10月8日の「報道1930」は見ておくべき内容だったかも知れない。翌9日にキャスターの松原耕二氏がドイツの若者の投票率のことをTweetしている。
まだ放送後間もないので「まとめ動画」も上がっていないが、詳細を知りたいと思ってネットで探していたら「JCCテレビすべて」に抄録を見つけた。
総選挙の投票率・日独を比べると… BS-TBS【報道1930】|JCCテレビすべて
総選挙の投票率・日独を比べると…
先月終わり、ドイツではメルケル後を決める選挙が行われた。
衆議院総選挙の投票率について、政治ジャーナリスト・田崎史郎は「小選挙区制度に影響があるのでは」、翻訳家・エッセイスト・マライメントラインは「教育が影響していると思う。ドイツでは学校で積極的に選挙について話したり、生徒達の中で議論させたり」とスタジオコメント。
……
ドイツ・子どもたちへの民主化教育
スピードをかなり出して車が通るのに抗議をして道ばたで抗議活動を子供たちがしている、ドイツの教育を象徴する写真の紹介。
ドイツの子供たちへの民主化教育の紹介。
幼稚園の給食(朝食)のメニューは子どもたちが決める。
小学校では募金活動の寄付先を子どもたちが決める。
また、デモの手順を学習する。
15歳からは模擬選挙を行う学校もある。
早稲田大学教育学部・近藤孝弘教授のコメント。
翻訳家・エッセイスト・マライメントラインが「ドイツの場合、学校は中立を保たないといけないが中立の立場を保ちつつちゃんと話をさせるというのがすごく大事で、先生はあくまでモデレーター。日本の場合だと社会と政治、結構分断して考えているところがあるような気がする」、大阪市立大准教授・斎藤幸平が「福島の原発事故があったときはベルリンにいたが、すぐに週末、10~20万人規模のデモがあってみんなが非常に熱心に参加して、そしてメルケルが脱原発を宣言するという、自分たちが選挙で意思表示をするだけではなくてデモや座り込みといったいろいろな手段を使うことによって社会を変えていくという経験が深まっている」、堤伸輔が「かつての文部省や日本の政治がうまくいい方向に持って行くことができなかった、これは与野党全ての問題だったんだろうなと思う」とスタジオコメント。
メモ書き風ながら、だいぶ様子を想像できた。こういうのはドイツと日本の彼我の差を痛感させられるばかりだが、ノルウェーでも9月に総選挙があり(与党が敗北し政権交代となった)、オスロ在住のジャーナリスト鐙麻樹(あぶみ あさき)氏の連投記事のなかに、選挙と学校教育をとりあげたものがあって、興味深かった。
9月6日付記事より。
社会の授業に政治家が来るのは当たり前、ノルウェー高校の模擬選挙「学校討論」(鐙麻樹) - 個人 - Yahoo!ニュース
ノルウェーでは選挙の年になると、「若い世代のための選挙」も前夜祭のようにセットになっている。
通常の選挙のおよそ1週間前に、高校で「学校選挙」と現地で呼ばれている「模擬選挙」が行われるのだ。
学校選挙のポイント
・学校選挙は基本的には「高校」が舞台
・希望すると中学校や小学校でも(!)開催可能。決めるのは学校。
・各政党の代表はすでに議員・今選挙で立候補している若い政治家だったり、青年部のトップだったりする
高校の学校選挙の流れ
・各政党の違いを生徒が理解するために、国会にいる政党は全部招待する。これがノルウェーの考える「中立」な政治教育
・約3週間、全国各地の高校での「模擬選挙シーズン」が始まる
・高校には各政党の青年部が集まり、政党同士の討論が行われる。これを「選挙討論」「学校討論」という。
・討論の前後には、校庭には「選挙広場」という空間ができて、各政党のスタンドで生徒が気になる質問をすることができる
・学校によっては、加えて先生が生徒を街に連れ出し、大人の政治家もいる各地の選挙スタンドが集まる「選挙小屋」に行き、「社会科の授業の課題」として生徒は各政党を訪ねて政治を比較する
・通常の本物の選挙のおよそ1週間前に、全国各地の学校の投票結果を反映した総合結果が一斉に公表される
・与野党の党首たちも熱心に結果を気にする
・メディアでも大きく報道される
模擬選挙がなぜ大事か?
