ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「政治主導を偽装した官僚専制」

 最近安倍政権を「行政独裁」とか「官僚専制」と特徴づける人がぽつりぽつりと現れているように感じます。言葉として断片的には以前にも耳にしていましたが、筋立てた話を2つほど知りました。

 日曜の毎日新聞朝刊に、ノンフィクション作家・保阪正康さんとジャーナリストの池上彰さんの対談が載っていて、興味深く読みましたが、その中で保阪さんは「安倍政治は「行政独裁」だったと見ている」と述べていました。これが1つめです。少し長いですが、引用させてください。
池上彰のこれ聞いていいですか?:保阪正康さん「安倍政治は行政独裁」 歴史を見て考える民主主義 | 毎日新聞

民主主義の継承、日本は失敗した
 池上 英国やドイツには政治家の言葉によって国民を動かしていく歴史があります。一方、日本の政治家にはその伝統がありませんし、やはり哲学が感じられません。
 保阪 中曽根康弘元首相は、政治手腕が乱暴な政治家だと思っていましたが、彼の回顧録を読み、人知れず勉強していたことをノートに書き記していたことや「首相は歴史の審判を受ける」という意識を持っていることが分かりました。その意識は首相としての第一条件だと考えます。ある種の政治家は、その意識を持って首相になりましたが、ある時からふっと消えてしまった。戦後民主主義で育った人が首相になると駄目ですね。
 池上 なぜそう考えるのでしょう?
 保阪 小学校のホームルームのような政治になってしまっているからです。教室で山田君がボール遊びをして窓ガラスを割ったとしましょう。先生が「みんなで議論しろ」と言ったので「山田君の遊びを止めなかった僕らも悪い」といった議論になる。単なるお互いの責任逃れみたいなことに民主主義を持ち出しています。民主主義は個人の自立が前提だから、そのためには論点を明らかにして論じなければならないのに。
 また、ルポライター鎌田慧さんと話していて「僕らの世代は、民主主義を継承することに失敗したね」と反省を共有したことが印象に残っています。政府に反対する国会前のデモは、高齢者が多いという話もしていました。
 池上 確かにデモは団塊の世代が中心で、下の世代の参加は少ないのが実情です。ではなぜ民主主義を継承できなかったのでしょうか。
 保阪 戦前をきちんと理解していないから、民主主義の本質をつかめなかったのです。戦前は「軍事独裁」だったとの理解は間違っています。正しくは「行政独裁」です。軍部の独裁ではなく、軍が行政を握って、司法、立法を隷属させたのが本質なのです。ですから現代には昔のような悪い軍は存在しないから独裁にはならない、という見方は錯覚なのです。行政が独裁になる怖さは今でもあると認識しなければいけません。
 もう一つは「自由」や「平和」は、総合的に検証しなければいけないのに、イメージだけでそれらの言葉が使われています。自由、平和といった言葉を使えば、社会全体がなれ合っていくような言語空間もできてしまいました。

 池上 平和や民主主義という言葉には柔らかい感じがありますが、それらを守っていくのはとてつもなくきついことですよね。
 保阪 平和憲法」と表現した時から間違いが始まっています。帝国憲法を「軍事憲法」と位置付ければ、現行憲法は「非軍事憲法」なのです。平和憲法の目的に到達するまでには距離があるから、国民はその距離を埋めるために努力をしなければならない。しかし、スタート時から「平和憲法」と位置付けてしまったので、動かない。
 平和を考えれば、日本は唯一の戦争被爆国なのですから、核抑止論ではなくて「核を持つこと自体が人類悪」だとメッセージを発する義務と権利があります。自立して意見を出さないといけない国なのに、米国についていくだけでメッセージを出していない。岸田文雄首相は来年5月のG7(主要7カ国)広島サミットで、人類史に刻まれる核廃絶に向けた基本的なテーゼ(命題)を示し、世界が感動する演説ができるのでしょうか。

 池上 それにしても今も「行政独裁」のリスクがあるとは驚きです。
 保阪 安倍政治は「行政独裁」だったと見ています。なぜならば司法にまで介入したからです。学校法人「森友学園」を巡る財務省の決裁文書改ざん問題で、司法の判断が出ていないのに、安倍晋三元首相は国会で「私や妻が関係していたら首相も国会議員も辞める」と答弁しました。「司法の判断を待つ」と答弁すること以前の問題であり、この発言は、司法に対する介入にほかなりません。また、立法の機能に関しては、法律を通せればいい、というのが政府の認識だったと受け止めています。
 戦時中の東条英機も行政独裁でした。政治家の中野正剛が、朝日新聞に発表した「難局日本の名宰相は、絶対強くなければならぬ」などと主張した「戦時宰相論」を、東条は読んで激高します。自分が批判されたと思ったのです。警察に調べさせますが、法律違反ではないと言う。そこで東条は、子飼いの憲兵隊に調べさせて、中野を自殺まで追い込む。行政が司法に介入した事例の一つです。他にも東条を批判した1人の男性を処分することを見えにくくするために、その人と同じ40代前半の男性を全国から集めて、戦場に送りました。行政独裁がいかに怖いか。歴史的にきちんと見ていないのが、民主主義が継承されない理由の一つなのです。

