ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

過去の嘘 現在の嘘

 むかし吉村徳蔵さんという高校の歴史の先生がいた。直接お会いしたことはないが、歴史教育者協議会という団体の副委員長を務めていたので、その筋では有名な人で、著書も何冊かある。最晩年の著作に、自身の半生を振り返った生徒向けの講演の記録があり、8月の「終戦」の頃になると、その一節をよく思い出す。今年はまだ7月だが、昨日、1日の新規コロナ感染者数がとうとう1万人を突破したという報に接して、不意にそれを思い出した。そこにはおおよそこう書かれている。

 ……岩波新書に『粘土板に書かれた歴史』っていうのがあるんですね。これはメソポタミア地方(現在のイラクあたり)の歴史のことです。粘土板というのは古代の王の墓の煉瓦のことで、ここに「楔形文字」があれこれ刻まれている。学者たちが発掘してこれを解読しています。戦争のこととか、いろいろと書いてある。
 話をわかりやすくするために、今、Aという大王の国の首都が大阪で、Bという大王の国の首都が東京だったとしましょう。で、A大王の国とB大王の国の歴史書では、互いに戦争をして、常に自分の国が勝ったことになっている。Aも勝ったと言っているし、Bも勝ったと言っている。本当はどっちが勝ったのか?
 これだけじゃわかりませんよね。仮に1月の戦いは箱根であったとしましょう。A大王は勝利したし、B大王も勝ったと書いてある。2月には静岡で戦があった。やはりA大王もB大王も両方とも勝利したと書いてある。6月には名古屋で戦があった。両方とも勝ったと書いてある。そうすると、本当はどっちが勝っていたのか、わかりますか?
…「日本はフィリピン沖航空戦において勝てり」の次は「台湾沖縄航空戦において勝てり」…というわけです。

 戦前の新聞を今広げてみると面白いことに気がつきます。1945年の8月15日まで、日本の新聞では、日本軍は一回もどこでも負けたことがないんです。でも、日本は一晩で負けちゃうんですね。われわれは8月14日の晩まで、極端に言えば、日本は勝っていると思っていた。翌日、朝、起きてみたら日本は負けていた。1941年12月8日、私は目を覚ましてみたら、戦争が始まっていた。いったいこれは何でしょうか。

(吉村徳蔵『歴史教育のたのしみ』、18ー19頁。一部改。)

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ミッドウェー海戦を伝える新聞記事

 これと同じ話を、むかし小生も生徒にしたことがある。たまたまかも知れないが、本当に勝ったのはどっちだと思うかと尋ねたら、だいたいの生徒はBだと答えていた。
 「8月14日」が永久に続くわけがない。過去の嘘は見抜けるが、現在の嘘は見抜けない――いや、そんなこともないと思うが…。問題は嘘だと見抜いたら、それでどうするか、か?




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