ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

『文読む月日』 2

 毎晩トルストイを読むはずが、いかんいかんと思いつつ、ついついため込んでしまい、10月23日からの5日分を昼食後に読んでいたら、現実と交差するような言葉が並んでいた。

 十月二十五日
……
(五) ある人を悪人だとか、馬鹿だとか、不正な男だとかいう理由で軽蔑しはじめたが最後、われわれの他人に対する軽蔑の念には、歯止めが効かなくなる。
……
(八) 自分を精神的存在と思っている人だけが、自分や他人の人間的尊厳性を認識することができるし、そのような人間だけが、人間にふさわしくない行動や状態によって、自分や隣人を辱めるようなことはしない。

              (北御門二郎訳、ちくま文庫、下巻、116-117頁)

 大阪の辻元清美さんの街頭演説を映した短い動画に、選挙カーに乗った、日本維新の会所属の鈴木宗男が現れるシーンが出てくる。10月27日付動画より起こしたものを以下に。

辻󠄀元清美🧣 on Twitter: "バタバタだった今日はこんな出会いも。(SNSチーム)… "

 辻元…どうですか、みなさん、大阪にカジノいりますか?
    …と言うてたら、来ましたね、維新が。

 鈴木:辻元なにがしかは、私は絶対許しません!

 辻元通り過ぎてから話をします。

 辻元鈴木宗男さん、がんばってくださいね。私は鈴木宗男さんを愛してますよ、
    好きですよ。がんばってください。一緒に力を合わせて弱い者と一緒に働こ
    うと…。
    年越し派遣村に、私、鈴木宗男さんと一緒に入ったんですよ、実は…。

 宗男氏は辻元さんを指さして何か言っていたが、応援されていた維新の池下候補の方は何か済まなさそうに苦笑していた。一方、辻元さんは終始笑顔で、掛け合い漫才でも見ている感じである。まあこういうケースで売り言葉に買い言葉のアベシンゾーのようなセリフを辻元さんから聞かずに済んだのは幸いであった。個人的には宗男氏に世間で言われているほどの嫌悪感を持ってはいないが、それでも今回は、辻元さんに完全に一本とられたと思う。

さかのぼって、
 十月二十三日
(一) 良心とは、われわれの内部に住む神的本源を意識することである。
(二) 「良心! それは児戯に等しい迷妄だ、…」偽賢人たちが一斉にそう喚くのが聞こえる。「人間の心のなかには、経験によって与えられたもの以外は何もありゃしない」。そう彼らは言う。
 いや、さらに進んで彼らは、万国民のあいだで明らかに普遍的一致を見た事柄さえ否定し、何が善で何が悪かについての万人の判断の、驚嘆すべき一致ぶりに対抗して、自分たちだけが知っている何かの例を探し出してきて(まるである旅行者の話のなかの、野蛮な民族の誠実が変質していれば、世界中の人々の性質も駄目になるかのごとく)こうした変質者たちの存在が明らかになったからには、全人類共通の性質などという代物になんらの意味もない、と主張する。「みんなが公共の福祉に協力するといっても、それはただ、自分の利益のためにすぎない」と彼らは言う。しかしながら、明らかに自分に不利だとわかっていても、公共の福祉に奉仕する人々がいるのはなぜだろう? 自分の利益のために死地に赴くといったことが、どうしてできよう。
 もちろん誰しも自分の幸福のために行動するのだけれど、その幸福に道徳的・精神的意味の幸福がなかったなら、それは結局、邪悪な人々の行動を利欲の念で説明することができるだけの話になる。善良なる行為を説明するのに、必ずその裏にある醜い動機を探しださなければいけない、という哲学は、なんたるおぞましい哲学であろう。…(ルソー)

<以下略>
                      (北御門訳、同上、110-111頁)

 むかし「最後は金目でしょ」と言い放った自民党の元総裁候補が今東京で苦戦が伝えられている。人の良心を鼻で笑うような方々には退場してもらわないといけない。

石原伸晃環境相、「最後は金目」発言で福島の町長らに「おわび」 | ハフポスト




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