ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「隣国」ベラルーシのこと

 昨日の夕方TBSの報道特集を見ました。キャスターの金平茂紀さんがベラルーシのルカシェンコ大統領にインタヴューしていました。ベラルーシ市民へのインタヴューの顔出し放映とか、チャベス(ヴェネズエラ)とエルドアン(トルコ)の写真の間違いとか、いくつか驚く場面(難点)もありました。けれども、ベラルーシ側のプロパガンダにあえて乗った部分はあるにしても、全体としてはこの時期によくここまでやったなという思いの方が強く、金平さんほかスタッフの仕事を労いたいと思います。そのうち「見逃し動画」も上がることでしょう。

 ルカシェンコ氏はがたいの大きな人で、プーチン・ロシア大統領と並ぶと頭一つくらいちがいます。28年も大統領職にあるだけに、インタヴューでは予想どおりの威圧感でしたが、金平さんはひるまず質問し、中には「詰問」する場面もありました。「ベラルーシがロシアやウクライナと兄弟だと言うのなら、早く停戦するようにもっと積極的に行動すべきなんじゃないですか」と。意外だったのは、金平さんが、二つの原爆を落とされた国の立場から言うと…と前置きして質問したら、ルカシェンコ氏は、自分は歴史をよく知っている、広島と長崎の原爆投下は必要なかった、日本が降伏するのは時間の問題だったのだから、もう落とす必要はなかったのに、ただアメリカが核の力を誇示したいから落とした、というような話をしたのです。調べてみると、この方は教育大学の歴史学部を卒業しています(その後、通信で経済学部を卒業し、国営農場に務めます)。なるほど…と思いました。戦後の「レジーム・チェンジ」とか言いながら、ポツダム宣言を読んでいない(知りもしない)どこかの元総理大臣とはちょっと違うのかもしれません。

 さて、インタヴューでは、ルカシェンコ氏は、「ベラルーシのジャーナリズムは…日本よりも自由ですよ」とジャブを飛ばしてきましたが、最も気になったのは、ベラルーシは「ロシアにも、日本にも、ウクライナにも、アメリカにもつかない」と言いながら、ベラルーシとロシアは「一心同体」だと断言したところです。これは、ロシア軍がベラルーシを通って北側からウクライナキエフに迫っているのですから、事実として言葉どおりなのですが、しかし、ちょっと前までのベラルーシは、そこまでロシアと「一心同体」(従属的)ではなかったはずです。「コウモリ外交」という言葉がありますが、ベラルーシはどちらかと言えばロシアには近い、けれども、欧州とロシアの間にあって、上手にバランスをとりながら振る舞ってきたはずです。少なくとも小生はそういう理解でした。どうしてこれほどロシア偏重になってしまったのか。

 ロシアの軍事評論家の小泉悠さんが3月9日の日本記者クラブの講演で、このことに触れています。長い動画で、文字起こしするかどうか躊躇していたのですが、3月15日付のBLOGOSに何と質疑まで含めた全文が掲載されていました。感謝と敬意を込めて、一部引用させてください。

【全文文字起こし①】ロシア軍事戦略の専門家・小泉悠氏がウクライナ侵攻を解説 (3/3)

意外だったベラルーシの立ち回り
1つが、今回ロシア軍がベラルーシから侵攻していっているっていうことですよね。これも旧ソ連の国々を見て来られた方からすると、ちょっと「おっ」っていう感じだと思います。
つまりこれまでベラルーシというのは非常に上手にコウモリ外交をやってきて、ロシア側に完全に吸収されることもなく、かといってEUの方に近づいて行ってルカシェンコの独裁体制が倒れるというわけでもないというふうに上手にバランスをとってきたわけですよね。それが良いか悪いかは別としてです。
なのでベラルーシって実はロシアの軍事同盟国でありながら、同時に憲法には、憲法18条でしたっけね、中立をめざすという、あんまりよく分からないんですけど、少なくとも最終的に中立になりたいということは憲法の中で明記していたわけです。それから同じ18条の中では核兵器を持ち込ませないということも書かれていたので、ベラルーシとしてはこの辺の条項を盾に、ロシアの同盟国なんだけども、ロシア軍を配備させないっていう方針をとってきたんですよね。
正確にいうとソ連自体からある弾道ミサイル警戒レーダーと、あと潜水艦に指令を出すVLFの通信タワーだけは置いてあったんですけど、これだけなんですよね。これ以外に関してはロシア軍の戦闘機部隊だとか、戦車部隊だとかそういうものは一切お断りという姿勢をとってきて、10年位前からロシアとしては、あそこに戦闘機の基地を作らせてくれとか色んなことを言ってきたんですけど、ルカシェンコは全部突っぱねてきたんですね。当然ウクライナとの戦争なんか一切協力しませんと。むしろ仲介者として振る舞いますよということで、2014年の第一次ミンスク合意、それから2015年の第二次ミンスク合意。これは両方ともまさにミンスクというくらいですから、ベラルーシの首都ミンスクで調印されているわけですよね。
というようにこれまでは中間的な立場であって、しかもこのロシアとウクライナが戦争している真っ最中のベラルーシ軍需産業ウクライナと協力し続けているんですよね。なんていう状態だったのに、今回は完全にロシア側に出撃基地を提供している状態ですよね。
それから実は今回、ベラルーシ軍が参戦するんじゃないかという話もあって。ただこれがなかなか国内の抵抗で参戦が決まらないんじゃないかなんていう観測も出ていますけど、いずれにしてもそういうところまでいってしまったわけで、もう完全にベラルーシが軍事的にロシアに逆らえなくなっているという感じを私は強く持っています。その内幕がどんなものなのかって、これも分からないですけども、2020年8月の反ルカシェンコ運動が大きく影響していたということはほぼ間違いないと思うんですよね。

