ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「提案」と「批判」 奇妙な二択

 泉新体制になった立憲民主党については、発足後から様子見をしてきましたが、先日のChoose Life Project(CLP)の資金提供の釈明にはいささかふがいないものを感じました。これでは返す刀でDappi問題を斬ることはできません。これをしかけた輩はほくそ笑んでることでしょう。
 昨日から通常国会が始まり、いよいよ新体制で本格始動となりますが、当の支持率は低調です。看板に掲げる「提案型」でこのまま進んでいけるのか、疑問なしとしません。いろいろなところで指摘されているとおり、「批判」と「提案」という奇妙な「二択」を設定し、「提案」の方に重点をおくという方針に、そもそも危うさがあると思うからです。

 昨年の衆院選で落選した立憲民主党川内博史さんがインタヴューでこう言っています。少し長くなりますが、1月17日付「女性自身」の記事より引用させてください。

「なんで野党は批判ばかりなの?」立憲民主党の前議員に聞いてみた(3ページ目) | 女性自身

《ろくに案も出さずに政府対応の批判ばかりしている野党は邪魔でしかない》
《野党は批判ばかり、揚げ足ばかりとるな ちゃんと仕事しろよ》
ツイッターなどでよく見るこんな文言。確かに、ニュースを見ていると、野党は国会で政府を批判ばかりしているような気がする。実際に、ニュースの見出しを見てみると……。
「立民 枝野代表『政治機能せず命失われている』コロナで批判」(「NHK NEWS WEB」2021年1月4日)
「原則自宅療養方針、枝野氏『放棄としか』野党次々批判」(「朝日新聞DIGITAL」2021年8月3日)
細田衆院議長発言を批判 10増10減めぐりー野党」(「時事通信」2021年12月21日)
ちょっと検索すると、野党による「批判」「批判」のオンパレード。「なぜ、野党は『批判』ばかりしているの?」。国会の場で、厳しく政権与党を批判してきた立憲民主党川内博史衆議院議員(60)に聞いてみた。

■「なんで野党は政府の批判ばかりするの?」
「『批判ばかり』しているとは私は思っていませんよ(笑)。『批判ばかり』というのは悪質な印象操作に過ぎません。憲法に定められた国会議員の仕事をしてきただけです」
いきなりのぶしつけな質問に、きっぱりとそう答えた川内氏。「国会議員の仕事は、法律の制定だけではありません」と続ける。
憲法66条には『内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う』と明記されています。つまり、政府は、国会に対して連帯責任を果たすために、国会で説明責任を果たさなければいけません。一方、国会議員には憲法第62条に基づき『国政調査権』という権利が与えられていて、政府に対して調査を行う権限があります。憲法に基づけば、国会は行政をしっかりコントロールせねばならず、そのために国会議員は国政調査権を背景に、政府に説明を求めていくという役割があるんです」
つまり、政府が正しい政策を行っているか、不正や不公正を行っていないかを「批判」し、正すのも国会の仕事だという。また、憲法83条などに基づいて、国会には内閣が編成した予算におかしなところはないか、正しく使われているかをチェックする役割もある。あくまで、自分たちは憲法に基づいて、“おかしな行政”や“おかしなお金の使い方”がされていないか、チェックする役割を果たしてきただけだと、川内氏は言う。
「こうして“批判”し、追及することで、国民の利益を守った事例はたくさんあります。最近も、導入予定だった大学入学共通テストへの英語民間試験を『受験生の経済状況や居住地域によって差が生じることがあってはならない』と“批判”し、見直しを実現させました。新型コロナウィルスの持続化給付金については、大手広告代理店や人材派遣会社などが委託費と称した多額の“中抜き”をしていたことを“批判”した結果、改められています。ほかにも、10万円の一律給付金や大企業非正規の休業支援、子育て世帯の給付金など、政府案を野党が“批判”し、提言していった結果、よりよい制度として実現してきたのです」

■スキャンダルはマスコミや検察に任せればいいじゃん!
野党が政府の政策や不正を“批判”する意義はわかったが……。
《野党はスキャンダル追及ばかり》
モリカケやサクラは検察やマスコミに任せて野党は政治をやって欲しい》
こういう声もあるように、安倍晋三元首相の一連の問題や、菅義偉前首相の長男による官僚の接待問題など、個人のスキャンダルの追及は国会でやる必要はないのでは?

