兵庫県議会による不信任決議で失職した斎藤元彦前知事が再選されて二日がたち、いろいろとweb上に上がっている記事を眺めて考えてみましたが、よく理解できないというのが正直な気持ちです。他県のことで事情のわからない点が多々あるとはいえ、公益通報制度を無視して、県の窓口に相談した通報者を保護することなく、また、第三者による調査もせずに、「自ら(知事ら)を誹謗中傷した」として懲戒処分にしたことは、本人は認めていませんが、専門家をはじめ多くの人がその違法性を断じています。この一点だけでも重大事だと思うのですが、前知事に投票した人々はこれをどう考えているのか、数々の「おねだり」など、さもしい行為は脇に置くとしても、他の疑惑を含め、そうそう看過してよい話ではないのでは、という疑念が残ります。
先月webで「なぜあなたは斎藤元彦・兵庫県知事を支持するのか?」という以下の松元創氏の記事を見たとき、中にはそういう人がいるかも知らんけど、さすがに再選は無理だろうと思っていましたが、これは大きな見込み違いでした。
「なぜあなたは斎藤元彦・兵庫県知事を支持するのか?」失職した斎藤氏を応援する人に聞いた 「マスコミは信じない。一次情報のXを信じる」と語る支持者も(1/5) | JBpress (ジェイビープレス)
ドイツの政治学者カール・シュミットに言わせれば、民主主義とは喝采です。これは古くは衆愚政治、近年ではポピュリズムとして批判されることが多いのですが、大衆化した政治には避けられない側面(ないし現れ)でしょう。二週間前の米国の大統領選に続いて、またしても、この言葉を思い起こすことになるとは、思いもしませんでしたが、小生にはよくわからなくとも、有権者の投票行動にはそれなりの理由はあるでしょう。何と言っても、今回の兵庫県の知事選は、前回、斎藤氏が初当選した3年前の選挙よりも投票率は14.55ポイントも上がり55.65%で、斎藤氏の得票は前回より25万票も多くなっています。前回、前々回と投票率は41%前後ですから、今回の伸びは今まで投票に足を運ばなかった人が投票に出かけたこと、しかもその多くが斎藤氏に投票したしたことを想像させます(斎藤氏の得票率は45.21%で前回46.90%とほぼ横ばいということですが)。
斎藤氏に投票した人はどういうことを考えたのか(あるいは感じたのか)。昨晩のTBS、NEWS23の内容だと思いますが、こんな風に有権者の声が紹介されています。
県民に聞く…斎藤氏に投票した理由は?再選を果たした斎藤前兵庫県知事の明暗を分けたSNS支持 取材した鈴木エイト氏が感じた“違和感”とは【news23】 | TBS NEWS DIG (2ページ)
兵庫県民(50代)
「この人えらいパワハラする人やな、こんな人アカンで、というのが最初の印象です。ただ、時間が経つにつれて『そうか?』と心が動きました」
兵庫県民(60代)
「僕もはじめは、『なんてひどい人だ』と思ってました。でもその後、情報が出てきて実はこれが真実だったのかなと思いました」
兵庫県民(40代)
「斎藤さんがはめられたっぽかったので。決定打は立花さんが出てきたっていうところ」
兵庫県民(30代)
「TikTokやショート動画、あとYouTubeも、立花さんのやつとかも面白かったです。勝手に見せられる回数が増えるにつれ、気持ちが強くなっていくのは、人間の性じゃないかな」
兵庫県民(50代)
「正しいものだという前提の中でテレビで見てたと思うんですよ。それがYouTubeとかの媒体によって『そういうことあり得るの?』から始まって、それが本当に真実に近いと、嘘だったというような判断を皆さんがしたから、あのような大演説になったり、群衆になったと思います」
この選挙を取材した鈴木エイト氏は、立候補したのに自分には入れずに斎藤氏に投票するようにと主張する立花孝志が選挙に参入してから様相が変わってきたと言っています。
藤森祥平キャスター:
斎藤前知事の選挙戦を振り返ります。失職直後は誰も足を止めず、斎藤さんもお辞儀を繰り返すだけでした。選挙中盤では徐々に人が集まりだしました。そして選挙終盤になると、歩道を埋め尽くすような人だかりになりました。
この知事選を取材したMBSの海老桂介記者は「立花氏が立候補表明した10月24日以降、SNS上でムードが加速した」と話しています。
小川彩佳キャスター:
エイトさんは、実際にこの兵庫知事選の最終盤を現地で取材されたそうですが、どのような状況でしたか?
