ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

都知事選から1ヶ月 「石丸現象」のこと

 早いもので東京都知事選の投票日だった七夕からもうすぐ1ヶ月――この間、小池百合子氏に次いで2番目に得票が多かった石丸伸二氏に関する論評をいろいろと目にしてきました。なぜ、全国的に無名の候補がここまで「躍進」を遂げたのか――だいたいの論者の関心は、その理由と解明に向けられていましたが、総じて結論としては、SNSを通じた発信が特に若い世代に効果的だったということが強調され、石丸氏自身の具体的な公約や政治的主張が共感を呼んだわけではなかったと指摘するものが大半だったという印象です。
 小生も、自分なりにネットで石丸氏についていろいろと調べたこともありましたが、途中でもういいな、という感じがしました。毎日新聞論説委員伊藤智永さんも「むなしくなったのでもうやめた」と書いていましたが、そんな気持ちに近いです。
土記:「石丸現象」の冒険=伊藤智永 | 毎日新聞

 東京都知事選で約165万票を獲得した石丸伸二氏とは何者か。告示後、これは2位に入るかもしれないと調べ始めたが、むなしくなったのでもうやめた。
 公約はあいまいなのに、ネット交流サービス(SNS)や動画サイトで若年層や無党派層の支持を集めるポピュリスト(大衆迎合主義者)。言うなら「民主主義のハッカー」か。ハッカーとは、良いことであれ悪いことであれコンピューターを駆使して常識外れな目的を実現させる者のこと。
 しかし、石丸氏は動画投稿サイト「ユーチューブ」などSNSでせっせと発信し、拡散を呼びかけただけ。高校生でもやっている。
 ボランティアの支援も含め、石丸陣営が仕掛けたというより、テレビよりネットを見る人々の間で、同じ考えや好みを自発的に広げる現象が起きたらしい。
 ……<中略>……
 広島県安芸高田市長時代の訴訟2件で敗訴。対立した市議会の議決を経ずに予算を組むなど「専決処分」を重ねた。「戦う市長」の演出にせよ、問題は中身だ。市長選ポスター代不払い、「道の駅」へのブランド店誘致、保育所と幼稚園の統合計画……。それくらい何とかできなかったのか。あげくに任期途中に辞職では、行政手腕を疑わざるを得ない。
 問うべきは、石丸氏が何者かではなく、石丸氏を偶像に押し上げた165万有権者像の方だ。
 各メディアの出口調査で、18~29歳は石丸氏支持が一番多い。これは分析されている。注目すべきは、30~50代も3位の蓮舫氏より石丸氏支持が多かった。蓮舫氏支持が増えるのは60代以上。
 2・3位の得票を比べると、石丸氏は23特別区で全勝。中央・千代田・港・品川各区で大差を付けた。高層マンションが並ぶ情報感度の高い富裕層居住区である。
 小池百合子氏当選を前提に、石丸氏の実像を承知の上で、既存政党拒否の票を投じたのか。直接民主主義は怖い。

 伊藤さんは「直接民主主義は怖い」という結語でまとめていますが、字数があれば、なぜ「石丸氏の実像を承知の上で……票を投じたのか」、もう少しあれこれ書けるだけの材料を持っていたかも知れません。しかし、この「怖さ」「恐怖」の方は、おそらくそれ以上は書きようがないと思います。この点、一昨日の毎日新聞の朝刊のコラム「24色のペン」を担当した川上晃弘記者は、「素直?」に「分からない」と書いているのが印象的でした。
24色のペン:石丸氏支持の理由は何か=川上晃弘・専門記者(東京社会部) | 毎日新聞

