはなかったかもしれず、その意味で、これに加担した者の責任もまた問われなければなりません。今回の立花逮捕が「匿名暴力」に対する一定の「抑止力」にはなるかもしれませんが、名誉棄損が親告罪なのを「いいことに」、「彼ら」が知らんぷりでいられるとしたら問題です。

 しかし、懸念もあります。今回のケースは、立花本人も認める大嘘と誹謗が公然と続いて遺族が立花を告訴し、世論も「いくらなんでも(立花は)やりすぎだ」という声が(たぶん)多かったから警察は動きましたが、政治家の逮捕はいろいろな意味でハードルが高いようです。言論・表現の自由はもちろんありますし、グレーゾーンのデマというか、日常的なデマで聴衆側が「慣れっこ」にされている場合はどうなるか。小生は先週土曜のTBS「報道特集」を見ていませが、番組で取り上げられたらしい参政党の神谷代表の発言は、何やら「予防線」を張っているような印象を受けました。立憲民主党の杉尾秀哉参院議員のX(旧ツイッター)をもとにした記事からの引用です。
元TBSの立民議員「デマを飛ばすな」参政党・神谷宗幣代表を批判 「報道特集」の内容に触れ - 政治 : 日刊スポーツ

……杉尾氏は8日の「報道特集」で放送された、神谷代表が、選挙でのデマについて発言した内容を伝える動画の投稿を引用。動画では神谷代表が、知事選に立候補した和田政宗参院議員の応援演説の中で、「選挙って、みなさんね、攻撃し合いだから、不正確な表現ありますよ、ちょっとぐらい。それはでも、お互いやってるわけですよ。今、ネットでそれが可視化されているけど、昔から選挙の時は流言飛語が飛び交うわけ。嘘やデマが飛び交うわけですよ」と言及している。……

 さすがに「流言飛語」を「誹謗中傷」には言い換えられませんが、嘘やデマが飛び交うのは当たり前だと言われると、それは杉尾議員と同様、おいおい、ちょっと待て、と言いたくなります。が、他方で、こういうのを「そうなんだぁ」と思いながら聞いている人も少なくないのでしょう。デマゴーグは大衆から生まれた「鬼っ子」ではないのではないか。ある意味「映し鏡」だとも思えます。




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事件報道に思うこと

 今日はごく短く。
 最近TVで連日報道されているニュースが2件あると思うのですが、1つは各地で出没を続けるクマのこと。毎日毎日よくもまあ、と思うくらい住宅地や市街地に姿を現しています。ある種の個体はもう山に帰らず、人里に住み着いているのではないかと思えるほどです。秋田県は、ことの適否はさておき、自衛隊の派遣を要請する事態になっています。専門家が指摘するように、山でどんぐりの類が不作のため、食料不足で人里に下りてくるとすれば、向こうも生きるため、子どもを守るために必死なのでしょうし、あるいは、もし、野生動物に平気で餌を与えていた過去の人間の所業にも原因があるとしたら、(個々人はともかく)社会全体としては「自業自得」の面があるかもしれません。ただ、連日ケガ人や死人が続くとなると、「駆除」というのもやむを得ないかもしれません。釈然としないというか、気持ちの晴れる話ではありませんが。

 もう1つは(こちらが本論ですが)26年前に名古屋で起きた殺人事件の犯人が逮捕された件です。容疑者が逮捕されたのは10月31日ですから、昨日で毎日1週間。他の殺人事件の犯人逮捕の報道と比べても、ちょっと異様な長さです。そこには、容疑者が被害女性の夫の高校時代の同級生で、夫に好意を寄せていたらしいという、ゴシップ好きな世間の興味関心や詮索心理を刺激する面があるからでしょう。たとえば、昨日の新聞広告で見た週刊新潮の見出しは「26年目に逮捕された〇〇容疑者の異様な執着心」、週刊文春は「〇〇(容疑者名)“狂気の恋”」となっていて、いかにも扇動的なタイトルです。調べていませんが、他の週刊誌やスポーツ紙の類も大差ないのではと思います。

 テレビでこのニュースを眺めていて感じたのは、放送局は(相変わらず)自らの報道がバッシング(誹謗中傷)の原因をつくるかもしれないことに極めて無頓着で配慮(反省)が足りないということです(好意的な言い方です)。一昨日の夜、NHKのニュースでは、容疑者の家宅捜索の映像が放映されていましたが、まず、遠くから容疑者の自宅の正面全景がほぼ映るかたちで映像が始まり、門の表札(容疑者の苗字)をはっきりと映し出したあと、捜査員が家の中へ入っていく様子を見せていました。他局のニュースも同様でしたので、NHKだけが特別ではないようですが、自宅の正面全景や表札をことさら映し出す必要があるのか疑問です。一連の映像から、近隣の住民はもちろんのこと、事件に縁もゆかりもない人であっても、「その気」になれば容疑者の自宅を特定できるだけの視覚情報を提供した可能性が十分あります。続きは、あまり書きたくありませんが、過去の事例からは(事後に)好ましからざる光景を目にすることが多々ありました。同じことになることを危惧します。

