ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

ロシアを去る人残る人

 ウクライナから国外へ避難した人は300万人を超えたようですが、ロシアとロシアに同調するベラルーシから国外へ出た人も相当な数のようです(数字は様々ですが)。行き先はいろいろですが、EUアメリカ、イギリス、カナダなどがロシア航空機の自国領空での飛行を禁止しているため、南のアルメニアジョージアグルジア)、トルコ、中央アジアなど、飛行が許可され、ビザが不要な国へと向かっているようです。
 BBCの3月15日付記事にはこうあります。

ロシアで「頭脳流出」進む 数千人が海外へ脱出、ウクライナ侵攻で - BBCニュース

イスタンブールへの片道航空券は、私たち夫婦の月収を上回る額です」と、アーニャさんは名字を伏せて話してくれた。
アーニャさんが国外への脱出を決断したのは、ロシアで新たな「国家反逆」法が施行されたことがきっかけだった。ウクライナへの支持を表明した者は20年以下の禁錮刑が科される可能性がある。アーニャさんは自分が標的にされるかもしれないと考えたという。
「閉ざされた国境や政治的抑圧、強制的な兵役に対する恐怖は、私たちのDNAに刻まれています。祖母がスターリン政権下の恐怖に包まれた暮らしについて話してくれたのを覚えています。私たちはいま、そういう状況下にいるのです」

どんな人が海外に移住しているのか
新たな移住者の多くは、リモート勤務が可能なハイテク産業の専門職の人たちだ。トビリシのカフェで出会ったゲーム開発者は、自分や知り合いのほとんどはロシアの政策に反対していると話した。どんな抗議活動も暴力的に弾圧されると、今は理解しているのだという。
「私たちが抗議するためにできる唯一の方法は、技術やお金を持って国を出ることです。私たちの仲間はほとんど全員が同じような決断をしています」と、イーゴリさん(仮名)は言った。彼はトビリシで歓迎されていないと感じ、この街を離れるつもりだという。
米民泊仲介サイトのAirbnb(エアービーアンドビー)で宿泊先を提供しているホスト側が、ロシア人やベラルーシ人に自分の物件を貸すことを拒否する事案が多数報告されている。
あるホストは、ベラルーシカップルに「ロシア人とベラルーシ人はお断り」、「あなたたちには休暇を取る時間なんてない。腐敗した政府に反抗して」と伝えたと、BBCに明かした。
「みんな、私たちがアップルペイが使えなくなったからロシアから逃げ出していると思っているんです」と、イーゴリさんは不満を口にした。「私たちは快適さを求めて逃げているのではありません。私たちはあそこ(ロシア)で全てを失ってしまった難民のようなものです。プーチン地政学が私たちの生活を破壊してしまった」。
トビリシの公共サービスホールでは、新しくやってきた人たちが事業登録や住民登録の申請を行っている。
ベラルーシの首都ミンスクから来たITスペシャリストのクリスティナさんとニキータさんは、個人事業主として登録した。これでジョージアの銀行で口座を開設できるという。
「私たちは自国の政府を支持していません。逃げ出したのですから、支持していないのは明白だと思います」と、クリスティナさんは話した。「でも国籍を理由にいじめられる。出身国を隠さないといけないし、出身地を聞かれると居心地の悪さを感じます」。
……、技術系起業家のレフ・カラシニコフさんは、ロシアの現代史における最大規模の頭脳流出が起きていると断言。ジョージアがこの恩恵を受けることになるとみている。手続きのために列に並んでいる間、カラシニコフさんはメッセージアプリ「テレグラム」で移住者向けのグループを開設した。
「私の前に50人、私の後ろに50人いました。彼らが最初の登録者になって、今では4000人近いメンバーが集まっています」
メンバー登録した人たちは、宿泊先を探す場所や銀行口座の開設方法、人前でロシア語を話しても安全かどうかなどを話し合っているという。
エフゲニー・リャミンさんはすでに、ジョージア語の勉強を始めている。ジョージアの独特な文字をノートに書いて練習している。
「私はプーチンに反対しているし、戦争にも反対です。ロシアの銀行口座からはいまだにお金を引き出せないけど、ウクライナ人が直面している問題と比べれば何でもない」

