ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

服部倫卓さんの解説

 ジャーナリストの神保哲生さんのインタビューズ(2022年3月26日付)を見ました。この企画、ゲストの「チョイス」が素晴らしく、小生にとって、ウクライナとロシアの問題を考える上での貴重な情報源です。今回のゲストの服部倫卓(みちたか)さん(ロシアNIS経済研究所所長)の話も実によかったです。経済制裁によってロシア経済と人々の生活がどう変わり、それがプーチン政権にどんな「効果」をもたらすのか。軍事的な話も大事ですが、こちらも是非知りたかった話です。以下に概要を起こしてみます。

服部倫卓×神保哲生:ウクライナへの軍事侵攻でロシア経済は破綻の淵に追いやられる - YouTube

対ロシア経済制裁の効果
 服部一言で言うと、制裁は非常に本格的で網羅的で、その効果は極めて大きいと思います。それによってプーチンが行動を変えるかどうかは全く別問題ですけれども、欧米と日本はできることはすべてやっていて、ロシア経済にダメージを与えるという意味ではすでに効力を発揮していると思います。それは、スウィフト制裁のような前代未聞の制裁措置が打ち出されて、中央銀行の金外貨準備の凍結までされる、おそらくロシア側はこれほどの制裁は予想していなかったでしょう。しかし、個々の制裁措置が、というよりも、それを受けて欧米日の企業が「この国はダメなんだ」「ロシアとのビジネスはNGになった」と考え、ヨーロッパの天然ガスの輸入とか、すぐには切れないものは当面続けるにしても、それ以外の一般的な貿易、現地生産とかも含めると、もう全くビジネスとしては成立しないという結論を下して、みなさん、見切りをつけて、続々と店じまいをしているという現状です。
 神保これはとりあえず「和平」が成立して、ある程度「雪解け」になったら、また戻ってくるというような甘い話ではないということですか?
 服部「和平」の中身にもよりますが、単に「撃ち方、止め」というだけでは、おそらく制裁は撤回されないと思います。少なくともロシア軍は今の「占領」地域から去らなければならないし、ロシアはドンバスの二つの地域(「人民共和国」)の国家承認をしてしまいましたが、その「見直し」も求められるでしょう。クリミアもそうです。一時期ロシアが兵を引いたとしても、結局、ウクライナ「冬の陣」で外堀を埋めさせて、またいつ「夏の陣」で攻めてくるかわからないわけですよね。だから、おそらく欧米としては、もうプーチン体制を打倒するというレジーム・チェンジがない限り、おそらく制裁は続けられるだろうと思います。1ヶ月くらいでプーチン体制が倒れるようなことがあれば、日系企業もまた戻ってビジネス再開ということになるかもしれませんが、半年、一年と長引いていって、その間ロシアの経済もどんどん悪くなっていくと、ロシア国民の購買力もますます低下していくことになりますから、そうなると、(ロシアは)そんなに固執しなければならない市場ではないぞということになります、日本の大企業のようなところにとっては…。しかも、単に占領地から兵を引いたくらいでビジネスを再開するようなことを、もし日本企業がしたら、それによって「風評被害」のようなことも受けますよね。
 神保今回も、一部で、ユニクロが撤退が遅かったというだけで、かなり叩かれたと聞いてますが…。
 服部そうですね。株を売られかねない、ボイコットを浴びかねないということがありますから、日本の企業イメージ、ブランド・イメージを大切にするとしたら、日本の大企業にとっては、もうビジネスは終いにするという結論になりますね。

ロシア経済の今後
 神保私も何度かロシアに行く機会があって、日本企業だけでなく外資も入っている状況を見てきたんですが、たとえば、マックがあり、スタバがあり、ユニクロがありという光景を目の当たりにしてきました。そういうのが今すべて撤退するということになって、これ、現在の状況では一時的なことではないでしょうが、ロシア経済の今後の見通しについてはどう考えていらっしゃるのか。もちろん、停戦、和平ということになれば状況は変わるかもしれませんから予想は難しいし、戦争というのはやっかいで、一旦始まると、とにかく有利な状況で和平交渉をしたいという理由でがんばってしまうから、結局長い戦争になってしまうというケースが多いのですが、今後のことをどう見ていらしゃいますか。
 服部債務の返済と利払いができなくてデフォルトを起こすんじゃないかと不安視されていましたが、当面の支払いは行われていますね。

<ロシアのドル建て国債支払い期限>
3月16日  1億1,720万ドル(約140億円) 利払い
3月21日    6,532万ドル(約 79億円) 利払い
3月28日  1億 200万ドル(約122億円) 利払い
3月31日  4億4,700万ドル(約536億円) 利払い
4月 4日  20億    ドル(約2,400億円)満期償還