ジャーナリスト 鈴木エイトさん:
現地の様子を確認しに行きましたが、演説を聴いている人からは「自分で調べたら分かった」「斎藤さんを誤解していた」という方がかなりいらっしゃいました。
今回の選挙は、これまでの選挙とは違う何とも言えない違和感を抱きました。本人がいないときから現地はかなり盛り上がっていました。スタッフの人や立花氏が盛り上げていたりして、みんなで盛り上げて、悲劇のヒーローを応援してるような感じがありました。
しかし、斎藤さんは淡々と話すだけで、「これは一体何なんだろう」って違和感がずっと付きまとっていました。
斎藤氏の陣営がどこまでを想定していたかはわかりませんが、やはり立花氏が入ったことで、想定を超えたことが起きてしまったんじゃないかと思います。しかしこれは、本来の選挙の形ではないと思います。これには、非常に危うさを感じていて、決して成功体験と呼ぶべきではないと思います。
小川彩佳キャスター:
「危うさ」というのはどういうことなのでしょうか?
鈴木エイトさん:
投開票日の後もそうでしたが、非常にメディアに対して憎悪を向けるような声が上がっていました。「斎藤氏を追い込んだメディア・県議会に対して、何をしてもいい」という感じの憎悪を呼んでしまってるところがあったと思います。
<中略>
……今回のテレビとSNSの対立であるとか、「SNSがオールドメディアのテレビに勝った」というような指摘をしてる人も多いですが、私はそういうことではないと思います。
斎藤氏自身も、不信任決議後に多くの複数のテレビ局に出演して持論を展開するなど、既存メディアを最大限利用していました。元々知名度はそういう点では斎藤さんが高かったのですが、そのマイナスのイメージが高かったところをSNSによってプラスに変えた。SNSを手段として使いました。あくまで、SNSは手段でしかないんです。
小川彩佳キャスター:
手段というところで言いますと、SNSによって選挙への関心が高まったというところもあると思います。私達は今後SNSに、どう向き合ってどう情報に接していけばいいんでしょうか?
鈴木エイトさん:
やはり今回顕著になったのが、SNS上にデマや虚偽があったことが問題だと思います。どこまでSNSの効果があったのか、これは短絡的にSNSの勝利だと決め付けてしまわない方がいいと思います。やはり、しっかりとした分析が必要だと思います。
斎藤氏は、今回の選挙は「メディアリテラシーが問われた選挙だ」ともおっしゃっていました。けれども、逆にこれは「有権者のリテラシーが問われた選挙」だと思うんですよね。見る側が、情報を見極められるリテラシーとファクトチェックをするメディアの役割、ここが大事になってきます。
エイト氏が最後に語った「有権者のリテラシー」という言葉は非常に重いと思います。たとえはよくありませんが、プロ野球のオールスターゲームのファン投票も、まだ野球を覚えたての人(たとえば子ども)の1票も、ファン歴50年、「玄人」好みのプレーを愛する老人の1票も全く同等の1票です。こう言うと不愉快に思う人がいるでしょうが、票決では素人も玄人も一緒に混ぜこぜになるわけで、まだ実績が足りない人気先行の選手や特定人気球団の選手ばかりが(組織票で)1位になって、夢の球宴に出場してしまうケースが度々あります。客寄せとしてはそれでいいとしても、プロ選手としてのさすがの技能を期待するファンにとっては、そういう実力派が票数で劣って出場が叶わないのは何とも惜しいわけで、なるべくそうならないように監督推薦枠がしっかり設けられているのでしょう。野球を覚えたての子どもは、いいプレーを重ねて見ることで、選手を見る眼を養える(養わないといけない)と思いますが、さらにつけ加えるならば、ファンに眼力がつかないと、いい選手が育たないとも言えるでしょう。
選挙も同じではないかと思います。政治家と有権者の関係も、選手とファンの関係と同様、相互的です。しかしながら、テレビや新聞よりもSNSに効果があるからと(ウソも真実も混ぜこぜにした怪情報を流すことが)、これからの選挙では勝敗のポイントになるといった類いの発言や報道を目にすると、それに与することが政治家(と倫理)のレベルをますます下げ、その分有権者にも不利益をもたらす、負のスパイラルになっていくことを危惧します。……と、「喝采」を斜めに見ながら、二日たってもなおぼやきが続く老人です。