 ロシア・プーチン政権の侵攻によって、ウクライナの人びとの日常は破壊され続けていますが、これはロシア(やベラルーシ)の人びとの生活をも一変させています。ロシア在住のある知識人の女性は、3月9日(水)付の手記に「プーチンウクライナばかりでなく、ロシアをも殺した……精神的にも、経済のうえでも」と記しています。朝日新聞3月15日付記事より一部引用します(翻訳は太田丈太郎氏によります)。

「おかあさんは侵略者の国にいる。ほんとうだね」 苦悩の手記全文 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル

親戚や、周りの人たちのことを話しましょう。
 ウクライナには、ロシア人なら誰にでも友人や親戚がいます。連絡を取り合い、お互いに電話をかけあったりしています。力の及ぶ限り、彼らのサポートをしています。これは私たちの戦争ではない、私たちは彼らウクライナの味方だ、ロシアの味方ではないと証明しようとしているけれど。
 (開戦前に)クリミアからロシアでなく、キエフに向かった人もいます。大学で勉強するためです。はじめは空爆避難所から電話してくるのを待っていたけれど、後で(ウクライナの)領土防衛隊に入隊したと伝えてきました。彼のことがとても心配です。私たちの親戚なのですから。
 ある同僚は泣いています。お姉さんがマリウポリに住んでいる。お姉さんともう5日も連絡がとれない。ここのところマリウポリはすさまじい爆撃にさらされているでしょう。ひょっとしたらもう避難して、ポーランドにいるかもよ、などと希望を持つよう言うけれど……。いいえ、姉は避難できない、病気の夫と子どもがいるのだもの、高層マンションの5階に住んでいて、外に出ることすらできないのだもの、と同僚は言う。お姉さんが見つかるよう、祈るばかりです。
 別の同僚は卒倒しかけています。子どもがロシア軍務についている。3カ月前に動員されました。初めは良かった。軍のトラック運転手になって、部隊もモスクワ近郊にあったから……。その同僚は子どもがいずれウクライナへ派遣されるのを恐れているけれど、どうすることもできない。なぐさめようもない。私自身、それがこわい。
 とてもたくさんの私の友人たちが、この犯罪的な戦争から子どもをかくまおうとしています。徴兵の年齢に達した男の子たちの多くが、アルメニアグルジアジョージア)へ逃れました。でなければイスラエルへ。これらの国はビザなしで行けるのです。なかにはヨーロッパかイスラエルに縁者のいる人もいる。でも、おおかたの人たちにはいない、単純に戦争から逃れたのです。女の子たちも、将来を考えてロシア国外へ送り出した人が多い。
 大人たちも逃れました。私の友人で物書きの女性がいますが、ロシアに夫を残して去りました、夫は病気のお母さんを残して行けなかったのです。私の武器は言葉だ、考えていることを言うことができないのなら、ここから去らなければならない、とその人は言っている。
     ◇
 多くの人たちがこうやって国外へ去りました、言論の自由のためにです。
 それと同時に、たいへん多くの人たちが戦争を支持し、ウラジーミル・プーチンを支持しています。むろん彼らも怪物じみたプロパガンダの犠牲者なのですが、だからといって犯罪の責任を免れるわけではない。責任逃れはまったくできない。
 もしプーチンが先制攻撃しなければ、NATO北大西洋条約機構)とウクライナのほうからロシアへ攻めてきただろう、などとばかげたことを言っている。それから、対ロシア用にウクライナアメリカと生物兵器を開発した、それをやめさせる必要があった、などというたわごとを、どの人も繰り返している。中央の放送局でこう言われていて、それを人々はおうむ返しにしているのです。
 ある知り合いの家では、母親が戦争反対、リベラル派です。父親はプーチン支持です。際限なく口論し、いまは離婚したがっている。彼らは80代の老人です。
 職場でも2人の若者が殴り合いになるところでした。1人(ウクライナ人)が、モスクワにNATO軍がいたら良かったのに、などと口にしたのです。すると、もう1人(ロシア人、とても信心深い正教徒)が、おまえを即座に撃ち殺してやりたい、などと怒鳴ったのです……。
 また別の同僚は、とても善良な正教徒だけれど、(ウクライナ東部の)ドンバスの子どもたちや住人をとてもかわいそうに思うわりには、ウクライナの子どもたちやロシアの兵隊のことは、どうやらどうでもいいみたい。
 さらに別の同僚は、ウクライナの人たちの嘆きや爆撃された建物、泥道に横たわるロシア人兵士の死体が映った報道を見て、これはフェイクだ、実際とはちがうのだ、と言う。
 プーチンに従わず、反プーチンのデモに何年も参加してきた私たち自身、いまとても悪い立場に置かれています。私たちはプーチンにも、西側にも、自分自身の良心にも、いちどきにたたかれ続けているのです。
     ◇
 戦争への態度を表明することすらむずかしい。戦争を戦争と言うことすらできない。私たちのプロパガンダ用語では、今起こっていることは戦争ではなく、特殊作戦だという……。
 戦争反対の署名のために仕事を辞めさせられる。デモに出れば、こん棒で殴られたうえに監獄へ入れられる。フェイスブックにあからさまなポストをすれば、これも監獄へ入れられるおそれがある。
 知らない人たちと今起こっていることについて意見を口にすることすら危うい、密告されるおそれがある。どこかの国家機関へ出向けば、敵の後方に潜り込む気がする。前線でなにが起こっているのか正しい情報を得るのはもっと難しい。リベラル系のマスメディアは、ほとんどぜんぶ遮断されてしまった。

