ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「国葬」の記憶

 吉田茂元首相の国葬が行われた1967年10月31日の記憶は、小生にはありません。父親が生きていたら、何か覚えていたかも知れませんが、テレビは天気予報とプロ野球くらいしか見なかった人だし、そもそもこの頃、家にはまだテレビがなかったような気もします。
 しかし、毎日新聞論説委員で、報道番組でもおなじみの与良正男さんには、このときの記憶があるそうです。当時小学4年生だったという与良さんはこう回想しています。
 毎日新聞7月27日付記事の引用です。

熱血!与良政談:「吉田氏・国葬」の記憶=与良正男 | 毎日新聞

……威張るような話ではない。それは、テレビではいつも見ていた歌番組などが休止され、吉田氏をしのぶ特別番組と荘厳なクラシック音楽を流す番組ばかりだった――という記憶なのである。
 子供だから吉田氏に関する知識はなかった。だが「大半の番組が変わるほど偉い人だったんだ」と感じたのはよく覚えている。
 安倍晋三元首相の国葬閣議決定されたのを機に、当時のテレビ番組表を調べてみた。ごく一部、時代劇やアニメなども通常通り放映されていて、逆に驚いたくらいだが、ほぼ記憶の通りだった。
 神奈川県大磯町の自宅から吉田氏の遺骨が運ばれる実況に始まり、日本武道館(東京都千代田区)での国葬中継のほか、特番や追悼演奏会が深夜まで続いていた。
 テレビ各局は「葬儀の前後、国葬にふさわしくないと思われるドラマ、歌謡ショー、CMなどはやめることを決めた」とも事前に新聞で報じられていた。

 安倍氏国葬の時にはどうなるだろう。松野博一官房長官は「国民一般に喪に服することを求めるものではない」と言う。そもそも国葬に関する法律はない。国民の間にも反対論があることにも配慮するのは当然だろう。
同時にその姿勢が問われるのは私たちマスコミの報道である。
 安倍氏が凶弾に倒れた衝撃は確かに大きい。このためテレビや新聞は吉田氏の時以上に過剰な礼賛報道をしないだろうか。果たして安倍政治の功罪を冷静に振り返ることができるだろうか。不安は募る一方だ。……

 松野官房長官は、上にあるとおり、国民一般に服喪は求めない、としていますが、「(行政)命令」など出さなくとも、勝手な(自主的な)判断で動く首長や組織はあります。先週末、デモクラシータイムスで齋藤貴男さんが話していたとおり、北海道の帯広市教育委員会が、早くも事件のあった4日後の今月12日に、市内の全小中学校に弔意を示すため国旗の半旗掲揚を要請していたことがわかりました。
安倍氏葬儀の日に半旗掲揚要請 北海道・帯広市教委、全小中学校に | 毎日新聞

 「国葬」をするとなれば、服喪を求めるという話になるのは「必然」というか、「論理」的にはそうなるでしょう。「服喪を求めない」と言うのだったら、政府は、こういうことはナシ、ダメだと指導しなければならないのですが、おそらく、個々の自主的な判断まで制約を課すものではない、とか、自発的な判断それ自体は尊重されなければならない、とか、都合のいいことを言って、そのままにするでしょう。黙祷を求められる小中学生は「国民一般」ではないのか? そもそも、この「国葬」は「国民一般」に何を求めて行うものなのか?

 法令や論理に基づかない服喪の強制があるとすれば、それは「空気」による統治とでも呼んでおきますが、これが問題なのは、どういう根拠に基づいて誰が判断した施策なのかが問えなくなることだと思います。これでは無責任をさらに体系化するだけです。「……最悪の事態になった場合、私は責任をとればいいというものではありません」とは、2年前の2020年4月7日、コロナ感染の拡大する中、記者会見で、故安倍氏が述べたことばでしたが、これは象徴的です。

 上にあるように、「国葬」が行われた吉田元首相に対し、当時小学生だった与良さんは、大半のテレビ番組が変わるほど「偉い人」だったんだと、感じたとのことです。安倍氏の「国葬」が行われれば、2022年の多くの子どもたちもそう思うでしょうし、国民一般も同じように感じ、それが記憶となっていくでしょう。カルト教団マインド・コントロールほど強固ではないかもしれませんが、「偉人」という「呪縛」は、一度施されたらすぐには解けません。今後、安倍氏の疑惑を解明したりその責任を問うような事態が生じても、「偉人」の責任を問うべきではないという「橋頭堡」になるかもしれません。それは、安倍氏の周辺で調子を合わせていた取り巻きにとっても矛先を向けられないことを意味します。「国葬」による「安倍神格化」は、彼らが逃げ切るための防波堤、ないし時間稼ぎの手段になるかも知れません。
 しかし、こうした疑惑の解明や責任追及が、もし、むごたらしい時代状況になった反動としての怨恨(ルサンチマン)のエネルギーによってしかなされないものだとしたら……。そんな時代が来るのを覚悟しなければならないのか、という不安もあります。そんな時代状況になる前に(そうならないために)、できうることをと思います。





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