ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

トラス英首相辞任のこと

 先週10月20日にトラス英首相が辞任表明したのには驚きました。当人は1980年代に保守党政権を率いた「鉄の女」サッチャー元首相に自身をなぞらえたかったと見えて、服装や言動など、元首相を気取る姿が何となく鼻につきましたが、彼女にならって発表した減税策(所得税最高税率の引き下げなど)がポンド下落や物価高騰を招き、撤回を余儀なくされて窮地に追い込まれました。一部に辞任を求める声が上がり、支持率も下落していると聞いていましたが、まさかこんなに早く情勢が動くとは思いませんでした。
【解説】英 トラス首相 与党党首辞任を表明 背景は 今後は | NHK | イギリス
英 トラス首相 与党党首辞任を表明 経済政策めぐり求心力低下 | NHK | イギリス

 日本でも宇野内閣の68日間というのがありますが、首相在任期間45日というのはあまり例を見ない短さです。早速出てきた英国流皮肉動画「トラス英首相にレタスが勝った」には苦笑してしまいます。(常温で?)レタスが腐るよりトラス首相が辞任する方が早いというのです。
【電撃辞任】「トラス英首相にレタスが勝った」痛烈皮肉も......支持率7%、45日目で辞意表明 後任に“最も支持”ジョンソン前首相ナゼ? - YouTube

 「首相の在任期間についての本ができました。クリスマスまでには「出る」ようです。これは発売日ですか、それともタイトルですか?」――議会でトラス首相に辞任を求める野党労働党のスターマー党首の揶揄もまた辛辣でした。
トラス英首相「私は戦う者で、根性なしではない」 議会舌戦で辞任を強く否定 - YouTube

 この辞任劇の背景について語るロンドン大学政治学教授ティム・ベイル氏のインタヴュー記事を見ました。「よい指導者、よい首相を選べない」という話など、どこか日本と重なる感じも受けます。要約して引用します。
トラス英首相、辞任表明の背景 「EU離脱が大きく関係」と英専門家:朝日新聞デジタル

 英国政治の不安定化はブレグジットEU離脱)が大きく関係しています。ここ数年、保守党は指導者選びに失敗し、明らかに職を遂行できない人を選んできました。テリーザ・メイ氏(元首相)は旗振り役として魅力に欠け、逆にボリス・ジョンソン氏(前首相)は政策には関心がない単なる旗振り役でした。リズ・トラス氏(首相)は、首相の役割を全うするには空論に固執しすぎ、コミュニケーションが下手でした。
 保守党は英国の政治をブレグジットに合わせようとして、極右方向に舵を切りました。最初は、ブレグジットを訴えて人気を集めていたブレグジット党とナイジェル・ファラージ氏(党首)に対抗するのが目的でした。その後、ジョンソン氏は2019年の総選挙で党内を結束させましたが、単なる反EUのレトリックだけでそれはできなかった。その他に、価値観を戦わせる「文化戦争(カルチャー・ウォー)」のレトリックや、移民への強硬路線、法と秩序といったものが持ち出されました。保守党が、反エリートを代表するという考えです。これにはポピュリズムも大いに関わっています。

 保守党の党首選のシステムには欠陥があると思います。まず、保守党の下院議員の投票で候補者が2人に絞られ、党員投票による決選投票でトラス氏が選ばれたのですが、保守党の党員は裕福な白人を中心とした16万人ほどで、国民全体(2021年時点の英国人口は推計で6,700万人)からするとかなりの少数で、英国民を代表しているとは言えない集団ですが、下院議員たちはその党員の顔色をうかがい、党員が望まない人を選ぶわけにはいかないのです。結果として、潜在的に首相になれる人を排除してしまっています。よい指導者、よい首相を選ぶ可能性をこのシステムが損なっているのです。

 トラス氏は財源が不透明なまま大減税を打ち出して、市場を混乱させました。トラス氏は非常にイデオロギー的な政治家で、自由市場の原理主義者のような人物です。多くの人は、トラス氏が首相になればより現実的な政策に移行すると期待していました。しかし、トラス氏は英国、保守党を変える大きなチャンスだと捉え、有権者、市場がついてこられる道を見失ってしまったのだと思います。

 一連の辞任劇は保守党に大きなダメージを与えました。世論調査では労働党との支持率に30ポイント以上の差が開きました。与党からこれほどまでに有権者の支持が離れたのを見たことがありません。保守党の統治能力、経済政策の能力に対する評判をとてつもなく損ないました。
 ここから回復するのは非常に困難でしょう。経済の問題で信頼を失うと、有権者の信頼を取り戻すのは非常に難しいのです。24年に総選挙が予定されていますが、それまで保守党は14年間も政権の座にあることになります。ただでさえ、これほど長期間続けば選挙で勝利するのに苦労するものです。この数週間で失った信頼を考えると、次の選挙で保守党が勝つというのは、ほぼ考えられません。

 トラス首相は支持率が7%にまで落ち込んだそうです。岸田内閣の支持率も下がっているとはいえ30%前後で、まだそこまでには至りません。しかし、統一教会との関係を切らなければ支持率は回復しないでしょうし、切ろうとすれば、今度は統一教会側が「キレて」醜聞を暴露するでしょう。こうなると、政権と自民党は、(現在の小出しの)「醜聞」が出てきても、国民が呆れ果てて忘れてくれることを「期待」するほかないという話(指摘)もあります。みんな山際大臣のように振る舞うのでしょうか。

 先日の予算委員会でのツボ持込み不許可(阻止)の一件には、こんな記事もありました。自民党議員が議員会館の部屋からツボを一掃するのと、わが国の宰相が辞任するのと、どっちが早いか(あるいは容易か)と考えると、苦笑してしまいます。
自民党が「統一教会の壺」国会持ち込みを「必死で阻止した」ヤバすぎる理由(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/2)

 
 


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