何かと話題にされる高市首相ですが、今度は先日彼女の公式サイトから削除されたブログ記事を全文検索できる「サービス」が登場したそうです。「逃げおおせた」つもりでしょうけど、そうはイカの天ぷら(笑)。どなたか存じませんが、やるもんです。
高市早苗首相が公式サイトから削除したコラムを全文検索できる「高市早苗コラム アーカイブ検索」 - GIGAZINE
昨日更新したXの内容についても噛みつかれてますねぇ。もちろん「行けたら行く」などと書いてるわけではありませんし、「諸般の事情」が今のイランをめぐる情勢のことというのは想像できますが、それにしても3.11の追悼式ですからね。普通の感覚からしたら、広島・長崎の原爆や戦没者の追悼式典と同じで、党首討論に出る出ないとはレベルのちがう話だと思いますが、高市首相にとってはそうではないんでしょうかね。
「行けたら行くわ」高市早苗首相、3.11に関する発言に賛否「なんでこの一文を入れたの…」「余計な1言」 - All About ニュース
今日は別に高市氏のことを書きたかったわけではありませんで、千葉県の印西市近辺でデータセンターが次々と建てられ、ついに駅の真ん前にまでつくるとなると、さすがにそれはどうなのか。昨日の新聞で住民らが提訴したという記事を見て、住民不在でテック資本にいいように開発(乱開発)されている現状に憤りを感じたので、当初はこの件について書くつもりでいましたが、
印西DC 「建築確認違法」住民ら提訴 「工場」「倉庫」と主張 /千葉 | 毎日新聞
今朝の新聞の栗原俊雄さんのコラムを読んで気が変わりました。ブログとちがって消すことのできない過去(発言)について、なお思うところがあります。栗原さんのコラムの後半部分にはこう書いてあります。
30年前に高市氏「反省なんかしておりません」戦後世代と帝国の戦争 | 毎日新聞
……94年6月、社会党と自民党、新党さきがけの連立政権が誕生した。3党は「過去の戦争を反省し、未来の平和への決意を表明する」国会決議の採択を目指すことで合意した。しかし内容を確定する作業は難航した。社会党とさきがけが近隣諸国への「侵略」や「植民地支配」を盛り込もうとしたのに対し、自民党の案はこれらの文言を入れず、犠牲者への「追悼」を前面に出すものだった。
それでも95年6月9日、衆議院で「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」が採択された。「不戦決議」とも呼ばれる。「戦後50年の節目に、決着していない問題にけじめをつけようと決意していました。社会党が政権に入ったからには、これはぜひやらなければならない、と」。党委員長として首相に就任した村山富市氏(1924~2025年)は13年、私のインタビューに、そう語った。
妥協の結果、「決議」は「世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する」となった。「世界の近代史……」のくだりは「日本だけが植民地支配、侵略をしたわけではない」といった「釈明」のような響きもある。
村山氏はこの決議の文言に「本質をゆがめられた。これでは逆効果になってしまう」と思った。その危機感が、日本による過去の植民地支配と侵略を謝罪した95年8月15日の「村山談話」につながった。
村山氏が納得できないほど妥協した「不戦決議」であっても、議員の抵抗は強かった。賛成したのは衆議院の定数511のうち、半数に満たない230人。野党の新進党のみならず、与党からも欠席者が出た。参議院では決議すらできなかった。
高市早苗首相は当時、新進党の若手衆議院議員で、強硬な反対派の一人だった。決議に先立つ同年3月16日、外務委員会で「不戦決議」を取り上げた。「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」と述べた。……
高市は、この時確か、村山首相に「国を代表して謝られても困る」というようなことも述べていたはずです。もし、彼女が右派を喜ばせたいだけのこわっぱ議員に過ぎなければ、個人的には、こんなに毎日毎日話題にするほどの価値は感じません。みんなそうだと思います。首相だから。国の顔だから。異議を覚えるのは、当事者は反省すべきだが、当事者でなければ反省する必要がないというその認識です。今でもそれは変わらないのか。
自分が戦中当時に生きていたらどうなっただろうか。「反省なんかしておりません」と述べたときはおそらく想像していなかったかもしれませんが、今や、自分の判断ひとつで、世の中を動かせる立場です。もちろん「侵略戦争なんかしませんよ」と当人は言うでしょうけど、当時だって「侵略戦争」ではなく、これはやむにやまれぬ選択だと称していたわけです。そんな中、政府を率いる者として、何がなんでも他国に軍は送らない、周りからそうした圧力をかけられても絶対に折れないと、彼女はそんな自身の姿を想像できるでしょうか。
これは、高市首相にかぎりません。誰が首相でも、大臣でも同じことですし、一般国民でもそうです。周りから、何でお前だけ戦争に反対するんだと言われて、自分は絶対に反対だと言い続けられるのか。当時の国民にしても、諸手を挙げて賛成した人ばかりではなく、やむなく、しかたなく、いやいや、泣く泣く……という人も中にはいたでしょう。そういう人だって責任皆無にはならない。一貫して反対し続けた人も、厳しいことを言えば、何でそんなことになる前に止められなかったんだ、という見方だってなくはないのです――ドイツの牧師マルティン・ニーメラーの「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」という話を連想させます。さらに言うなら(これが重要ですけど)、一般国民と為政者では責任の重さが天と地ほどちがうということです。そういう認識が高市首相にあるかどうか。
栗原さんは、自身も高市と同様「当事者世代」ではないし、アジア諸国・地域を侵略していないし、現地の人に危害を加えてもいない。だから、これも高市と同様、加害の反省を求められたら戸惑う、と。けれども、
過去につながらない未来はない。自分には直接関わらない過去を知り、誇るべきは誇り、反省すべきは反省する。近現代でいえば、日本はなぜ植民地支配や戦争をしたのかを考え、それによって苦しんだ国・地域の人々の気持ちを想像する。そこから教訓を得て、未来につなげる。それが日本の歴史に連なる者としての責任だと、私は思う。
と述べています。まったく同感です。
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