(出典:時事通信・ロイターなど)

 神保…どの段階かで、ロシアが言ってるようなルーブルで支払うということが行われれば、これは契約条件の一方的な変更ということになって、格付け会社としては、そこでデフォルト扱いになると、すでに発表しているとおりなんですが、服部さんのお話では、当面これくらいはドルで払える見込だということなんでしょうか?
 服部そもそもロシアは世界でもまれなくらい財政債務が少ない国で、日本とは真逆ですね。日本のリフレ政策みたいな破廉恥なことはしてませんし、これはいいのか悪いのかわかりませんが、コロナになっても国民に給付金はほとんど配らないドケチ政府で、ずっと健全財政を保ってきた国で、債務負担がとても少ないんですね。そういう国が、どうして今デフォルトの危機にあると言われているかというと、お話のとおり、欧米日によってロシア中央銀行の外貨準備が凍結されてしまったと。半分以上凍結されてしまって、残ったのは現物の金と中国の人民元くらいだと。ですから中央銀行の手元にドルがないのでドル建て債務が払えないということなんですね。ロシア財務省は、債務の支払いの分だけでも中央銀行の資産凍結を解除してくれないかという働きかけをしていました。ただ、欧米日としては、ロシアを追い詰めるのが目的なんで、それには応じないでしょうね。そうなると、自前で調達することになるわけで、これまで払ったのは、額がわずかで、いざとなったらプーチンのポケット・マネーでも払えるくらいのレベルなんで(笑)、それくらいは金庫にあるでしょうという額なんですけど、ロシア政府は今回の制裁を受けて、企業が輸出で得た外貨収入の80%を強制的に「売却」、つまりルーブルと交換させるという政策を打ち出しました。これによって、私的な試算では、制裁によって輸出自体が減っていくのは確かですが、かりに半減したとしても、月100億ドルくらいは金融当局のもとに入ってくるのではないかと思います。それが先細って行くにしても、数十億ドルくらいの入手は可能で、それをつかっていけば何とか払っていけるだけの余力はあるんじゃないかと思います。ロシアがルーブルで払うというのは、そういうことがないようにと、駆け引きで言っていた面があると思うので、本当にロシアが干上がりつつあるかどうかは、もうちょっと慎重に見なければいけないと思っています。先細っていって中国がどう出てくるか、たとえば、ロシアが売れなくなった石油やガスをどれくらい引き受けるかとか、インドが報道されているようにディスカウント価格でも石油を受け入れるかどうかとか、日米欧以外の新興大国ですね、そういった国々の出方にも左右されるでしょうね。

プーチン政権の今後
 神保プーチンは「独裁者」と言われますが、クーデターを起こして政権をとったわけではありません。ロシアの選挙が民主的かどうかという問題はありますが、プーチンにやらせておけば自分たちの利益は守られるという、オルガリヒ、財閥勢力は、プーチンではもう我々既得権益者の利益が守られないと考えて、見切りを付けて自分たちの中から別の人間を立てるという、そんな政治的な動きはあるんでしょうか?
 服部今のお話にあった、オリガルヒが自分たちの利益を守るために暗躍するという構図は、プーチンの前のエリツィン時代にあったことです。実際、銀行家たちが集って、エリツィンを支えるためにこうしましょという合意のもとに国の方向性が決まっていた時代は確かにありました。しかし、プーチンは自分が政権について何を最初にやったかというと、その体制に終止符を打って、完全に政治が上であると。財閥、オリガルヒというのは私の権力に従順である限り存在を許そうと、主従関係を明確にしたわけです。今もその構図は変わっていません。ロシアのオリガルヒたちは、もちろん制裁で資産を失うことも怖いのですが、プーチンにたてつくことによって自分たちの資産を奪われたり差し押さえられたりすることを非常に恐れています。そうはいっても、さすがに今回の無謀極まりない侵略政策に対しては疑問の声を挙げる人たちも出てきました。一番注目されたのはポターニンというノリリスク・ニッケルの社長です。ノリリスクは世界のニッケルとかパラジウムとかという重要物質を握っている会社なんですけど、彼はプーチンに対してかつてなく厳しい苦言を呈しています。ロシア国外にいて厳重に守られて安全な状況があるから、そういうことを言えたと思いますが。一般の国民はどうしても国営放送のプロパガンダにさらされて、自分たちで状況を判断できないので、あるとすれば、エリートの反乱かなと。それは起きる可能性が高いというのではなくて、あるとすれば、それしかないかな、という意味です。



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