ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「ホロコースト」と「国防」

 この夏からお目見えした新刊雑誌『地平』の最新号に、日本で暮らすイスラエルの退役軍人ダニー・ネフセタイさんのインタビュー記事があります。表題は、「なぜイスラエルは戦争をやめないのか」ですが、現状では「戦争」というよりは「虐殺」ですし、もし立場が逆であれば、ユダヤ人にとっては「ホロコースト」という名の「悪夢」でしょう。今日はこの記事の一部を紹介します。
 まず、「なぜ、イスラエルは戦争をやめようとしないのか、なぜ、対話や交渉に背を向けるのでしょうか」と問われたダニーさんは、2つの理由を挙げています。

 一番単純な理由は、いま、イスラエル国内ではネタニヤフ首相の汚職をめぐる裁判が途中であるということです。この裁判は2021年4月に始まり、ネタニヤフは失職する可能性もありましたが、この戦争が起きたことによって、その動きはすべてストップしている。このことはあまり表立って語られませんが、戦争の背景にはこの動機があると思います。
 そして失われた軍への信頼をとりもどす、という理由もあります。昨年の10月7日という日は、イスラエル人全体が共有していた今までの安全神話が崩れた日です。イスラエル人はこの日までは、イスラエルの軍隊は何があっても自分たちを守ってくれる存在だと信じていましたが、少しずつ軍隊は国民を守り切れない、と思ってきました。イスラエルは徴兵制ですから、私も周囲の皆も軍隊にいたし、みんな必至に訓練もして、人によっては実戦も経験しています。テロも戦争もあるにはあるけど、国内は安全、軍隊が守ってくれるから、という安心感がずっとあったのです。
 でも、10月7日、一日で一般市民800人、軍人400人の1200人が殺された。私たちを守るはずの軍隊はどこに行ったの? これはすごくショックでした。日本人には想像できないぐらいのショックです。
 だからこそ、イスラエルは何としても軍隊の信頼を回復することが必要になったんです。……

 むかしイスラエルは(今の)日本とちがって「軍人」(国防大臣経験者など)でないと首相になれないような国だと知りました。それはそうかも知れません。周り中「敵」に囲まれているのだから、国民からすると実戦を知らないような「文民」に命を預けられないということでしょう。こう言っては大袈裟ですが、「平和」な国からすると、四六時中戦争の備えを怠れない国、戦時体制が常態化している国だと言ってもいいかも知れません。そういう国で軍や兵士が国民からどう見られているのか、信頼というか依存というか(願望というか)、日本の片田舎に暮らす人間にも少しは想像できます。それにしても、「10月7日のショック(怒り)」を起点にして、一方的な攻撃(虐殺)を続ける様は、9.11のアメリカと同じです。被害者意識こそが攻撃性の根幹なのだと改めて思います。

 国際社会からの批判に対するイスラエル国内の受け止め方については、こう述べています。

 イスラエルの人びとも、もちろん一般市民や子どもを殺したいとは思っていません。でも、国家を守るためには仕方がないと思っている。これはやはりホロコーストを引きずっているのですね。自分たちにはこの狭い国しかないのだから、国は守らないといけない。そうしなければまた第二のホロコーストが起きてしまうという教訓の中で、イスラエルの人々はずっと生きています。そうしないと、ユダヤ人はまた大変な思いをすることになる、と。私も、6歳からずっとそれを勉強してきました。
 イスラエルでは毎年、ホロコースト・デーというものが、国際ホロコースト・デーとは別にあります。その日の前の一週間、学校ではホロコーストについて学びます。私たちは世界一の被害者だった、二度とそういうことを許さないように、二度と殺されないように、場合によっては相手を攻撃するしかないと勉強するんです。
 今回の10月7日は、イスラエル国内では「第二ホロコースト」と呼ばれています。これはイスラエル人1200人が殺された、あの日のことを指しているんです。10月7日にハマスからの攻撃を受けた後、イスラエルパレスチナガザ地区で4万人以上の人を殺しました。まだ瓦礫の下にいる人も含めれば、おそらく5万人を超えているでしょう。でもこれは、イスラエル人から見るとホロコーストではない。これは、国を守ることであり、自分たちの権利だということになる。1200人が殺されたのはホロコースト、5万人を殺すのは国防だ、と。
……イスラエルの中にいるイスラエル人は、今回の一連のできごとについて、世界中が「犠牲者はイスラエルだ」と思っていると思い込んでいます。犠牲者は私たちだ、まだ人質だっているじゃないか、と。でも、パレスチナ人の人質は1万人以上いますよ。

 この戦争(虐殺)がどういうかたちで「終わる」にせよ、憎しみの連鎖がとまるようには思えません。彼は続けてこう話します。

 100人の敵の一人を殺害したら、残り99人になるわけではない。殺された人の親、親戚、友達……、みな憎しみを持ち、いつか復讐しようと思う。敵の数は減るどころか増えていく。でもイスラエルは、こうしたことをもう何十年も続けています。その結果として今があるのに、それが見えなくなっている。
 ハマスの今回の攻撃が小さく見えるような、もっとひどい事態だって、このままでは起きかねない。数万人のユダヤ人が殺害される事態だってありえます。
 5年前、私がある大学で講演をしたときに、そこに平和活動をしているパレスチナ人の方が二人いたんです。たくさんの話をしました。彼は、今のヨルダン川西岸の若者には、まったく希望が見えていないと言いました。生きていても自由はない、夢は絶対実現しないと思っている。それならイスラエル人を5人殺して自分も死んだ方がマシだと考える若者がたくさんいる。だから、ヨルダン川西岸で大規模なテロが起きるのは時間の問題だ、と。ガザ地区ユダヤ人はいませんが、ヨルダン川西岸には、220万人のパレスチナ人の間に60万人が入植しているんです。
 こうしたことは、実は多くのイスラエル人も理解はしています。けれどもやはり、軍部がどうにかしてくれると信じている。……

                      (『地平』12月号 54-59頁)

 先週オランダでイスラエルのサッカーチームのサポーターが襲撃される事件がありました。危惧される事態の「徴候」は見えます。こうした事態の連鎖は何としても避けなければなりません。巻き添えにされることも含め、この国に生きている人にとっても、決して遠い国の、縁遠い話ではないと思います。
オランダでユダヤ人サポーター襲撃、イスラエルが救助機派遣|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト




社会・経済ランキング
にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村