 ……都知事選で石丸氏が躍進した背景について、一部の専門家はエコーチェンバー現象という言葉を使って説明していた。
 エコーチェンバー現象とは、価値観の似た人同士が交流することで特定の意見や思想が増幅していくことを指す。特にインターネットでは一層自分の考えが正しいと思い込みやすいとされる。
 今回の都知事選ではおもに石丸氏を支持する人たちを批判する文脈で使われることが多かった。「(石丸氏が流す)ユーチューブだけで投票先を判断するから駄目なんだ」という趣旨の書き込みも散見された。
 私はそれらを読んで、我が意を得たつもりでいたが、自分自身のことをかえりみるとどうか。
 私が日常的に会話をするのは会社の同僚や学生時代の友人、家族らである。取材相手としては大学教授などの専門家や官僚、政治家らが中心だ。事件取材が長いのでその関係者も多い。
 彼らの政治への考え方はさまざまだ。まったく興味のない人から、いわゆる「左っぽい人」や「右っぽい人」もいる。
 私は幅広い人たちと付き合っていると「自負」しているし、エコーチェンバー現象とは縁がないと思っている。
 ただ、取材対象は社会部記者になってから、ほとんど変わっていないことは事実だ。
 いつも同じような人たちと一緒に過ごすにつれ、その世界の外側にあるものに思いをはせることをしなくなっているのだろうか。
 都知事選を巡ってはJX通信社が詳しい調査を実施している。
 「長い時間を使うメディア」に「テレビ」と回答した人は小池百合子氏の支持者が多く、「新聞」と回答した人は小池氏と蓮舫氏の支持者が多かった。一方、「ユーチューブ」と答えた人は石丸氏の支持者が最多であり、小池氏と蓮舫氏の合計を超えていた。
 大手メディアへの不信は今に始まったことではないが、石丸氏の支持者の間では一層深まっている感じがする。
 メディアの大切な役割の一つは、市井の人たちの声を丁寧に拾い、彼らの声を「代弁」することである。
 とても意義のあることだ。だが、果たして石丸氏に投票した人たちは、自分たちの声を新聞やテレビが「代弁」していると感じていたか。自分たちの悩みや苦しみを大手メディアがすくい上げ、解決に向けて動いてくれると思っていただろうか。
 明確な答えはもちろん分からないけれど、「否」と答える人が多いと思う。
 石丸氏については今も毀誉褒貶(きよほうへん)が激しい。
 彼が配信したユーチューブの映像を見ても、165万人の支持を受けた理由が私には分からなかった。
 ただ、石丸氏の政治家としての資質の有無についてはさほど重要ではないと思う。石丸氏の人気が落ちたとしても、第2、第3の似たような人物が現れるだろう。大切なことは、そうした人物に期待を抱き、将来を託そうとする有権者の思いである。
 今の政治状況をどう見ているのか。どんなことに悩み、苦しみ、何に希望を見いだしているのか――。
 私はあまりにも彼ら彼女らのことを知らない。

 小生も10代、20代の人たちとたまに話していて、よくも悪くも「違和感」を覚えることが多いので、上の記事には「共感」できる部分が多々ありますが、「分からない」「知らない」で留めておくわけにもいかない気がするので、「石丸現象」について、感じたことをあえて2点だけ述べてみます。
 1点目は、反知性主義というか、反言語主義というか、「ことばをもって説明する(説明できなければNG、政治家ならば退場も)」という常識がもはや失われているということかと思います。それは政治家の振るまい、学校やメディアなどの影響と、それらを通じた広い意味の教育(あるいは「調教」)の成果だと思いますが、石丸氏本人がどうのというよりも、その支持者について、ある象徴的なシーンを思い出します。石丸氏に投票したという30歳くらいの女性がテレビのインタビューを受けていた場面です(どこのテレビ局のどの番組だったか、もはやわかりませんが)。彼女は今回初めて投票に行ったと言っていました。「(SNSの石丸氏の発信を見て)この人なら、と思った」と言うのです。テレビ記者が、「(石丸氏の)どういうところがいいと思ったのですか?」と尋ねると、この女性は「えー、だって、(あなたは)いいと思わないですかぁ」と答えたのです。質問した記者がこの答えにどんな表情をしていたのか(顔も映してくれたらよかったのですが)! でも、横にいたもう一人の女性も、彼女の答えに特に違和感はない様子でしたから、そういうものなのでしょう。分からないから教えて(説明して)と問われて、同調を求めているというか、「分かるでしょ(分かれよ!)」と返すのは、ちょっと驚きです。〇〇道の世界か何かならあり得るのかも知れませんが、通常これでは会話が成立しないでしょう。彼女を有権者の典型とするわけにはいきませんが、多くの有権者からすると、政治家ももはや「ことばによって他者を説得する」人とはみなされていないかも知れません。
 2点目は、これは今に始まったことではないと思いますが、新聞記者のクラーク・ケントがスーパーマンに変身するように(ちょっと古すぎです 笑)、あるいは、普通の女の子のような猪熊柔がひとたび柔道をすると、どんな豪傑も軽く投げ飛ばしてしまうような(これも30年前で、古い話ばかりですみません)、漫画と現実が重なり合うような世界で、今で言うなら、一見どこにでもいそうな青年の藤井聡太さんに将棋界では誰も歯が立たないとか(この前一冠失いましたが)、要するに、人は見かけによらないというか、政治家然とした風情が全くない石丸氏が、実は前に広島の安芸高田市の市長を務めていたことがあり、強面の議員らを面前で「恥を知れ!」と罵倒したという、このギャップ、「変身」ぶりがウケるということなのでしょう。「自分だって…」という個々人の「変身願望」を仮託できる人として、若い世代が石丸氏に注目したということではないかと思います。
 しかし、表象と本質などという堅い話を持ち出すまでもなく、本質と表象(実像)が見合わなければハシゴは外されますし、創り上げられた「神話」は崩壊するのが常です。ある動画で石丸氏は次の都知事選で自分は(最)有力候補だと自負していましたが、それまでこの「神話」がもつのかどうか。
 それよりも「石丸現象」などと石丸氏に耳目が集まるのをいいことに、自分にライトが当たらないようにしている人についても、新聞やテレビで是非記事にしてほしいと思います。訴訟に疑惑に、話題はてんこ盛りのはずです。



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