 容疑者の人権を云々すると、犯罪者には人権などないかのような情緒的反応がわき上がりがちです。しかし、法律上、そんなことはありませんし(意識というか精神がともなっていない人がいるだけです)、百歩(いや、一億歩かそれ以上!)譲ったとしても、容疑者の家族や縁者は事件とはまったく無関係でしょう。週刊誌には早速容疑者の家族の情報が上がっているようですが、これは甚だしい人権侵害です。こんなことを容認していたら、犯罪者を出した一族は全員犯罪者扱いしてよいということになりかねません。逮捕された容疑者は、自分が捕まったら家族に迷惑がかかることをずっと気にしていたようですが、メディアは、自らの報道がやり方次第で誹謗中傷の「犬笛」を吹くことになるという自覚を欠いていると思います(これも「好意的」な言い方であって、別様に言えば、「悪意」があってやっているなら「自覚」してやっていることになります)。容疑者の顔写真や顔映像を表に出すことへの異様なまでの執着も含めて、ジャーナリズムは事件報道のあり方を根源から見直すべきです。起こらないで済む(済んだ)はずの「悲劇」を派生させ、繰り返さないためにも。




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マムダニの勝利と政治潮流の変化

 注目されていたニューヨークの市長選挙は、民主党候補のゾーラン・マムダニ氏の勝利が確実となりました。日本では当確の「ゼロ打ち」というのがありますが、マムダニ氏の場合は35分で当確が出たそうです。市議会議員を2期務めていたとはいえ、当初は支持率1%程度だったという、いわば「無名」の候補を、短期間で一気に押し上げた市民の支持(原動力)は何なのか。また、マムダニ氏の勝利が今後の民主党の選挙戦略にどう影響するのか。関心をよぶ論点がいくつもありそうです。
NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショックの行方は?|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
【コラム】マムダニ氏勝利、民主党に意味するものとは-D.ドラッカー - Bloomberg

 トランプ関税の効果で物価の上昇が続く米国。特に都市住民から悲鳴が上がる中、マムダニ氏が訴えていたのが、いわゆる「左派」的な政策です。「大企業・富裕層への課税強化」「家賃の凍結」「食品スーパーの公営化」「市内バスの無料化」……というラインナップを見ると、個人的には、いくつかは実現できてもすべては「無理」かなあと思えますが、昨晩のNHKクローズアップ現代」を眺めていると、昨年の大統領選でトランプに票を投じた人々が今回はマムダニ支持に回っているわけで、「選挙は水もの」というか、「ポピュリズムのうつろい」というか、いずれにしても、世論は(短期間で)左右に大きく揺れ動くようです。
 また、同日に行われたヴァージニア州ニュージャージー州の知事選でも民主党候補が勝利しているので、来年に中間選挙を控えたトランプ共和党には黄色信号点滅ですが、ことはそれほど単純なのか。まず、民主党はおそらくマムダニの方法を「勝利の方程式」にはできないでしょう。実際、マムダニが「左派」だとすれば、ヴァージニア州ニュージャージー州で勝利した民主党候補はいずれも「中道」でした。どちらに比重をおくべきか。都市と地方でこれを使い分けようとすれば、共和党陣営から「矛盾」や「二枚舌」を突かれるのは確実です。今後の選挙戦略を練っていく民主党にとって、これは「また裂き」というか、悩ましい問題でしょう。

 マムダニ氏の当選で個人的に一番期待したいのは、米国がイスラエルを擁護してきたこれまでの政治潮流の変化です。彼は勝利演説で「腐敗した文化に終止符をうつ」と言いました。これは直接的にはトランプのような億万長者が減税を悪用して税逃れをしていることを批判したものです。「ノブレス・オブリュージュ」という語は貴族的で嫌な言葉ですが、それでも、アメリカだろうが日本だろうが、どこの国でも関係なく、社会的地位の高い人は相応に社会的な責任を果たす義務があると思います。
「腐敗の文化に終止符を打つ」民主党・マムダニ候補 NY市長選で当選確実に(2025年11月5日掲載)|日テレNEWS NNN
「腐敗」という点では、小生には、無法な占拠と人殺しを続けて恥じることのないイスラエルを擁護し続ける悪辣さ、それを批判する声を金と暴力によって封じ込めようとするトランプ政権を支持する人々にも、「アメリカの(道徳的)腐敗」が感じられます。