「私自身は、スキャンダルを追及しているつもりは一切ありません。たとえば、森友・加計の問題にしても、桜を見る会の問題にしても、民主主義の基本である『文書管理』や『情報公開』や、行政のあり方そのものにかかわるものです。また、これらは国の予算にかかわる問題でもある。国有財産を不当に安く総理に近い人物に売り払われたとしたら、それは国有財産の棄損につながります。あるいは、国費を支出して行政に貢献した方々を招くはずの桜を見る会が、首相の後援会の私的会合に使われていたら大問題です。行政のあり方にも、予算にもかかわることですから、国会で議論するのは当たり前。『スキャンダル追究ばかりして』という批判は、まったく的外れだと言わざるを得ません」

だが、《追及するなら証拠をそろえてからにしろ!》という声もあるように、疑惑の段階ではなく、確たる証拠を提示して追及すればいいのでは?

「どういうことが行われていたのか、それを開示する義務は行政側にあります。私たちは国政調査権に基づいて行政文書の開示を要求します。行政文書というのは、公文書管理法上、軽微な事案をのぞいて、すべて作成しなければならないと、法律で決まっている。ですから、たいていのことは文書が作成されているのです」
憲法66条に基づき、正しく政治を行ったことを国会に説明する責任は政府(内閣)にある。その際の証拠となるのが、行政のプロセスや決定事項を記録した行政文書だ。
たとえば、民間の会社で考えてみてほしい。正しい仕事やお金の使い方をした証拠として帳簿や領収証を作成・保存する。疑いを持たれれば、監査法人や税務署の求めに応じてそれらを開示しなければならない。不正がないのを証明しないといけないのは、会社=政府なのだという。
「しかし、存在するはずの文書が隠蔽や廃棄、あるいは改ざんされるという事例が相次いでいる。出すべき文書を出さないから『もめる』というのが、最近の政府の『ビジネスモデル』になっているのは、残念なことです」

桜を見る会の出席者名簿が、共産党議員の資料要求の直後に公文書管理のルールに違反して廃棄されたり、森友学園をめぐる財務省の決裁文書が改ざんされたりしたことなども明らかになった。第二次安倍政権以降、そもそも公文書を作成しない、あるいは野党の資料要求があっても、不都合な資料は開示しないということが常態化しているという。
「野党合同ヒアリングを含む、国会におけるさまざまな追究は、国政調査権を背景としたものです。実際、平成20年に麻生内閣のもとで、『議員の資料要求というのは国政調査権を背景としているので、一般の情報公開請求などとは違い、内閣としては非常に重きをおいてしっかりと対応する』と、閣議決定されているんですよ。それが守られていません」

■コロナ禍に「桜」をやらなくても…
だが、追及するにも、やるべきタイミングがあるのではないか……。
《野党って本当に馬鹿なのか? 新型コロナウィルスで大変な時に桜を見る会の安部政権叩きばかり》
ネット上で散見されるのが、このような意見だ。

「これも悪質な印象操作ですね。国会では同時にさまざまな問題に取り組んでいるわけですが、そればかりをやっているかのように切り取られてニュースが作られるので、そういう誤解になる。でも、実際は常にさまざまな問題に取り組んでいるのです」
国会にはさまざまな委員会が存在し、同時並行的にさまざまな法案や問題が審議されている。テレビニュースに映るのは、国会のほんの一部でしかないという。じつは「Aをするくらいなら、Bをやれ」というロジックは、コロナ禍以前から見られたものだ。

北朝鮮の脅威が増しているのにモリカケに審議時間を使うのですか?》
桜を見る会の話で国会議論を止める暇があるなら台風19号において被災された被災者のためにこれからどう復興するかの真剣な議論をしろよ》
ときには「北朝鮮」、ときには「台風」「地震」に手をかえて行われるこうした攻撃は、国会の実態を無視した“言論封鎖”だと川内氏は言う。実際、この2年間、国会でコロナ以外にもさまざまな法案や問題が審議されてきたが、常にこうしたロジックで攻撃の対象とされるのは、野党による政府への不正の追及だけだ。