という質問をノルウェーの人に聞いたら、たくさんの答えが返ってきます。いずれにせよ模擬選挙は、「日本で若い人の投票率を上げるには?」という問いに対する、いいヒントを含んでいるものではないでしょうか。
・高校には今年の選挙で、初めて投票する人もいる
・高校にいるのは、数年後にはいずれ投票する人たち
・政党政治を学べる
・政党比較ができる
・右派・中道・左派の違いを学ぶ
・自分で批判的に考える力・議論する力を磨く
・政治家との交流
・民主主義の勉強
・自分とは違う考えの立場の人の身になって討論する力を磨く
・青年部は「若い世代の声」として、大人のいる母党や国会にどのような影響力を与えていくかを生徒に理解してもらう
・本物の国政選挙には、各政党の立候補者リストに「青年部からの代表者」もいる(つまり若い声の代表者。だから青年部おすすめの立候補者を若い人は注目することもある)
・模擬選挙は社会科の授業の一環
・模擬選挙はつまり「教材」のようなもの
・そもそもこの国では政党政治の違いがをわかるなど、一定の知識がないと成績に響く
では、9/13にノルウェーでは国政選挙がありますが、8月後半におこなわれた、オスロにあるオスロ・ビー・スタイナル高校(Oslo by steinerskole)の学校討論と、選挙広場を見てみましょう。
……
右派左派がすごく分かりやすい
基本的には現在の国会に議席がある政党だけが高校に招待されます。ただし、一番右側にいるのがリベラリスト党。国会には議席がないのですが、若者の間でちょっと人気があるので、呼ばれていることが多い特別な扱い
…体育館で各政党の青年部が代表者1人ずつ、ずらりと並んだ光景。一番左が極左にあたる政党、中央が中道、右にいくほど右派と、非常に明快にわかりやすい。
高校には今年初めて投票する人がたくさんいる
討論が始まる直前、私の隣にいた高校生のカレンさん(18歳、左)とイドゥムさん(17歳、右)と話をしました。ノルウェーでは18歳から投票できるので、まさに初めての投票をする世代です。
イドゥムさん「まだ模擬選挙の投票日に、どこの政党に投票するか決めてないの。どのテーマが各政党にとって優先事項か知りたいし、青年部がどう議論するのか見たい」
カレンさん「どうやって互いに反応して、答えるのかね」
自分たちも若いし、議論する青年部の代表も若いから、興奮して楽しめるのだと2人は語る。
イドゥムさん「私たちの周りでは、選挙に行って投票するのは当たり前という雰囲気。気候危機を気にかけている世代だしね」
あぶみ「ノルウェー人って、『議論されているテーマと個人(人格否定)を分ける』というテクニックが浸透しているよね。なんでかな」
カレンさん「米国と違って、右派左派の違いが極端じゃないからかな。どの政党も似ているから極端な分断が起きないんだと思う」
「政党の特徴を高校生に覚えてもらいたい!」必死になる政党
各党の個性を覚えてもらうために、長話はせずにシンプルに。
社会科の先生が司会者となり、共通ルールを確認した後、議論が始まった。まずは各政党は持ち時間内に、簡潔に政党の政策や価値観を紹介する。出た言葉は
・赤党「石油」
・左派社会党「気候危機、石油」
・緑の環境党「石油」
・労働党「全生徒のがんばりが反映される学校、気候危機」
・中央党「脱中央政権、地方に力を」
・自由党「薬物依存者には罰ではなく助けを、難民」
・キリスト教民主党「不公平、メンタルヘルス」
・保守党「学ぶ学校を自由に選ぶ権利、気候危機、」
・進歩党「減税」
・リベラリスト党「自由」
ノルウェーは石油産業で裕福な国だが、気候危機を心配する若い世代の間では「石油」はホットな話題だ。
若者向けの「政治の話し方」は意識して変える
この後は討論がスタート。大人の政党の討論との違いは、明らかにいろいろと出てきます。
・わかりやすい言葉が多い(ポピュリスト化することもあるので問題もあり)
・机をたたくなどのジェスチャーや動作の演出が増える(ノルウェーの大人の政治家はブーイングや机をたたくなどはしない)
・若者の関心のあるテーマが中心となる
このように学校討論での青年部の議論カルチャーは特徴があり、大人の政治家だったら言動も出てくるので、現地の報道陣が面白がって記事にすることもあります。
