ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「新しい資本主義」 斎藤貴男さんの話

 「デモクラシータイムス」を見たら、久しぶりにジャーナリストの斎藤貴男さんが出演していて、岸田政権の唱える「新しい資本主義」のどこに「新しさ」があるのかを解説されていた。
 岸田首相も所詮はアベスガが続けてきた、掲げるだけの「看板」政治を踏襲しているだけというのは確かだが、それだけでは話があまりに単純すぎるというのは小生も感じてきたところで、彼が掲げる「新しい資本主義」が新自由主義の焼き直しに過ぎないとしても、どこをどう焼き直そうとしているのかは認識しておくべきだと思っている。大変興味ある話をされていたので、概要を起こしてみる。

揺れる世界、混乱の政治、原発、新しい資本主義……読み解く明日 WeN20211225 - YouTube

 岸田さんが総裁選に出るときに、新自由主義の転換ということを言っていました。新自由主義について、私は、格差社会の取材を始めた1990年代の後半くらいから、ずっと取材や勉強を続けてきたわけですが、今、日本にかぎらず世界の格差や貧困のかなりの部分は、この新自由主義の席捲によって引き起こされたのではないかと考えてきました。
 岸田首相はそれを転換しようと、格差の拡大についての問題意識にも言及されていたので、それには期待したいと当初は思っていました。しかし、総裁選が終わって、彼が首相になり、総選挙へといった過程が進んでいくと、だんだんそういう(転換とか決別といった)言葉が使われなくなっていって、「新しい資本主義」という言葉が、それに入れ替わるように出てきました。
 最初は「分配」ということを前面に出していましたが、そのうちに「分配も成長も」と言い始め、その後「まず成長」で、成長して得た原資によって分配だという具合にだんだんとウェイトの置き所が変わっていくわけですね。何か話が違うなあと思い、これは最初から筋書きができていたのではないかと考えながら、状況を注意して見ているところです。
 マスコミの論調では、「新しい資本主義」がアベノミクスと変わらないじゃないかという指摘が多くて、だいたいそんなところではありますが、私の見るところでは、それだけではないんじゃないかと。どこが違うかというと、まずアベノミクスが土台で、つまり、日銀に株を買わせて株価をつり上げるようなかたちで数字やイメージを演出するというでっち上げが基本にありますが、さらにそこに、SDGsの装いをこらして、その実、デジタル社会と経済安保を中核とした社会にもっていこうとしているのではないかと思うわけです。
 SDGs(開発可能な持続目標)は基本的にいい話だとは思いますが、国連のサミットで決めた(2030年までの解決を目指す)17の目標ですね、働きがいも経済成長もとか、すべての人に平和と公正さをとか、個々の部分を取ってくればいい話ですが、それらが日本政府の取り組みとして打ち出されると、「働きがい」というのはどこかに追いやられ、経済成長一本槍みたいになってしまう。
 政府が唱える「ソサエティー5.0」の早期実現とかですね。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会だと。一方的に市民に情報が伝えられるのではなくて、市民の側も情報を提供する双方向の人間中心の社会をつくっていくのが目標だそうですが、それは単なる監視社会ではないのかと私は考えます。
 街を歩いていると、全部監視カメラで撮られていて、人の行動が全部ビッグデータ化される。「あなた、そっちに行くと混雑しているよ」とか「そっちに行くと(交通)事故が起こっているよ、だから、こっちに行きなさい」と。それは確かにベスト・チョイスかもしれないけれども、それは自分自身の人生ではないんじゃないか。ただ操られているだけじゃないかと考えるんですけど。でも、それは経済成長に資するということで、ただ、いい話になっている。本来それにはかなり批判もあって、国論を二分するような話のはずなのに、SDGsの取り組みに入れこむことによって正当化されていく。
 SDGsの「平和も公正も」という話についても、日本政府が取り組むと、なぜか「世界中の平和」ではなくて「アジア太平洋地域の平和」になってしまう。これは単に日米安保の話ではないか。
 これがSDGsの「装い」という部分の話で、そこに今話したようなデジタルの話と経済安保の話、これははっきり言って、対中国包囲網のことです。これは「新しい資本主義」実現会議の少し前に出た報告書の中にも、しっかり書かれているんです。
 「装い」ということで言えば、「新しい資本主義」実現会議のメンバーは15人いるんですけど、うち7名は女性です。この種の有識者会議としては異例のことで、ジェンダー平等を強く意識しているのはわかるし、その中には、「格差拡大はよくない」と発言している方もいる。ESG投資というんですか、(脱炭素の)環境にやさしい企業やジェンダー平等を実現している企業に積極的に投資すべきだとかと言っている方もいます。しかし、これも結局はビジネスの文脈に乗せることによって実現をはかろうとするものです。あと、会議にはAIの専門家がたくさん入っています。これもやはり、SDGsっぽいけど実は監視社会ということにつながるのではないかと思える。
 つまり、岸田さんは新自由主義の「転換」ということは言ったけれども、「打破」とか「脱却」とは言っていないわけで、いわば新ゴジラの「新」――つまり、「新・新自由主義」なのではないか。それはどういうことかと言うと、今までと同じように格差を拡大させるような市場原理主義や競争原理主義を推進するけれども、そこに強権的な部分、つまり、中国とあんまり取引するなとか、監視でもって一人一人の行動を見張るぞとかいうような部分が色濃く出てくる。逆に、皮肉な話で言うと、日米が敵視している中国は、軍民融合と言ってますが、日本はそこまでではないにしても、日本的な緩い軍民融合を目指している。それは、強権的かつ市場原理的、新自由主義がハイパー化したというか、進化したというか、洗練されたというか、そういうものを岸田新政権は目指しているのではないかと考えています。




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