ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

是枝監督の祝辞のこと

 昨日河瀬直美氏が東大の入学式で話した祝辞のことを書いたのですが、同じく映画監督の是枝裕和氏が4月1日・2日の早稲田大学の入学式で、文化構想学部・文学部の新入生に向けた祝辞が大学のHPに掲載されていて、読んでみたのですが、実にいい話でした。最後の部分もよいのですが、小生には、高校の時に是枝さんの担任だったという遠藤先生がらみの話が印象深かったです。引用をお許しください。

https://www.waseda.jp/top/assets/uploads/2022/04/2204_speech_koreeda.pdf
2022年度入学式を執り行いました – 早稲田大学

高校の時に担任だった国語の遠藤先生という方がいまして。遠藤誠司さん。
まあ、つまらなくて授業が。ご自身も自覚があったらしく、僕の授業より面白いと思うことがあったら、そちらを優先していただいてかまいません。と言われました。プライドは無いのか、と思って。わざと、授業中に太宰治の小説とかこれ見よがしに読んだりしました。
おかげさまで将来の夢は小説家になどと思うようになったのですから、これは遠藤先生の授業がつまらなかったおかげです。皮肉ではないです。
個人面談の時に、私の授業はつまらないですか?と聞かれて、はい、つまらないです、と、言いました。失礼な高校生ですね。こう言う態度は、あんまりお勧めはしません。で、どこがつまらないですか?と聞かれて、先生は自分の意見を言いませんね。何を生徒が答えても、そう言う考え方もありますね、と。何故自分はこう思うと話さないのですか?そう聞いたら、自分の考えを押しつけたくないんです、と。逃げだ、それは、と、当時の自分は思いました。
ただ、まあ、自分が映画を作ったり文章を書いたりするようになってみると、作品というのは無限な解釈に開かれている。優れていればいるほどそうだ。と言うことに気がつきまして、で、卒業して、10 年後くらいでしょうか。遠藤先生に手紙を書きました。僕が間違ってました、と。返信が来まして、そこに短く僕の作ったテレビドキュメンタリーの感想と、今、中里介山の研究をしていますなどという近況が記されていて、そこからしばらくそんな文通が始まりまして、今では遠藤先生が、私の理想の先生像です。……

 小生がまだ教員になって3,4年くらいのときでしたか、担任をしていたクラスの生徒と面談をしていたら、ある生徒が、数学の某先生の授業は受けていても意味がないと吐き捨てるように言いました。この生徒によれば、この先生は教え方が下手で、自分で教科書を見ながら進んだ方が早いということでした。まだ新採1年目の先生だから大目に見て欲しい……とは思ったものの、そうは言えないので、「まあまあそう言わずに、あらゆるものを吸収してやろうと、そういう気持ちでやってくれないかなあ」などと言ってみたのですが、本人は全く承服できない様子でした。もし、是枝さんが生徒だったら、「逃げだ、それは!」「そんな社会に順応しろ、器用にやれみたいな話でいいのか!」と痛罵されかねません。
 でも、担当は替えられませんし、態度が悪いとか、失礼なことを言うな、などという話になったら、たぶんこの生徒の気持ちはますます離れたでしょう。だから、面と向かって「先生の授業はつまらない」と言われた遠藤先生も、「どこがつまらないですか?」と返したのは、立派だったというか、むしろこれしか返しようがなかったかも知れません。でも、是枝さんがもっと立派だったのは、卒業後に「僕が間違ってました」と先生に手紙を書いたことです。それで10年たって遠藤先生と心の通う話ができたし、実は遠藤先生もその間是枝さんの作品を見ていた、これがすばらしいと思います。

 最後に、是枝さんの早稲田の新入生へのことばを引かせてください。

教員として早稲田の学生と話していて一番感じるのは、世の中にあまり不満がないということです。先生は何故いつもそんなに怒ってるのですか?と何度か聞かれたことがあります。あえて挑発的に言いますが、あなたに不満や怒りがもし無いのだとしたら…それはあなたたちがとても恵まれているからです。いかに恵まれているか、を自覚して下さい。そして、恵まれていない人があなたの周囲に存在していることに是非気付いてください。そして、自らが、誰かの、世界の不幸や不平等に加担していないか?
そのことを自らに問うて下さい。そうしたら、見えないものがあなたの周りに見えてくるかも知れない。あなたのようには恵まれない人たちの存在が見えた時に、それでも不満も怒りも感じずに生きられるかどうか。恵まれている。それは確かにあなたが勝ち取った権利かもしれない。しかしそれは、私たち大人が出した問いに、上手に答えられたに過ぎないと、明日からは考えて、問いを出した私たちを否定しなさい。私たちの脅威になりなさい。
決して、今の社会に順応するだけの、器用さを手に入れるだけのために人と会ったり本を読んだり、この大学に通わないでほしい。
あなた方のエネルギーだけが、この世界を変えることが出来るのだから。
私たち大人の敵になることが、世界を半歩先へ更新していく原動力になるはずです。良い敵になって下さい。
みなさん、ご入学おめでとう。





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