ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

1883年のイギリスの政治腐敗防止法メモ

 12月25日の議運委で宮本徹議員(共産党)に
私たち政治家は有権者の支持をお金で買ってはならない。それは民主主義の土台を崩すからであります。政治家であれ、後援会であれ、利益供与は禁じられています。……一人当たり3,000円も補填した利益供与は政治家としては許されない行為であった。そういう自覚を前総理はもたなければいけないと思います。
 と言われたアベ前総理は、
……検察側が厳しい捜査、聴取を行った結果、今回は問題ないと判断をいただいたと思っております。そもそも「桜を見る会」をやっているときには、私はすでに総理大臣になっておりますから、今、宮本議員が言われたようなかたちで何か利益を供与して選挙で当選しなければならないという立場ではまったくないわけでして。つまり、たとえば、わが党においては、自分の選挙のことは全く考えないという状況にならなければ、自民党の総裁にはそもそもなれないわけであります。私もさいわい9回選挙を戦ってきて、毎回地元の皆さんが大変頑張っていただいた結果、常に圧倒的な勝利を与えていただいているところで、そうした意味において、そんな利益を供与して票を集めようとはつゆほども私を含めて事務所も考えていない。それよりも法令順守の方が極めて重要だと思っております。
 と答えた。 

 やってることが「利益供与」にあたるという自覚をもつべきだという指摘に対し、自分は選挙でいつも圧勝しているから「利益供与」など必要ない(だから?「利益供与」にならない?)と言い放つ、この傲慢不遜な態度には、山口の選挙区のみなさん、何とか鉄槌を下していただきたいのだが、それはともかく、アベという政治家(屋)には、利益供与がそれと自覚できないほど体に染みついているということなのだろうか。こうした政治(家)体質は政権交代が繰り返される中で払拭されていくはずのものだったが、日本の現状は、政権交代の道筋が迷路に入り込んでしまい、腐敗臭は一向におさまらない。

 今から30年くらい前にも、リクルート事件やゼネコン汚職など、自民党政権下の相次ぐ金権腐敗をきっかけに「政治改革」の機運が盛り上がったときがあった。法整備には5年を要した。小選挙区比例代表並立制にしろ、政党助成制度にしろ、ご都合主義的な面が多々あり、当時から様々な問題が指摘されていたが、曲がりなりにもかたちになったのは、その間、自民単独政権が途切れ、非自民政権や連立政権の時期が介在したからである。そうでなければ、「改革」は1ミリたりとも前には進まなかっただろう。とすれば、今の政治状況を変えるために、自民党には政権から外れてもらうのが最善ということになる。

 1988年にリクルート事件が発覚し、政治浄化を求める声が大きくなった翌1989年に、NHKスペシャルという番組で、19世紀イギリスのグラドストン政権による政治腐敗・不正行為防止法の成立過程が取り上げられたことがある。ことさら100年も前のイギリスを例にしなくともよいのではと当時思ったものだが、今の日本の状況では、こうした改革を政権党が担うどころではない。
 「改革」の機運を盛り上げる効果を狙ったものともとれるが、それにしてもNHKにこうした番組を放送できる時代があったと今では懐かしい感じさえする。たぶん21世紀になってからまとめたものではあるが、たまたまメモが出てきたので、以下に引用する。


 「かくして 政治はよみがえった —— 英国議会 政治腐敗防止の軌跡」
 (NHK総合・NHKスペシャル 1989年 7月 9日放映)

1)はじめに
 19世紀のイギリスは段階を追って有権者のすそ野が広がっていく時代だったが、 現在から見ると、異常と思えるほどの金権選挙が行われ、票が金で 買われていた。 当時、選挙と金の関係を断ちきる改革が急務と考えたグラドストン首相の自由党内閣は、法務長官のヘンリー・ジェームズに法案づくりを託した。3年がかりの激しい議論を経て、1883年 8月、「腐敗・不正行為防止法」が成立する。

