ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「世の中、最後は金」の続き

 ドイツの哲学者にシュプランガーという人がいるのですが、どういうことに優先的な価値を感じるかで、人間を6つのタイプに分けています。順に挙げると、理論的人間、審美的人間、経済的人間、宗教的人間、権力的人間、社会的人間の6つです。これ、おもしろいなと思い、大昔に、自己流に質問をつくって授業で生徒にきいてみたことがあります(ちょっと乱暴な話でシュプランガーに怒られそうですが…)。たとえば、「理論的人間」だったら「理屈に合わないことを要求されるのは嫌いである」とか、「審美的人間」なら「自分の持ち物の色やデザインにはこだわりがある」とか、順に自分に当てはまるものに挙手してもらいます。「経済的人間」のところでは、「世の中、最後は金であると思う」、これ自分に当てはまるという人はいますか? と訊いたら、45人ほどのうち12,3人の手が挙がりました。手を挙げた一人の生徒が、周りを見回して「みんな、正直になれよー」と言ったものですから、クラスのあちこちから笑いが漏れて大笑いになりました。20年、いやそれ以上前の話です。もし、生徒が「正直」になって手を挙げたら、もっと数は増えたでしょうか? そうかも知れません。しかし、そうは言っても手を挙げるのは憚られると思う生徒もいたはずです。あるいは、最初から拒絶とは言わないまでも、こういう価値観は眼中にないという生徒もいたと思います。「世の中、最後はお金」という価値観への視線――世代によっても違いはあるでしょうが、今はどうなのでしょう?

 ジャーナリストの青木理さんが、1月19日付毎日新聞・大阪夕刊で、先日のNHK番組の「お金をもらって五輪反対デモに参加」という字幕の件をとりあげて、世の中には金銭や利害損得とは別の次元で動く人びともいて、それで政治や社会が少しずつ進歩してきた、と書いています。小生も、先日blogで触れましたが、まったく同感です。引用させてください。

理の眼:己の卑しさ、白日の下に=青木理 | 毎日新聞

 デモや集会に参加すれば金銭がもらえるとか、参加している人びとは金銭で動員されているとか、各種の一般的な市民運動でそのようなことがありえないのは、はっきり言って社会常識の範疇(はんちゅう)に属する事柄でしょう。ましてそれなりの取材経験を積んだメディア関係者ならなおのこと。
 なのに世の中にはそうは考えないし考えられない、要は常識の欠如した人びともいるようです。東京オリンピックの「公式記録映画」を製作中だという映画監督に密着した番組で、字幕に「不確かな内容」があったとNHKが謝罪した一件。問題の字幕は「五輪反対デモに参加しているという男性」が「お金をもらって動員されていると打ち明けた」というものでした。
 すぐに思い出すのは数年前に東京のテレビ局が放送した「ニュース女子」なる番組。沖縄で米軍基地建設に反対する人びとをあしざまに罵(ののし)り、嘲笑し、ろくな取材もしないまま彼ら彼女らに「日当」が支払われていると疑った番組は、裏づけ取材などが不十分で「重大な放送倫理違反があった」と放送倫理・番組向上機構BPO)に厳しく指弾されました。
 なぜこれほど常識外のデマをメディアが繰り返し発信してしまうのか。想像するに、人間はカネや利害損得でしか動かないといった陳腐で貧困な偏見に凝り固まっているか、または現実にそうした人びとばかりに囲まれているうち偏見に毒されてしまうのか。
 そういえば先の衆院選で与党幹部が街頭演説した際、聴衆の一部に5000円の日当が支払われていたことが発覚しました。これぞまさに金銭での動員。与党には過去に「最後は金目でしょ」と言い放った幹部もいましたが、与党に限らずとも、さまざまな利害を背景に組織が動員する集会などがあるのも事実でしょう。
 しかし、金銭や利害損得とは別の次元で動く人びとも世の中にはいて、それが政治や社会を少しずつでも進歩させてきたのです。そのことへの想像力も洞察力もなく、誰もが金銭や利害で動くと考えているなら、これは常識の欠如に加え、すさまじいまでの精神の退廃。そうではなく意図的に、または十分な取材もせずデマを流し、民主的な意思表示を貶(おとし)めたなら論外の所業。いずれにせよ自らの卑しさを告白しているに等しく、単に訂正と謝罪で済む問題ではなさそうです。

 「人はパンのみにて生きるにあらず」という聖書の言葉もあります。世の中が金だけをめぐって動いているわけではないのは、我々の生活が対価労働一色でないのと同じことだと思います。シュプランガーを出すまでもなく、世の中には「経済的人間」だけがいるわけでもありません。そもそもその「経済」でさえ、今や環境負荷とか、お金に執着するだけでは立ちゆかなくなっているのですから。
 「世の中、最後は金でしょ、みんな、正直になれよー」と言われて、20数年前と同じように今の子どもたちは笑うのでしょうか。






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