■「野党を批判して世の中がよくなることはない」
無論、野党時代の自民党も、民主党政権を厳しく“批判”していたし、個々の閣僚が抱える不祥事についても厳しく追及していた。だが、第二次安倍政権以降、《野党は批判ばかり》《国会でスキャンダル追及をするな》《AをやるならBをやれ》というような言説が目立つようになった。川内氏は、これは権力側が作り上げた“プロパガンダ”だと考えている。
「“無理が通れば道理が引っ込む”という言葉がありますが、権力が自分たちのやろうとしていることを無理やり押し通そうとするとき、嘘やごまかしや、隠蔽や改ざんをするわけですよね。それらを白日の下にさらされてはいけないので、我々の口を封じるためにいちばんいい言葉はなにかと考えたとき、“野党は批判ばかり”などということを、権力側が思いついたのではないかと。マスコミもそればかりをやっているかのように、切り取ってニュースを作るので、そういう相乗効果で、このプロパガンダが広まっていったのではないでしょうか」
確かに、この“プロパガンダ”を自民党の関係者や自民党に近い評論家などは好んで使ってきた。また、デマを交えて、この“プロパガンダ”を拡散していたツイッターの有名アカウントに、自民党関係者が関わっていたことも明らかになっている。

川内氏は、「野党は批判ばかり」という言葉に接したとき、本当に野党は批判しかしていないのか、その“批判”は憲法で求められる国会議員の職務ではないのか、立ち止まって考えてほしいという。
「ぜひ、ニュースで切り取った一部でなくて、国会の質疑や野党合同ヒアリングを見てみてください。YouTubeでも見られますから、実際にどういうやり取りを行っているか、わかるはずです。それから、野党の悪口を言って世の中がよくなるなら、いくらでも言ってください。だけど野党を批判して世の中がよくなることはありません(笑)。それこそ建設的な批判をしてほしい。あのときに、こういう質問をしたらよかったとか、こういう情報もあるよとか。そういうことを教えていただければ幸いです」
……

 野党から、今後は「批判」よりも「提案」に重点をおくと言われた与党からすれば、これはかなり気楽です。野党から何か「提案」されたら、必要に応じて自分たち与党の政策に取り込んでいけばいいのです。岸田首相も、そのあたりは百も承知で、自分は「聞く力」があり、「一度決めた方針でも、より良い方法があるのであれば、躊躇なく改め、柔軟に対応」すると施政方針演説で述べているとおりです。「提案」がいいとこ取りされるのは明々白々です。結果、与党の支持率は安泰でしょう。「立憲民主党はよい政策を提案する、自民党よりも優れた政党だ」と、国民からそんな風に好感を持たれて立憲の支持が拡大すると小生には思えません。
 それとも、泉代表には与党には絶対できない(相容れない)秘策の提案が何かあるのでしょうか――たとえば(?)、これは小生ほかの念願のひとつでもありますが、辺野古の基地移設は中止し、基地自体をすべてアメリカ側に引き取ってもらうというような…。しかし、その種の「提案」は政権党への「批判」をともなわずにできることではありえないでしょう。
 先日の国交省の統計捏造も詰められないまま今日まできていますが、今後もこうした不正捏造の類いが出てきたり、別件で大疑獄が発覚することも十分ありえます。みんなで監視していかなければならないのに、メディアも「批判」しない、野党も「批判」しない、となれば、ネットでだけ「中傷」や「攻撃的言辞」があふれ、「不満」ばかり増大する、そんな「不健全」な状況も予想できます。これで何か変わるのでしょうか。「批判」と「提案」というのは二択の対にはなりませんし、「提案」に重心をおきますからスクラムを組みましょうと呼びかけるのは、相手を間違えていると思えてなりません。国民の側もこんな奇妙な二択を真に受けている場合ではないです。



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