2)「腐敗・不正行為防止法」成立小史
1880年 3月   総選挙:東南部サンドウィッチ選挙区の当選者2名は自由党
     5/18 上の当選者の1名が欠員となり、補欠選挙実施。
    10月~  →不正が特にひどかったサンドウィッチ選挙区など、議会調査(約3ヶ月)。
 1881年 1/ 6  ビクトリア女王、議会開会演説で選挙改革を要請。
 1881年 1/ 7  法務(司法)長官ヘンリー・ジェームズ、法案提出。提案理由の説明(第一読会)
     2/17  第二読会開催の予定を延期することが決まる。
  ※ 重要法案のアイルランド土地法案をめぐって議会が紛糾。
   →議会は空転し、選挙改革法案は審議未了で廃案。
 1882年 2/ 9  再提案
     2/10  第一読会を通過
   4/24/26 第二読会を開会
   5/ 2 現職閣僚2名がアイルランド過激派により暗殺され、急拠、過激派処罰法案が上程
         され、改革法案は後回しとなり、不成立。
 1883年 2/16  3度目の提案
   6/ 4  第二読会を開会
   8/10  第三読会通過
   8/13  上院へ法案を送致
   8/25  ビクトリア女王が選挙改革法を認可し、法成立。

※ 注)当時は1選挙区から2名の当選が原則だった。サンドウィッチは「ドーバー海峡」で知られるイギリス南東部ドーバーの北に隣接するところで、この選挙区は長く自由党が2議席を維持してきたが、1880年 3月の総選挙は立候補者が定員2名だったため、無投票で2名の当選が決まっていた。ところが、うち1名が貴族に叙せら れ、下院議員を辞任したことから、補欠選挙が行われることとなった。空いた議席の獲得をねらって保守党が候補者を 立てたことから、激しい選挙戦が繰り広げられることとなり、自由党・保守党双方の買収工作が行われた。
(参考:森脇俊雅「サンドイッチ選挙区について:英国における議員と選挙区の関係」、『法と政治』第61巻・第4号、2011年1月。/http://hdl.handle.net/10236/7225 Kwansei Gakuin University Repository)


3)1881年1月7日 H.ジェームズの演説
 「今こそ汚職や腐敗行為を取り締まる法律を議会の名において制定するときです。このままでは選挙腐敗の根はひろがるばかりで、選挙に対する有権者のモラルは低下し、選挙で金儲けをたくらむ連中が続出しています。…現在の最大の悪は選挙に莫大な金がかかることなのです。崇高な精神の持ち主であっても、金がなければ議員になれません。逆に言えば、財力さえあれば、誰でも当選できるのです。政治家は企業や団体の代表ではなく、国民の代表ではないのでしょう!
 われわれは長くこのテムズ川のほとりで暮らしてきましたが、腐敗し、汚れた流れは一向に改められていません。何と不名誉なことでしょう。世界に誇るわが国の議会が、今、世界中の物笑いの種となっているのです。国民の代表であるわれわれ議員一人ひとりの誠意が、今問われているのです。」

(犬童一男他『NHKスペシャル かくして政治はよみがえった 英国議会・政治腐敗防止の軌跡』、日本放送出版協会、1989年10月。)

4)1880年5月のサンドウィッチ選挙区の補欠選挙に関する議会の調査報告
【保守党候補クロンプトン・ロバーツの選挙事務長エドゥイン・ヒューズへの尋問】
 質問(派遣判事):まず、有権者に金を渡した事実を認めるか、また、その理由を尋ねたい。
 応答(ヒューズ):渡しましたよ。しかし、保守党の私が金を配らなくても、自由党の誰かが配ったでしょう。はっきりさせておきたいのは、選挙民の方から金を求めてきたということです。
 問:たくさんの人たちにどういう方法で金を渡したのですか。
 答:ロンドンの「月世界の人」と呼ばれる、夜な夜な一軒一軒の窓に金を配って歩くプロを雇いました。それから、相手より早く選挙区に入り、パブ(居酒屋)を88軒確保し、金を払いました。
 問:なぜそんなにパブを確保する必要があるのですか。そこで何をするのですか。
 答:ただ酒を振る舞いました。そこでは、みなさん、はっきりこう言っていました。前回は2ポンドだったから、今回は4ポンドもらいたい。自由党は3ポンド出すって言ってるからね、と。次は、公然と金を配る方法を考えました。金を払って、旗を作ってもらうことにしました。
 問:旗って、船に掲げる、あの旗のことですか。
 答:わが保守党の旗です。奥さんや娘さんにも旗を作ってもらいました。金をもらって旗をつくった家では、みんなわが党に投票してくれました。街中に何百という保守党の赤い旗がはためいていました。すばらしい光景でした。これでわが保守党は勝ったと思いました。

