ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

サフルール医師の話

 3月11日。母親の命日でもあります。昨日お墓と仏壇に花を供えました。静かに故人たちを偲びたいと思います。

 NGO団体を率い、故郷のシリアで医療活動に取り組んできたシリア系米国人、ザヘル・サフルール医師のインタヴュー記事を読みました。昨日「歴史は何の役に立つのか?」という記事を書きましたが、続きを識者に話してもらって、こちらが勉強したような気持ちです。

 話にあるとおり、プーチン大統領にとっては、シリア介入の「成功体験」が、その前年のクリミア半島の併合とともに、今回のウクライナ侵攻と一続きになっていて、アメリカもヨーロッパもどうせ口先だけで(経済制裁はともかく)兵力の投入などできないと踏んでいたのはたぶんまちがいないと思います。「人道回廊」についても、ロシアが、民間人を標的にしないなどの国際ルールを守る気がないとしたら、避難する機会を与えたのに、逃げなかった方が悪いと、逆に病院や住宅への爆撃が正当化されかねません。

 以下、2022年3月10日付朝日新聞からの要約です(聞き手は藤原学思・記者)。

シリア系米国人医師の警告 「失敗から学べ」 人道回廊も見極めを [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル

 ロシアは2015年9月、シリア内戦に本格的に軍事介入しましたが、以後流れは変わり、支援していたアサド政権の軍事的な優位は確実なものになりました。これはロシアにとって「成功体験」になってしまいました。
 ロシアのショイグ国防相は「シリアで320種類以上の兵器をテストした」と語っています。18年末までに、6万8千人以上のロシア兵が戦闘経験を積んだとされています。NPO団体「人権のための医師団」によると、アサド政権軍やロシア軍などによると疑われる医療施設への攻撃は500回以上にのぼり、800人以上の医療関係者が犠牲になりました。

 私の考えでは、ロシアはシリアを通して、米国や西側諸国の決意を試したのだと思います。国際人道法で許されないことを平然とやってのける。国連安全保障理事会では、拒否権を行使して非難から逃げる。そして、「説明責任はない」と思い込んだのです。だからこそ、今回のウクライナのようなことが起きてしまったのです。「ウクライナで同じことをやっても、結局なにも起こらないだろう」とプーチン大統領は考えたのではないでしょうか。一部の政治家が、グリーンライト(青信号)を与えたようなものです。

 ウクライナでは、ジュネーブ条約で禁じられているクラスター爆弾を使った疑いもあります。病院やインフラ施設を爆撃したといわれています。シリアで起きたことと、同じ悪夢がくり返されてようやく、「シリアでやったことを、今度はウクライナでやっている」と言い出しているのです。プーチン大統領が15年に正式な介入を発表したのは、オバマ米大統領(当時)との会談直後でした。もしかしたら、米国はロシアのシリアへの関与を止められていたかもしれないんです。このことは、いまだに多くのシリア人が根に持っています。

 ロシアの戦争に共通するのは、ルールや規範を鑑みないということです。医療従事者の中立性も、民間人を標的にしてはならないということも、尊重しません。アフガニスタンチェチェンジョージアでやったことを、いま、ウクライナでやっています。軍事作戦の目標が達成できなければ、民間人を標的にします。
 ロシアは、最初の1週間で思うように進まなかった結果、インフラ施設への攻撃や違法兵器の使用といった、慣れ親しんだ戦術を使っているわけで、さらに多くの病院や学校、市場が破壊され、多くの都市が降伏せざるをえなくなるかもしれません。化学兵器が使われる可能性だってあります。難民は「最大500万人」といわれていますが、4千万人以上という人口を考えれば、もっと多く出ても不思議ではありません。
 被害は甚大なものになるでしょう。すべての人たちがトラウマを抱えることになる。ロシア軍がシリア人をリクルートしているという報道がありましたが、外国人戦闘員が流入してくることによって、欧州はさらに不安定になり、混乱やテロが起きるかもしれません。

 話題になっている「人道回廊」については、ウクライナ市民が住んでいる都市の中に入り、病院や学校、市場、インフラ施設を保護することが目的ならば、それは人道回廊の意味があるでしょう。しかし、ただ、市民を「避難」させ、都市を空白化することが目的ならば、おそろしいことです。避難するとなると、車列ができます。シリアでは、その車列が爆撃されたこともありました。ロシアは「証拠がない」と言い、偽情報キャンペーンを展開するのでしょうが。
 また、アサド政権軍がアレッポを包囲し、ロシアは毎日爆撃を仕掛けました。「避難の機会を提供したのだから、逃げなかった方が悪い」と、人道回廊が爆撃の言い訳になってしまったのです。ロシアにとって人道回廊とは、市民を住んでいる場所から退去させることを意味します。そうすれば、ロシア軍が「軍事作戦」を終わらせるのはずっと容易になります。
 もし人道回廊をつくるのであれば、国連の管理下で、国連の監視団を現地に置く必要があります。食糧や医薬品が、首都キエフなどに届くことを確認し、インフラ施設が爆撃されないように、です。もし爆撃されればそれを記録していく。ロシアのコントロールに任される以上、誰も信用できません。

 日本は災害から復興してきた歴史があり、大きな役割を担えると思います。国際社会からの尊敬もあり、政治的、外交的にできることがあるはずです。欧州に1千万人の難民が発生することになれば、その結果は日本にも回ってくるんです。制御不能になる前に止めなければなりません。
 私は医師です。戦争は嫌いです。でも、ロシアにとって、非難の言葉や制裁は大きな意味を持たない。侵略者には機能しないんです。日本には米国に対し、「違うアプローチがあるのではないか」と伝えてほしいと思います。



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