ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

戦時下ロシア 「部分的」動員令の波紋

 ウクライナ戦争で劣勢にあるロシア・プーチン大統領が「部分的動員令」を9月21日に出してから一週間。「部分的」という語が何となく引っかかって、勉強ついでに調べると、確かに«Частичная мобилизация (partial mobilization)»と言っているようなので、訳せば「部分的」となります。ショイグ国防相も「30万人の予備役兵、すなわち2,500万人からなるロシアの全動員資源の1%強に影響を与える」と発表していたと思うので、この限りなら「部分的」という形容句のとおりなのでしょう。
ロイター on Twitter: "極東カムチャッカ半島では、招集された予備役にライフルを渡す式が行われた。 https://t.co/cF1wtdoAPf" / Twitter

 しかし、ロシア国内の反応は全然違っていました。外国への渡航の急増、国境を越えようとする車列の長さやweb上の骨折指南マニュアル等々、「部分的」とする当局発表をロシア国民が信用していないのは明らかです。事実、「30万人の予備役兵」に該当しない人にも続々と召集令状が送られているようです。
 そもそもが、「予備役」なら召集されてもいいとか、しょうがないとかいう話ではありません。こういう分断は政治権力の常套手段で、まだ自分は大丈夫かなどと幻想を抱いていても、やがては巻き込まれていくというのが歴史の教訓です(ドイツのニーメラー牧師の言葉のとおり、出発点で見極めないと手遅れになることが多い。 彼らが最初共産主義者を攻撃したとき - Wikipedia
 
 2人の在外ロシア人経済学者がこの「部分的」動員がロシア社会に及ぼす影響を分析していて、その内容をRUSBUREAUさんが紹介する 記事があります。事態はかなり深刻と受け止めました。まず、要約部分の引用をお許しください。

「部分的」動員がロシア社会に及ぼす影響 – RusBureau

要約
 1.今後6カ月の間に70万人から100万人の動員が試みられる。
 2.当初の動員の対象集団は200〜300万人と推定される。したがって、この集団に属する人が徴兵される確率は25%を超える。
 3.徴集兵の最初の6カ月間の予想死傷率を60~70%と推定する(死者が15〜20%、負傷者が45〜50%)。
 4.ウクライナ戦がロシア国民に与える人口動態的な打撃は、COVIDパンデミックによる打撃の数倍に及ぶ。
 5.2波からなる犯罪の急増を想定する。第一波は、戦争からの帰還兵、第二波は、親を持たずに育つ孤児たちによる犯罪である。
 6.個人のレベルでは徴兵の妨害、あらゆる方法での兵役回避が最適な戦略であり、これによって若年層の徴兵の大幅な拡大が困難になる。しかし、この戦略では、作戦の最初の数カ月間の徴兵の数は大きく変わらないため、それに伴う人命の損失は避けられない。

 以下、補足です。
 1.については、今回の動員は、兵役を望まない非専門家の徴兵を意味し、その戦闘「効率」は格段に落ちると考えられるため、元の部隊の損失を補うためには、70万〜100万人を徴兵しなければならないと推計。予備役30万の順次投入などでは全然足らず、当局は必要な人数を動員するため、大統領令の数字を、いつでも、どのようにでも変更するだろうとのこと。

 2.については、対象者の6ヶ月以内の徴兵確率が25%以上といっても、確率は地域によって均等ではなく、貧しい地域や遠隔地では多数が、豊かな都市では抗議活動を避けるため、少数が徴兵される。したがって、貧しい地域では対象者以外の者も高い可能性で徴兵されることになるとのこと。

 4.について、 ロシアのCOVIDによる超過死亡者数は100万人だったが、その中心は、60歳以上の人たちだった。ウクライナの戦争では、1年間で約50万人の死傷者(そのうちのかなりの比率が障がい者となる)が予想される。これらの人々は最も生産性の高い年齢層であり、仕事も社会生活もすべてこれからという層であり、社会にとって大きな痛手が見込まれる。また、この年代の数十万人が移住する可能性があり、ロシアは20〜29歳の男性の10%以上を失うおそれがあるとのこと。

 5.について、戦争から帰ってきた人たちは、PTSD心的外傷後ストレス障害)を抱えることになる。ウクライナでの人的損失の規模は、すでにアフガン戦争やチェチェン戦争を上回っており、帰還兵ほかの深刻なストレス障害の発症が懸念される。戦争が終わった後、ロシアは犯罪の急増に直面し、特に貧しい地域では相当数の子供が父親不在となり、その子供たちがティーンエイジャーになる5~10年後には新たな犯罪の波が押し寄せるとのこと。

 最後に、現在、ロシアの市民社会が直面しているのは、動員と戦争に対する大規模な抗議行動か、あるいは何万人もの若者の命の損失か、という二者択一だと書かれています。

 なりふり構わず、国民の命を犠牲にすることをも厭わないプーチン政権下のロシア――昨日の安倍国葬をテレビで見ていて、カラー映像で戦時中を見たような気分になりましたが、このロシアの状況も、日本の戦時を連想させられ、関係のない遠いよその国の話とは思えなくなります。


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