ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「求同存異」――「一つの中国」と台湾

 物事のシロクロをつけず、曖昧なまままに留めておく――ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎氏が「あいまいな日本の私」と題する記念講演をした1994年頃は、若かったということもありますが、「あいまいな日本」に否定的なニュアンスを感じていた小生にとって、曖昧さの「肯定的」側面など、ほとんど頭に浮かぶことはなく、話や文脈を曖昧にする、主体的責任を曖昧にするといった、政治家や官僚がよくやる不誠実な「戦略」と感じることが多かったように思います。若い世代にはおそらくDAIGOのおじいちゃん(祖父)として知られ、リクルート事件で退任した竹下首相の「言語明瞭、意味不明瞭」などは曖昧=不明瞭の典型事例と思っていました。

 しかし、年相応にいろいろな現実と向き合ってくると、たとえば、両者の主張が真っ向から対立して実害が出るような問題でなければ、消化不良のモヤモヤ感は残るとしても、「曖昧」なまま先延ばしというのもありかなと思えてきました。領土紛争の対立などは特にそうです。もちろん「解決」するに越したことはありませんし、いつまでもこれがナショナリズムの扇動に利用されるのはよくないことですが、さしあたって解決すべき緊急性・切迫性がなければ、「先送り」するのも一つの知恵でしょう。

 さて、今日は台湾(台北政府?)と中国(北京政府)との関係について、記事を一つ引用して考えてみます。高市首相の「台湾有事=存立危機事態」発言ですっかり冷え込んでしまった日中関係ですが、ある記事を読んでから、ふつうに日本で暮らしている人には、台湾と中国の関係の実相があまり見えていない気がしました。
 雑誌『地平』の最新号に「『台湾有事』危機解決のキーワードは何か」という記事があり、インタビューに応じた台湾の張栄恭(チャン・ロンゴン)国民党副主席は、中国と台湾の平和追及(共存)の基本原則として「92年コンセンサス」の重要性を強調しています。この語をキーワードとして「台湾有事」を考えると、問題を中国と台湾の対立、中国の軍事侵攻と台湾の抵抗(独立)と見るのが、かなり平板というか、図式的・短絡的で、ここにも「曖昧」「先送り」の選択肢があることを知りました。

 台湾の中にも国民党と民進党の大きな二つの政治勢力があることは、日本でもよく知られていて、大まかな理解では、国民党は北京政府と協力的である一方、民進党は対立関係にあるところから、国民党は「統一派」、民進党は「(台湾)独立派」と解されています。日本では台湾有事が云々されるところからも、どちらかというと、民進党の「台湾独立」論に共感する向きが多いようです。ただ、現在の総統は民進党の頼清徳(ライ・チントー)氏ですが、議会勢力は拮抗状態にあり、台湾で「台湾独立」論が世論の主流かというと、そこは留保が必要なようです。

 今年の4月、中国共産党の習近平総書記と会談した国民党主席の鄭麗文(ジェン・リーウェン/てい・れいぶん)氏の訪問団に同行した張栄恭氏は、中国大陸との平和を維持するための方法として、「92年コンセンサス」以外の有効な方法はまだ見つかっていない、両岸関係の最終的な解決の時期はまだ来ていないとして、インタビューでこう答えています。やや長くなりますが、話の一部を概要で示します(引用)。

 張 今回の鄭麗文氏の訪問で、もっとも重要なことは、台湾海峡両岸の政党指導者が同じテーブルにつき、平和について話し合ったことだ。鄭氏は徹頭徹尾、両岸には平和が必要だと説いた。民進党の蔡英文政権以降、途絶えた中国大陸側との正式なコミュニケーションを再開するには、相互信頼を再構築しなければならない。その鍵となるのは「92年コンセンサス」だ。
 習近平氏は公開の場で、「統一」や「一国二制度(一国両制)」などは持ち出さなかった。メディアの前で統一を語れば、国民党を困らせることになると知っている。これは国民党に対する非常に大きな善意だ。「92年コンセンサス」「台湾独立反対」以外に、台湾に対する何らの具体的な要求も示さなかった。
 習氏の発言からは、彼が両岸関係に対して一定の忍耐を持っていることがわかる。習氏にもプレッシャーがあるのは確かだ。2027年には共産党の第21回党大会が予定され、2028年には台湾で再び総統選挙が行われる。台湾の人々が再び独立志向の政権を支持することになるかどうか。ここが習氏にとって難しい点だ。
 私は、鄭麗文氏の訪問によって、中国大陸側は少なくとも2028年までは待てると考えている。2028年に国民党が政権を獲得し、「92年コンセンサス」を堅持すれば、両岸関係には一定の時間的・空間的余地が生まれる。しかし、引き続き民進党が政権を維持した場合、その時の両岸関係は非常に面倒で、かなり困難な状況になりうる。

 私たちが中国大陸と対話・交流をするのは、両岸関係の最終的な解決を図るためではない。今はまだその段階ではないと考える。私たちの目的は、中国大陸を安心させること。つまり、台湾には台湾独立に反対する政党が存在し、台湾独立を抑制する力があることを示すことだ。民進党は台湾独立路線を進めている。もし、国民党が台湾独立に反対しなければ、中国大陸は「台湾には台湾独立に反対する力が存在しない」「台湾は必ず台湾独立に向かう」と判断するだろう。そうなれば、中国大陸側の焦りはますます強まる。
 台湾は皆が台湾独立を希望しているわけではないと中国大陸を安心させ、両岸の平和のための余地を確保し、将来の最終的な解決の時期をそれほど早く到来させないようにする。そしてその時がやってくれば、自然な流れで物事が進むようにする。つまり、私たちは台湾のために時間と空間を確保しているのだ。