※ 注郷土史家のフランク・アンドリュー氏によると、保守党の総指揮を担当したヒューズ一人だけで6,500ポンド、自由党側は4,000ポンドもの巨額の金が買収に費やされたという(当時、1年間の家賃が6ポンド)。また、有権者の側も、保守党・自由党の両陣営から金をもらうのはもちろんのこと、名前を偽って二重に投票する者もあったという。

5)法案(腐敗・違法行為防止法案)づくり
【法務(司法)長官ヘンリー・ジェームズ(H.Jと略)の趣旨説明・議会答弁】 
 趣旨説明(H.J):選挙に大勢の人を金で雇うことが問題なのです。本法案によれば、候補者は選挙事務長と事務員を各1人しか雇えなくなります。そして、選挙費用の報告に偽りが見つかったときには、候補者にも選挙事務長にも偽証罪が成立し、議席を失うことになります。さらに違法行為があった場合、立候補する権利の永久剥奪など、清潔な政治を実現するには、厳しい罰則が不可欠なのであります。

 問(議員):法務長官のお考えは高邁で結構ですが、法律をつくったから腐敗がなくなるとと考えるのはいかがなものでしょうか。現にアメリカでも法律がありますが、腐敗は蔓延しています。買収は世界共通です。労働者の多くは選挙の日をお金の入る日としてあてにしているのです。法案をつくるにあたり、こうした現実は考慮にいれたのでしょうか。
 答(H.J):選挙に巨額の金を準備しなければならないことが問題なのです。それが能力ある人物の立候補を妨げることこそが巨悪なのです。わが国は、海軍、ロンドンの金融街、芸術・科学の分野などで、優秀な人材を輩出しています。しかし、この議会には富をもった人間しか入れなくなっているのです。金をもたない者が議会に入ることは不可能と言っていい。大英帝国が列強の中で抜きんでた地位を維持するには、議会の門は、知力にあふれ高潔な人物に対して開かれていなければなりません。
 問:あらゆるところに腐敗があると言いますが、腐っているのは法務長官の判断の方ではありませんか。議員にとって選挙区に贈り物をするのは、結婚式で贈り物をするのと同様、当たり前のことです。また、地元の宗教活動やいろいろな活動に気前よく金を出すことも大事なことです。
 答:一番恐れるのは、選挙民の倫理が荒廃することなのです。選挙区を腐敗の手で汚しては、議会制民主主義発祥の地イギリスの土台が腐ってしまうのです。選挙を革命的に変えようとする本法案の方向はいささかも間違っていないと確信しております。
 問:率直に言いまして、私の議席は金に裏づけられたものです。この国の公の活動を動かしているのは金と言っても過言ではありません。つまり、政党のために働いた人にお金が支払われるのは当然のことです。それを賄賂というなら、賄賂を受け取る有権者も、長年女王陛下のために仕えたのちに伯爵とか侯爵などの爵位を受けたり、植民地の総督になる栄誉によくする議員とどこがちがうのですか。法務長官は自分が庶民よりも高い倫理をもっていると思い上がっているのではないですか。
 答:そのような考えは毛頭ありません。本法案の基本にあるのは、選挙の結果を組織の大小や金で雇われた集団の力に委ねるのではなく、選挙戦はあくまで政策を忌憚なく闘わせる環境の中で行いたいということなのです。
 問:法務長官は現実を無視している。特に費用限度額はあまりに低すぎる。笑止千万です。
 答:それはちがう。たとえば、選挙にボランティアを使えば、費用は大幅に減るのは確実です。
 問:素人のボランティアだって! どんな候補者も破滅してしまう。候補者は有権者に対して、素早く個人的に対応しなければならない。この仕事をきちんとできるのはプロだけですよ。
 問:この法案は立候補する人に脅威を与える。投獄したり、資格を剥奪するための法案です。議員の権利をこれ程無謀に激しく侵すような偏った考えに基づく法律の制定は聞いたことがありません。
