ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

ガザで、今……

 昨日、今日と、新聞を開くと、イスラエル軍の激しい爆撃が続くパレスチナ自治区ガザ地区で、家族とともに暮らす一人の教師の手記が掲載されています。毎日新聞の社会面にあります。
 今朝は寒かったので、初めてストーブを出して火を入れたのですが、この記事を読み始めてから、ストーブを焚いていると、何となく気が重くなって、火を消してしまいます。食事をしていても半分くらい食べると、何かもういいやという気になってしまうのです。いや、そんなことをしたって、(ガザの人びとにも、自分にも)何の慰みにもなりませんし、意味はないのですが、他の事件・事故や災害をテレビ・ニュースで見るときと同じように、頭の中が切り替わっていかないのです。

 この連載は、調べたところ、もうすでに3回掲載されているようです。
ガザ市民の日記:空爆で眠れぬ恐怖の夜 1日2食で子8人の命つなぐ ガザ市民は今 | 毎日新聞

ガザ市民の日記:ガザ 空爆が奪う希望 「全員一緒に死ねたら…」 18歳の悲嘆 | 毎日新聞

ガザ市民の日記:5時間半待ってもパン入手できず 恐怖とパニックのガザ市 | 毎日新聞


 今朝の新聞には、9日に亡くなった歌手の大橋純子さんの記事もあります。世間に知られた有名人ですから、亡くなって記事になるのは当然です。他方で、ガザの人たちの死は10日の発表では11,078人。この11,078人は、おそらく日本で個人として大橋さんと同じような記事になる見込みはほぼありません。仮に同じような記事になったとしたら、逆に、耐えられるかどうか。正直、「見えない」ことで救われている面を感じないではありません。そう考えると、「数字」の世界への「回避」も、まんざら「逃避」だけでははないのかも知れません。少なくとも、小生のような人間には……。

 上のガザの教師の手記を紹介する記者の三木さんも、単に記者としての職業倫理や正義感でこうした記事を書いて送っているわけではなく、おそらく自分のこの記事を日本の読者が読むことに、どんな「意味」があるのかを自問自答していると思います。日本にいてテレビや新聞のニュースを見ている限りは、「蛮行」を「愚行」と済まして、暖をとり、普通に食事することができないこともありませんが、この記事は、数字の語りえない生の「現実」を眼前に突き出し、常に問を発し続けているように思います。


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