農家の味方で、愛国心が強めの中央党は、歌い始めたのでびっくりしました。学校選挙は、これだからおもしろい。
若い人と政治の距離を縮める「学校政策」
青年部には多様性のある性をより重要視する党員が多い。赤党からは自分の好きなファッションにこだわった人も
若者の関心のあるテーマとは、例えば「学校政策」と呼ばれるジャンル。
ノルウェーでは「雇用」「福祉」「移民」などと同じレベルで大事だと議論されている。
日本だったら「就活」「校則」「受験」などが学校政策として選挙で話題になることになるだろう。
・学校給食を無償化するか
・通学する学校を市民がもっと自由に選べるようにするか
・保健室の先生が足りていない
・メンタルヘルス対策
・成績や試験制度
などなど。他に意外なテーマとして「中絶」も若い人が熱心な話題。
学校に政治色があることは問題視されていない
編み物をしながら討論を聞いている高校生もいた。ノルウェーでは編み物が人気で、会議や授業では「集中できるから」と編み物をしている人がやたらに多い
討論がどのような流れで進むかは各政党の代表者たちに左右されるだけではなく、討論が行われる「学校の政治色」も関係してくる。
「学校選挙の結果が公表される」ということは「各学校は右派よりか左派よりか」がわかるということ。各政党の支持率が全部数字でグラフ化される。
「あの学校は保守党派(に投票する生徒が多い)」「あの学校は左派」などのイメージがあるのが普通だ。
だから学校によって盛り上がるテーマや、人気の政党がある(ノルウェーでは学校に政治色があることは問題視されていない)。
「ここの学校は前回の選挙で僕たちは人気だったから、力をいれるぞ。多めにボランティア党員を送ろう」
「ここでは前回はあまり票が取れなかった。伝統的に右寄りだ・左寄りだ・●●政党寄りだ」
各政党の青年部は、当たり前のように過去の模擬選挙の結果を参考にして戦略を立てる。
日本ではぎょっとするかもしれないが、この国では「なにか問題でも?若い人が政治に熱心でなにより!」くらいの感覚でしかない。
模擬選挙で見えてくる、未来の有権者の関心
なぜか前の列に座っているのは、この高校では女子が圧倒的に多かった。討論中は生徒たちも大笑いしていて楽しそう。政治の討論は必ずしも難しそうな顔で聞かなくてもいい
この日の討論は
・「第三の性についてどう思うか」
・「キリスト教民主党が多様性ある性に否定的で、プライド行進の参加を拒否する党首がいること」
・「進歩党の移民政策の厳しさや差別」
・「労働党と進歩党の移民政策は実は同じか」
などの話が盛り上がった。大人が気にする税金の話はほぼ出てこない。
討論後は、校庭で「選挙広場」という空間が待っている。選挙広場については、次の記事「校庭で政治の話をしよう。コンドームをどうぞ。ノルウェー高校の模擬選挙「選挙広場」とは?」にて。
校庭で政治の話をしよう。コンドームをどうぞ。ノルウェー高校の模擬選挙「選挙広場」とは?(鐙麻樹) - 個人 - Yahoo!ニュース
この国で投票率が高いのは、高校で「投票する練習」ができるからか?驚きの社会科の授業(鐙麻樹) - 個人 - Yahoo!ニュース
四半世紀ぶりに刊行が始まった岩波講座 世界歴史の第1巻巻頭に小川幸司さんの文章がある。
…日本の世界史教科書は、生徒が問いをもつことがなく、書かれていることを真実としてそのまま暗記すればよいという「天から降ってくる歴史」のようなものであり、それは「歴史の客観性と言う神話の戯画化された姿」にほかならない。このような歴史の学び方をしている日本人は、自分で歴史を創り出しておらず、結果的に自分の歴史観に責任をもっていない。…学生や生徒・児童は、歴史教師が研究の成果を教え込むのではなく、歴史教師とともに歴史を探究していく主体である。歴史を探究する主体どうしが対等なパートナーとして歴史対話を展開することで、私たちは互いの歴史認識…を鍛えることができ、ひいてはそれが社会の集合的記憶を鍛え上げる営み…になっていくのであろう。このように、世界史は、私たち一人ひとりに開かれており、皆が自分の世界史をつくり、それを開いていくべきなのである。(15-16頁)
まだ先の道のりは長いが、進むべき方向は明らかだと思う。
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