 問:法務長官は議会を侮辱している。議員は自らの意思と判断で自分の懐から選挙費用を払っている。議員の道徳観についてケチな制約や説教は余計なことです。(そうだ、そうだ!)あなたはきれいごとばかり言っている。あなたの選挙区タウントンは英国一の腐敗選挙区ではないですか。そのあなたに改革の旗を振る資格があるのですか。(「そうだ!」と「撤回しろ!」の両声)
 答(グラッドストン首相):議長、今の件ですが、確かに保守的な選挙区に問題はありますが、しかし、カラン君、あなたに対する当選無効の申し立てはありましたが、法務長官に限っては、違反の申し立ては一件もなかったことははっきりと申し上げておきます。
 ☆議長:カラン君に法務長官に対する発言の撤回を求 めます。
 問:法務長官を侮辱したことを議会に対して陳謝し、前言を撤回します。
 答(H.J):議長、冷却期間をおくために、審議を次回に持ちこすことを提案します。
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 問:この法案にどうしても賛成できないのは、罰則に問題があるからです。選挙事務長に不正行為が認められた場合、連座制で候補者まで有罪になる。 供応した場合も、これまでなら軽い罪で済んだ。ところが、この法案では、一杯のビールやパンやバター、パンの皮でさえ、選挙中に与えれば大きな罰金が科せられる。こんな厳しい罰則は、帝政ロシアオスマン・トルコ以来である。(その通り!)法務長官は才能のある人に議席を開くと口癖のように言いますが、逆に、この法案の影響で優秀な人材が出馬を見合わせるかも知れない。善良な紳士という名誉を失いに行くようなものだからです。
 問:法案によると、候補者か選挙事務長が不正にかかわったとき、その候補者は二度と立候補できない。たとえば、議員歴30年の尊敬されるべき政治家が他人の行為によって終生議会を追われることもありうる。そんなバカな法律がありますか。
 答:私が強調したいのは、贈賄も収賄も、法案の下では同罪にすべきだということです。金を受け取る者がいるから出す者も出る。選挙民も同罪です。
 問:法務長官は投票日にパブを閉めさせようとしたり、実現不可能なことばかりやらせようとしている。パブや飲食店にこれほどの制約を課すのでは、投票日は断食と屈辱の日となってしまう。こんなバカなことをやっていると、ヨーロッパ中の物笑いの種になりかねません。供応とはいえ、ビール1杯で6ヶ月の懲役などという法律が他の国にありますか。
 問:今日まで実に長い時間審議をしてきましたが、何度読んでもこの法案にはあきれるばかりです。議員としてはおろか、人間としての基本的権利が全く尊重されていない。選挙事務長がただ一度過ちを犯しただけで、候補者が禁固刑などの厳罰を科せられるなんて、理不尽極まりないでしょう。
 答:他人の行為によって罰を受けるのは、確かに異常なことです。しかし、運動員が罪を犯したのに、当の立候補者に逃げ道をつくっていたのでは、どんな政策も無駄になります。
 問:では、ある候補が対立候補を罠にかけようとスパイを送り込んだらどうなるのですか。スパイに違反行為をさせれば、対立候補をいつでも簡単に破滅させることができるではありませんか。
 答:スパイは現実離れしている。イギリスの政界でスパイが活躍した例はないはずです。……
   みなさん、21日間にわたる大討論で審議は十分に尽くされたものと思います。私は、この法案が成立すれば、伝統あるイギリスの民主主義が守られると信じています。3年間に及ぶ準備期間と3週間にわたる激しい討論を経た今、議長に下院通過の採決を提案します。




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