ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

EWサイード『パレスチナ問題』序より

 パレスチナ出身で学者・文芸批評家のエドワードWサイードが亡くなって20年になります。最近はあまり本屋にも行っていないのですが、一時のように著書を目にすることが少なくなって、だんだんと忘れられてきている気もします。イスラエルハマスの戦闘が始まって1ヶ月ということで、本棚の奥にあった彼の本を引っ張り出して見てみました。その一冊『パレスチナ問題』は、原著が1979年、日本語訳が2004年の刊行ですが、2023年11月の今読んでも、事実関係はともかく、書いてあることに古い感じがしないのです。というより、この40数年、間にオスロ合意やパレスチナ自治区の創設など、いくつかの節目となる出来事がありましたが、基本的には何も変わっていないことを思い知らされたと言った方が適切だと思います。以下、少し長くなりますが、冒頭の「序」からの引用です。

……読者の多くがパレスチナ問題という言葉から直ちに連想するのは、「テロ行為」という観念ではないかと思われる。……しかしながら、事実はもっとずっと複雑であり、少なくともその一部を、私がここである程度詳しく語っておく価値はある。純粋な数の問題、つまり損害を蒙った人間や財産の数量に関する限り、シオニズムパレスチナ人に対して行った行為と、その報復としてパレスチナ人がシオニストに行った行為とのあいだには、まったく比較にならぬほど大きな懸隔が存在する。ここ二十年間、レバノンやヨルダンにあるパレスチナ民間人の難民キャンプに対し、イスラエルがほとんど間断なく行ってきた攻撃などは、この完全に不均衡な破壊の記録を示す指標のうち、ほんの一つというに過ぎない。私見によれば、それよりずっと悪辣なのは、イスラエルのテロ行為についてはほとんど何一つ語ってこなかった西洋(それに勿論、リベラルなシオニスト)の新聞・雑誌や知的言説が孕む欺瞞である。「イスラエルの民間人」や「町」「村」「小中学生」に対する「アラブ」のテロ行為を報ずるさいには憤怒の口調を示し、「パレスチナ人の戦略拠点」への「イスラエルの」攻撃を叙述するにあたっては中立的な措辞を用いる。しかもその「戦略拠点」が、実は南レバノンパレスチナ人難民キャンプを指しているのだとは誰にも知りえないとすれば、およそこれ以上の不誠実さがありうるだろうか(私がここで引証するのは、1978年12月下旬に発生した最新の事件に関する報道である)。イスラエルが[ヨルダン川]西岸およびガザ地区を占領した1967年以来、イスラエル占領に伴う残虐な行為がやむ日は一日たりとてないのに、それはイスラエルの市場に仕掛けられた爆弾ほどにも、西洋の報道機関(およびイスラエルの情報媒体)を震撼させることがない。合衆国の新聞は一紙たりとも、イスラエル軍参謀総長グール将軍への次のようなインタビュー記事を掲載しなかった。これは、ここで私が純粋な嫌悪感にも近い感情を籠めて記しておかねばならぬ事実である。
 問――[1978年3月のイスラエルによるレバノン侵攻のあいだ]無差別に[人間]集団を爆撃したというのは本当ですか。
 答――私は都合のよいことしか覚えていない人種とは違います。ここ幾年にも亘って我々が行ってきた事柄について、私が知らんぷりをするとでもお考えですか。スエズ運河全域に沿って我々は何を成し遂げたでしょう。百五十万の難民を作り出したのですよ!……南レバノンの民衆はいつからこれほど神聖な存在になったのですか。彼らはテロリストたちが何をしているのか、十分承知していたのです。アヴィヴィームでの大量虐殺(南レバノンとの国境近くの村でスクールバスがテロに遭い12名のイスラエルの子どもが亡くなった)ののち、私は南レバノンの四つの村を無許可で爆撃させました。
 問――民間人と非民間人との区別もなしにですか。
 答――何の区別です? ……
 問――しかし、軍事声明はいつも、テロリストの目標物に対する報復攻撃や応戦だと述べていますが。
 答――冗談はよしてください。消耗戦の結果、ヨルダン峡谷全体から住民がいなくなったことをあなたは御存じなかったのですか。
 問――すると、住民は懲罰を受けねばならないと仰言るのですか。
 答――勿論です。その点に疑いを抱いたことはありません。[侵攻にさいし]航空機やミサイルや戦車を用いる許可を私がヤヌーフ[レバノン作戦の責任者……]に与えたとき、私は自分の行っている行為を正確に認識しておりました。(イスラエル建国)独立戦争から現在までの三十年間、我々は村や町に住む[アラブの]民間人と戦い続けてきました。そして、我々が戦いを行うたびに繰り返される質問とは、民間人を襲うべきか否かというものなのです。
    (EWサイード杉田英明訳『パレスチナ問題』、みすず書房、2-4頁)

 1978年の話とはいえ、このイスラエル軍参謀総長の認識には驚かされます。しかし、もっと驚くのは、イスラエル軍が40数年後の今も変わらぬ「認識」でガザの攻撃を続けていることです。昨日までの死者数はイスラエル側で1,400人、ガザ地区側で10,022人とのことです。個々の命は数の問題ではありませんが、いくら何でもこれは非対称性が過ぎます。即時停戦以外、あり得ません。


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