あのとき本当にルカシェンコ政権が倒れる直前までいったわけですけども、ロシアが「これ以上やったら治安部隊を送り込むぞ」という素振りを見せたので、反体制派はここで引かざるを得なくなって失速していった。しかもその後、その前からもそうですけども、ルカシェンコ政権が凄まじい民主派の弾圧をやったので、西側諸国との関係も完全に切れてしまって、これまでのようにロシアと西側の間でコウモリ外交することもできなくなってしまった。要するにもうロシアに頼るほかなくなったわけですよね、ベラルーシは。
なので今回はあれほど嫌だったロシアの軍事的な作戦に巻き込まれているという状態であるわけです。だからロシアがウクライナを属国化するかどうかということに注目が集まっていますけど、その前の段階でロシアがかなりベラルーシに対する影響力を持ってしまったということがまずあって、さらにその上でウクライナも。で、ロシア、ベラルーシウクライナ、どういう形をとるか分かりませんけども、ロシアが主導して、東欧のスラヴ3カ国をまとめあげるということをロシアは考えたのではないかという気がするんですよね。それを何かやはり国内向けの政治的な成果にしたかったんじゃないのかなというふうに、全く根拠はないですけど、私は考えているんですけど。

先月末に削除された憲法18条の記述
ただそれがベラルーシに関してはある程度実現しているということは認識しておく必要があると思います。しかも先月末、これは日本でも結構報じられましたけど、ベラルーシ憲法が改正されまして、さっき申し上げた18条のところの記述がそっくり削除されたんですよね。
ですから、まず中立はめざさないというか、中立に関しては言及しない。それから核兵器の持ち込み禁止に関しても言及がなくなったということなので、これはここまでのロシアとベラルーシの力関係をみると、今回の戦争がどういう風に終わるにせよ、ベラルーシに大規模なロシア軍が配備されるということは恐らく確実なんだろうと思います。
そうしますとロシアからベラルーシにかけて大規模なロシア軍が欧州に展開して、ポーランド側、今回はドイツもそうですよね、軍事力増強に舵を切るということですから、やはりヨーロッパにおける旧ソ連境界での軍事的緊張というのは、ウクライナでの戦争がどういうふうに終わるにせよ、これからも相当緊張含みで推移するんじゃないかという気がします。
あとは核持ち込み禁止条項がなくなったわけですから、ベラルーシにロシアの戦術核兵器を前方配備するとかも考えられなくはないですよね。戦術核兵器って戦略核兵器みたいに運搬手段に付けっぱなしにしておけないので、普段は前方展開貯蔵庫にまとめてしまっておくんですね。本当に戦争になって、戦術核兵器を使うという許可が出た場合に、分散してヘリコプターとかで「じゃあおたくのロケット弾には何発配分します」っていうふうに配って回るんですよ。なのでこういう前方貯蔵庫がベラルーシに作られ始めたらもう危ない。そういうことを本気で考え始めてる証拠であろうと思います。
……


 戦後の話はともかく、まずは戦闘だけは止めないといけません。ルカシェンコもプーチンも独裁権力を握っているとはいえ、世間の目は怖いし、怖いものからは逃げたいという気持ちは働くでしょう。一人になれば、一時的にせよ、孤立感や恐怖感にさいなまれるかもしれません。
 金平さんのインタヴューや小泉さんの講演を聞いていて、人も世界も、いろいろな関係の総体だと改めて思います。もしそうなら、権力者ではない世界の一人ひとりも、力は小さく弱いけれども、反戦の意志という関係性を広げ、プーチンやルカシェンコに何とか世間の圧を感じさせられないものかと思います。それは、金平さんのインタヴューであえて反戦の意思を示したベラルーシやロシアの市民の思いに応えることでもあります。





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