 私たち皆の考えでは、プーチンウクライナばかりでなく、ロシアをも殺したのです。精神的にも、経済のうえでも。
 世界的なブランド、主要なものもそうでないのも、ぜんぶ撤退していく、でもいまやロシア人はヨーロッパ人のように生活することに慣れてしまった。
 今日、ロシアからマクドナルドが撤退すると告知されました。マクドナルドには普段むしろ軽蔑的に接してきましたが、ロシアにとってこれは象徴的な撤退です。ロシアにマクドナルドがやってきたことから、あたらしい、ポスト共産主義時代が始まりました。最初にマクドナルドが現れたとき、行列が何キロもできたものです。それまで一度もこういうものを見たことのなかったロシア人は、ビッグマックや袋に入ったフライドポテトを、まるで高級フランス料理のように見なしたものでした。マクドナルドの撤退は象徴的なできごとです。これはかつての民主的なロシア、ゴルバチョフエリツィンの築いたロシアの終わりを意味するのです。


 ウクライナの侵攻作戦自体は思いつきではなく、周到に準備が進められてきたと言われています。プーチン大統領は電撃作戦ですぐに終わると踏んで戦争を始めたのかもしれません。しかし、その結果がこれです。ウクライナに傀儡を立てるのはもはや100%無理です。ウクライナと世界から向けられる憎悪も止められません。そして、惨く大きすぎる代償を背負わされるのはロシアの国民です。権力の座から下りた途端に不正を追及されて牢獄につながれるやもしれぬという不安は、これまでプーチン大統領にも決して無縁ではなかったはずですが、今回の戦争と圧政により、それよりももっと悲惨なことになる可能性さえ出てきました。誤解されたくないのですが、過去の独裁者の最期を引き合いに出すのは、できればしたくないことです。プーチン大統領には、人の命を預かっている(左右する)という責任感というか、その立場にある矜持はないのでしょうか。




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