 習氏は昼食の席で、両岸の人々は心を通わせるため、長い時間をかけ交流を積み重ねる必要があると述べた。これはとても重要な点だ。これは何を意味するかというと、台湾が独立を進めない限り、中国大陸は忍耐できるということだ。さらに習氏は「もし台湾が独立を進めれば、どうして平和があり得るのか」と語った。これを裏返せば、「台湾独立を進めなければ平和がある」ということだ。アメリカや日本などは、両岸が急速に統一に向かう、戦争が起きるのではないかと懸念している。国民党のやり方は、戦争を回避できるだけではなく、統一が急速に進むことも防ぐことができる。

 中国大陸に「統一」を放棄させることは、現実的ではない。統一の目標自体は変わらないとしても、中国大陸が十分な時間を持って対台湾政策や交流を進めることができ、少なくとも自然な流れの中でそれが実現されるとすれば、関係者すべてにとって不利益にはならない。
 しかし、民進党は、長い間ずっと台湾の人々に「中国に反対すべきだ」と煽ってきた。「台湾人は中国人ではない」と言い続けている。そうすると、中国大陸側はこの問題を急いで解決する必要があると判断する。民進党の「反中」の心情と行動はすでに行き過ぎていて、一気には引き返せない状態になっている。

 民進党は、(国民党の李登輝総統の在任中に原点のある)「92年コンセンサス」を拒否し続けている。台湾では多くの人がこの「92年コンセンサス」は、「一つの中国、各自解釈(一中各表)」だと考え、一方、中国大陸側は、「一つの中国」の原則を語れば問題ないと考えている。その後も双方は「一つの中国の原則」の意味を論じていない。これは「求同存異」(共通点を求めて相違点を留保する)で、もし、意味を突き詰めて論じれば、政治交渉ということになる。中国大陸側にとって政治交渉に応じることに異存はないだろうが、台湾側は今に至るまで、政治交渉の準備はできていない。
 したがって、「求同存異」が台湾にとって最良の選択肢となる。中国大陸側もこれは受け入れることができる。中国大陸としては、統一は早ければ早いほど望ましい。しかし、台湾側として現時点でまだ統一はできないとすれば、少なくとも争点は討論せず、まずは協力しよう、ということだ。「92年コンセンサス」はつまりこの「求同存異」なのだ。
 2008年4月に中国大陸を訪問した連戦氏(当時の国民党主席)と会見した胡錦濤氏は、「求同存異」「擱置争議(争いを棚上げする)」と語った。国民党と共産党が初めて共同で「92年コンセンサス」を表明したのがこの時だった。国民党の馬英九氏は、同年3月の時点ですでに総統に当選していた。つまり、胡錦濤氏の発言は、馬英九政権発足に合わせて、双方が交渉を開始するというサインだった。私たちは、双方に共通認識があるこの「92年コンセンサス」を用いて「一つの中国」の原則を処理する。中国大陸が今もなお争点の棚上げに応じているのであれば、台湾はそれを歓迎すべきだ。

 統一は必ずやってくる。ただ、それまでの時間が長いか短いかだ。現在、中国大陸の民意は、統一を急いでいる。つまり、台湾が独立へ向かおうとするほど、中国大陸の民意はますます統一を急ぐことになる。台湾が独立に進まず、統一の希望があると思えれば、中国大陸が待てる時間は比較的長くなる。戦争をしなくてよい平和的な環境なら、中国大陸としては経済建設に使える時間が長くなる。私は、これが中国共産党の本音だと考えている。だから台湾は、最終的に一緒になる日が来ると中国大陸に信じさせる政策を持つことが必要だ。そうすると、中国大陸はより長い時間と大きな活動を台湾に提供することができる。これは、台湾にとって有利だ。そして、アメリカ、日本もこのような状況を歓迎するだろう。誰も戦争を望んではいない。
                  (『地平』2026年7月号、50-57頁。要約)

 もちろんこれは習近平政権側に譲歩したただの時間延ばしであり、遠からず本質的な議論は避けられなくなるという言い方もできますし、習近平氏が名誉欲に走らないという保証もありません。しかし、中国大陸部と台湾がこのような微妙な関係を維持しながら、なるべく戦闘だけは回避しようとしているときに、日本の首相が「台湾有事は日本の存立危機事態」とみなす(参戦する)などと(従来よりも踏み込んだ)発言をすれば、中国側(台湾も)が琴線に触れたと感じても不思議はないでしょう。

 先日河野洋平氏が亡くなって、日中間のパイプがいっそう先細っていくのかと思うと、こういう機微に触れるアドバイスをできる人がいなくなっていくことは非常に心配で、先が思いやられます。
細る日中政治のパイプ 訪中予定の河野氏死去、中国から哀悼の意 | 毎日新聞

<追記>
 「先が思いやられる」と記した直後ですが、G7サミットで、わが国の首相は「中国による対日措置が、G7や同志国のサプライチェーンに影響を与えかねない状況を深刻に懸念している」などと発言したようです。これって、中国の反感を買う以外にどんな効果が期待できるのでしょう(日本の嫌中右翼が喜ぶってこと?)。日本の外交官たちも、これを言うのはまずいのでは、とは思わなかったのでしょうか。外交音痴というか、国益無視というか、仰天の政府団です。「G7や同志国」の関心をかうどころか、これでは蔑みと憐みの目で見られたのでは。
G7サミット 高市総理大臣 中国を名指し「深刻に懸念」



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