 「行政独裁」(行政機構・官僚機構の専制政治)は、政治学者の白井聡さんの話にも出てきます。これが2つめですが、弁護士の郷原信郎さんとの対談で、白井さんは2012年12月に始まる第二次安倍政権以降の自民党政権自公政権)時代を「2012年体制*」と呼び、こう特徴づけています。
* 実は鳩山・民主党政権の崩壊後から始まる「2010年体制」と呼んだほうが適当かもしれないと、話の中で自問されていました。
【白井聡氏と、安倍・菅・岸田政権、日本政治の構造的問題を語る】郷原信郎の「日本の権力を斬る!」#195 - YouTube

 白井……この体制の本質とは何なのかということが一番大事なことだと思うんです。ロングスパンの話をすると、これは『永続敗戦論』という2013年に出した本で書いて以来、ずっと書き続けてきたことですが、特殊な対米従属体制を一番大きな基盤とした、外見的表層的な自由民主義体制ということですね。それがなぜ外形的表面的に過ぎないのかというと、権力の核心部の構造というのは、明治時代に形づくられていた天皇制国家だったからだと。天皇絶対が戦前の体制だったわけです。その天皇の項目のところにアメリカを入れ替えて成り立ってきたような体制なので、私はこれを「戦後の国体」と呼んでいるわけです。
 この体制では、天皇陛下はいわば民族の父であって、(臣民を)我が子のように愛してくれているという大きな物語大日本帝国は依拠していたわけですけれども、それが入れ替わってアメリカは日本を愛してくれてるんだという虚妄の上に成り立っているのが、この戦後の体制ですね。そして、この妄想がもういいかげんもたなくなっているですね。というのは、この妄想というのは、東西対立という構造にいわば現実的根拠をおいていたわけです。アメリカからすれば日本はアジアにおける一の子分だから大事にしないわけにはいかないなと。そこで、アメリカは日本を愛してくれているんだという温情主義的妄想が成り立ち得たんですけれども、そんなものはもう30年以上前に崩壊しているんですよね。にもかかわらず、それを無理矢理引き延ばして現在に至っているのが、大きな構図で見たときの、また歴史的に見たときの現在地なんです。
 では、「2012年体制」というのは何なのか。これは、もう明らかに賞味期限切れになって、宙に浮いている体制を無理矢理に無限延長するというか、砂上の楼閣でしかない宙に浮いた状態の家の中にずっと住み続けようというような、まあ、そういう本当に不毛な試みですよね。だからこの30年が「失われた30年」になるのは当たり前です。で、その砂上の楼閣を維持するのがますます無理になって、それがますます可視化されたのがこの10年です。どうにかしてこの楼閣を維持したいという抵抗の現れが、この「2012年体制」ということになりますね。それが僕は歴史的本質だと思います。
 もう少し現象面から言うと、端的に言って、これはもう行政機構・官僚機構の専制政治だと思います。でも表層的には「政治主導」なんです。内閣人事局をつくって「政治主導」が制度的に完成したわけです。しかし、「政治主導」というのは、実はポスト55年体制のキーワードのひとつで、政権交代可能な二大政党制によって、強力な政治主導で政治を行うんだと。今までは官僚支配国家だったから、それがいかんのだということで、政治が主導するんだという話で、政治主導はよきものだというふうにされてきたわけです。でも、現実問題として、政治主導をする政治家にその手腕がなかったらどうなるか、知性がなかったらどうなるかと。安倍さんとかを見てればわかるわけです。だから逆に官僚の言いなりになるしかなくなるんです。それも特定の官僚ですね。要するに、安倍さんに取り入るのがうまかった特定の官僚の言いなりになった。だから、安倍政権時代、官邸官僚の存在が異様なまでにクローズアップされたわけです。特定の官僚による恣意的な専制政治というのが、今の構造を見たときの「2012年体制」の中核部分だろうと思いますね。

 対談の終わりの方で白井さんはこうも言っていました。
 「……安倍政権というのは、政治主導を偽装した官僚専制。岸田政権というのは、その偽装すらなくなった官僚専制」だ、と。岸田政権には「失われた30年」が凝縮(噴出)しているような感じがします。






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