ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「雷」の啓示 あるNHKアナウンサーの転身

 「雷に打たれる」という比喩表現があります。宗教改革で有名なマルチン・ルターの場合、比喩ではなく、文字通り落雷体験によって人生が変わったといいます。1505年7月2日、友人と野原を歩いていて落雷に遭ったルターは「お助けください、修道士になります!」と叫び、2週間後、本当に大学を辞めて修道院に入ってしまいます。雷が落ちた場所には今も石碑が立っていて、一言「歴史の転回点」と刻まれているそうです。確かに、その後のことを考えると、このときの落雷は、ルター個人の一生を変えたことによって、ヨーロッパ、ひいては世界の歴史をも大きく変えることになりました。
「マルティン・ルターと宗教改革」3 「歴史の転回点」 | 粋なカエサル

 実際に雷に打たれなくても、何か強い衝撃を受けたという体験をもつ人は少なくありません。それが人生の転回点になったとすればなおさらです。いや、実は変化は少しずつ進んでいて、あるとき背中を押されただけなのかもしれません。しかし、当人にとってはいつもそこが起点となり、回帰しながらも前に進んでいくよりどころになっているわけで、そういうものをもっている(と言える)人は、小生にはうらやましい気もします(大なり小なり多くの人にあるのかもしれませんし、またプラスのことばかりではないのかもしれませんが)。

 東洋経済に「夢を諦めない『脱会社員の選択』」という連載があります。3月20日付の記事は、NHKのアナウンサーを辞めて伝統工芸である伊勢根付の職人に転身した梶浦明日香さんを紹介するものでした。最近NHKのアナウンサーから転職する方の例が目に付く気がするので、余計な詮索をしてしまいますが、それはさておき、何が彼女をつき動かしたのか、なかなか読ませる内容でした。該当部分だけ引用をお許しください(文章はフリーライターの吉岡名保恵さんによります)

NHKアナから「職人の道」へ彼女のただならぬ決意 | 夢を諦めない「脱会社員の選択」 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース

……新卒で憧れだったNHKに入局。三重県・津放送局の配属となり、ニュースを読んだり、現場からの中継やリポートをしたり。「夢のように楽しくて、天職だと思うぐらい」、刺激的な毎日だった。
一方で、アナウンサーという仕事を続ければ続けるほど、自分に求められる価値の一つが「若さ」であることに気づいた。「人は必ず年を取り、若さが失われていくことには誰もがあらがえない。それなのに若さに価値が見出され、年を取ることを喜べない生き方ってどうなのだろう」。
心の中に疑問を持ちながら仕事を続けていた時のこと。夕方の情報番組で、伝統工芸の職人を紹介する「東海の技」というコーナーを担当するようになった。この仕事がきっかけで、伝統工芸の世界に魅せられていく。
取材を通じて心に響いたのは、伝統工芸の職人たちが大切にする「一生現役・一生成長」という考え方。職人自身の生きざまが作品に現れるから、年を重ね、経験を積むことに価値が見出される。そして伝統工芸品そのものも使い込まれたほうが味わい深く、傷さえも美しいと評価される。そのような伝統工芸の世界が、「若さ」に価値が見出されるアナウンサーの仕事とは対極的で、光を見出した気がした。
アナウンサーの仕事は充実していたが、「私の代わりはほかにいくらでもいる」。そう思う現実もあった。一方で、伝統工芸の多くは後継者不足で、唯一無二の技術や文化が存続の危機に直面している。取材を進めるにつれ、途絶えてしまっては代わりがない伝統工芸を「守りたい。守らなければ」という強い思いが芽生えるようになった。

ある職人の涙
忘れられない出来事がある。
放送後、取材のお礼であいさつに行くと、その職人は梶浦さんの手を握り、「ありがとう、初めて自分の仕事が日の目を見た」と涙した。
取材を通じて、たくさんの職人が苦しさを抱えながら、必死に伝統工芸を守り続けていると知った。経済の発展重視、大量生産・大量消費の時代の波にもまれ、伝統工芸の価値は蔑ろにされやすかった。そればかりか「ちゃんと勉強しないと、あの人みたいになってしまうよ」と指を指された職人、華やかな暮らしをする同級生を横目に家業を継いだばかりに苦しい生活をしてきたと嘆く職人もいた。
「その道50年にもなろうという職人が、わずか25歳で、数回しか会っていない私に泣いてお礼を言う。そんなことをさせてしまった今の世の中が悔しくて」、一緒に泣いた。
職人たちが日本の文化の守り手として誇らしく思える社会、もっと職人たちが報われる社会であってほしい。そのためには、もっと伝統工芸を多くの人に知ってもらうことが必要ではないか――。仕事柄、使命感が芽生えたのは自然な流れだった。
しかし梶浦さんは「伝える人」ではなく、「作り手」として伝統工芸の世界に飛び込む決意をする。自身は専門的に美術や工芸を学んだ経験はない。特段、手先が器用とか、物作りが好き、ということでもない。それなのに職人になる覚悟を決めたのは、「自らが後継者にならなければ伝えられないものがある」と実感していたから。
「番組のコーナーは視聴率が良くて、たくさんの方が見てくれました。でも、いくら第三者の私がリポートしても、ほとんどは“わあ、素晴らしいね”で終わってしまう。もし私が職人になり、仕事のこと、作品にまつわる文化や歴史、込めた思いを当事者として伝えられたら説得力が増すと思いました」

<以下略>

 梶浦さんの努力に敬意を覚えます。
 それにしても、こうした話とは隔絶された世界をつくる(というより、こうした世界を破壊する)為政者たちには、今日も「戦争を止めろ!」と言い続けなければなりません。本当に悲しく悔しいことです。
 ウラジーミル氏、あなたにも「雷」の啓示がありますように。本当はわかっているはずです。



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