 シーア派イスラム教徒であるマムダニ氏にとって、米国のイスラエル擁護は看過できないでしょう。イスラム研究者の宮田律(おさむ)さんは、6月、市長選の民主党予備選でマムダニ氏が勝利したのを受けて、ブログにこう書いています。引用をお許しください。
米国政治の新しい潮流 ―民主党のニューヨーク市長選候補にイスラム系で、イスラエルを非難するゾーラン・マムダニ氏が有力に|宮田律

 パレスチナ問題では、マムダニのイスラエル批判の姿勢は顕著で、イスラエルのガザ戦争をずっと抗議し続けている。トランプ政権が国外追放しようとしているコロンビア大学の反イスラエル学生運動の指導者マフムード・ハリールの釈放を要求し、イスラエル戦争犯罪を非難する。マムダニは、選挙キャンペーンで彼が市長になったら国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を発行されたイスラエルベンヤミン・ネタニヤフ首相がニューヨーク市に来た際には逮捕するとさえ約束した。一方、クオモは、国際刑事裁判所でネタニヤフの弁護団の一員になることを訴えた。
 ガザでのイスラエルのジェノサイドは、米国内、特に民主党支持者の間でイスラエルに対する支持を急落させ、世論調査では米国人のイスラエルに対して好意的な見方をしている割合は50%を下回っている。イスラエルに好感をもてなくなったのは特に民主党員の間で顕著だ。民主党員は特に指導者たちが高齢だと考え、民主党員の6割余りが自分たちの党には新しい指導者が必要だと考えている。世論調査では多くの民主党員がイスラエルパレスチナ人に対する扱いに嫌悪感を抱いているが、チャック・シューマー、ハキーム・ジェフリーズのような民主党の指導者たちはイスラエルを断固支持する姿勢を鮮明にしている。ガザ問題に関する候補者の姿勢は、候補者たちが信頼に足る人物か、有権者を本当に代表しているかを示すリトマス試験紙となった。クオモはこの問題で有権者を代表することに関心がなく、イスラエル支持を訴えた。
 マムダニはガザでの戦争が始まった直後の23年10月13日、イスラエルの攻撃を非難するデモを行って逮捕されたことがあり、今年5月にはイスラエル建国記念日を祝うニューヨーク市議会決議への賛同の署名を拒否したが、その理由は決議の中に「イスラエルが諸国民の光となるという預言を成就するために、自国、近隣諸国、そして全世界の安全と尊厳をもって平和のために努力し続ける」という文言が含まれていたからだった。5万人以上も殺害するイスラエルのジェノサイドを見れば、マムダニには到底署名することはできなかったのだろう。米国の政界はバーニー・サンダース上院議員の発言にもあるように、政治家たちはAIPACからの献金を望み、AIPACの選挙妨害を怖れ、イスラエルを無条件に支持してきたが、イスラエル国際法に違反しても、またパレスチナ人の人権を侵害しても熱烈にイスラエルを支持する姿勢は米国の不正義とイスラム世界など途上国からは見られてきた。マムダニの民主党の予備選での勝利は、米国政治、あるいは米国民の意識がパレスチナ問題について健全な方向に向かっていることを表すものだ。

 ニューヨーク市民の苦しい暮らしに向けられる視線がガザの人々に向けられないとしたら偽善でしょう。それはアメリカの為政者はおろか国民全体がもたなければならないものだと思います。

 最後に、昨日届いた雑誌『地平』12月号から、カリフォルニア州の大学で教えているジャーナリストで映画監督の大矢英代(はなよ)さんの一文を引用させてください。

 心が折れそうなとき、ふと、思い出す言葉がある。2020年、大統領選を取材した際に、投票所の出入り口でインタビューをしたひとりの有権者の言葉だ。
「米国の民主主義の歴史は、常に上り坂だったわけじゃない。時にはトランプのような権力者が当選して、底まで落ちる。だけど、またみんなで登り始めるんだ。民主主義というのは、ゴールではなくて、高みを目指しつづけること。登り続ける行為自体を民主主義と呼ぶんだと思う」
 激動のトランプ政権発足一年目を振り返りながら、改めて、この言葉を胸に刻んでいる。沈黙してはいけない。今が下り坂ならば、ここから這い上がっていくしかないのだ。

(大矢「抵抗は続く アメリカの大学でこの一年に起きたこと」、『地平』2025年12月号、28頁)




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