ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

100分で名著『資本論』 2

 1月11日放送のNHK「100分で名著 カール・マルクス資本論』」第2回 なぜ過労死はなくならないのかより、出演者3人の談。

 齋藤:……特に日本社会においては長時間労働による過労死の問題であったり、精神疾患などの(労災)申請件数などが増えている。
 安部:これ、データをご覧いただきましょう。労災に関する精神疾患と脳・心臓疾患の申請および認定件数になるんですが、オレンジ色の精神疾患、申請も認定も増えているんですよね。
(1999年:申請155件/認定14件 → 2018年:申請1820件/認定465件)
 齋藤:20年間で精神疾患の申請件数は10倍以上増えているわけですし……。
 伊集院:そのグラフで思うのは、体力的にそれは無理ではないかというようなことはクリアされていても、精神的にどうにもいかないことを押し付けられているというのが急上昇しているかもしれないですね。労働時間の決まりはいっぱいできるので、この時間以上残業はしないとか、この時間でやってくれ、だけれども200件やってくれと。本当に精神的にそんなの無理ですということをたぶん我慢してるケースは、僕はすごく増えていると思う。で、調子を崩し始めたときに、「言ったよね、残業するな」って。
 安部:メディアの職員でも、「いいんだよ、休んで」って言われますけど、休んでたら置いていかれるか、他の人が仕事をするか、(自分は今度クビになるのではないかとか)評価も下がるし(そういう恐怖はずっとついて回っているから)、「わかりました、休みます」とはなかなか言えないですよね。


 なぜ、そこまでして働くのか、働かざるを得ないのか。労働者は自らの選択で社員募集に応募した(職業選択の自由)。それは、もう自分の力で生活していく手段を失っている(生産手段からの自由)から、会社に雇ってもらって働いて賃金を得るしか生きる術がないからなのだが……。

 伊集院:これはつきささるというか、よくわかる話ですよね。「好きで選んだんだろ」っていう……。
 齋藤:資本主義の下ではこれだけ人間は働くようになっている。でも、なんでこんなに働くかっていうと、資本をどんどん増やしていくのに一番都合がいい働かせ方というのが今の社会に蔓延してしまっている。しかも、人間を犠牲にするような。

<中略>

 齋藤:……僕たちってずっと携帯をいじっていて、暇さえあればフェイスブックとか、グーグルで検索したりとか……。我々、無料のサービスでいいかなあと思ってるかもしれないけど、世の中資本主義でタダのものなんてないわけで、むしろ我々は企業にとってすごく役立つデータを常に生み出しているわけですね。自分たちがどんなものが好き、どんなものを格好いいと思ってるか、写真付きで自分たちから喜んで上げて、それにお互いに「いいね!」し合ってる。企業からしたらマーケティングの分析の宝の山で、実は我々は企業のためにある種働いている……。
 安部:働かされてるんですね(笑)。
 齋藤:すでに働いていることさえ気が付かない。楽しんでいる。
 伊集院:僕が思うのは、自分がまったく苦痛でないこと、普通に楽しく……SNSに参加してるじゃないですか、そうするとビッグデータをもった企業は、この人たちはこういうものを買うんだとか、おススメを出してくるじゃないですか。僕はいいものを紹介してもらったってまんまと買うじゃないですか。これはいいこと、悪いこと?
 齋藤:気が付かないうちに、僕らが何が好きかとか、全部分析されて、生活の領域にどんどん商品が入ってきて、私たちはますます貨幣が欲しくなるから、もっともっと働かなければいけなくなる。
 伊集院:なるほど、その欲の刺激みたいなものが自分の労働を止めさせないところか! 無限に……。
 齋藤:あれもほしい、これもほしいと。
 安部:自然も荒らしているわけですよね。
 伊集院:何か欲というとてつもない劇薬を知らない間に入れられている感じがしますね。


 これは強制と内面化の相互作用なのだろう。テキストには次のようにある。

 労働者を突き動かしているのは「仕事を失ったら生活できなくなる」という恐怖よりも、「自分で選んで、自発的に働いているのだ」という自負なのです。だからこそ「職務をまっとうしなくては」という責任感が生じてきます。実際、就活の面接で「なんでもやります!」と自分の自由を進んで手放した経験のある人は多いのではないでしょうか。最低限の生活を保障されながらも、いやいや働かされている奴隷との違いは明らかでしょう。
 しかも、責任の感情をもって仕事に取り組む労働者は、無理やり働かされている奴隷よりもよく働くし、いい仕事をします。そして、ミスをしたら自分を責める。理不尽なことさえも受け入れて、自分を追い詰めてしまうのです。これは、資本家にとって、願ってもないことでしょう。“資本家にとって都合のいい”メンタリティを、労働者が自ら内面化することで、資本の論理に取り込まれていく。政治学者の白井聡は、これを「魂の包摂」と呼んでいます。
(『100分で名著 カール・マルクス 資本論』 59-60頁)


 これは「自助・共助・公助」や「自己責任」の話にもつながる。現下の貧困問題も、自分のせいとかコロナのせいとかというよりも、まず、社会システムによる犠牲であることをはっきりさせなければいけない。



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