「捏造」問題で話題になっているNHKのBS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」(2021年12月26日放送)を見ました。問題の箇所(part2. 20分頃)だけ見るつもりでしたが、冒頭に五輪反対のデモのシーンが出てきて、おっ?と思ったり、河瀬さんの「五輪を招致したのは私たち…みんな喜んだ」発言もあったりして、これは通して見た方がよいような気になりました。
BS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」part1 20211226 - 動画 Dailymotion
BS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」part2 20211226 - 動画 Dailymotion
この問題が明らかになり、しばらくしてから河瀬さんは「私は被取材者の1人ですので、事前に内容を把握することは不可能です」とコメントしていました。だから、見る前は、このドキュメンタリーは河瀬さんがオリンピックの記録映画に取り組む日々を、多少のコメントを入れながら、淡々と追跡するような内容だと思っていました。しかし、実際に見た印象を言うと、そんなこともなくて、河瀬さん自身が東京五輪とその記録に抱く思い(思い入れ)を述べる場面が散見されますし、加えて、自身の制作観というか、コンセプトというか、映像哲学のような話もかなり披露されています。
NHKに自身のドキュメンタリーを編集させた、というのは言い過ぎかもしれませんが、河瀬さんらの記録班にだいたいNHKが帯同しているところから考えると、最初からこうした番組(映像)をつくることを想定していたと思わされます。ホテルの部屋なども含めて、NHKだからどこでも出入り自由ということはないでしょうから。しかも、河瀬さんに向けられた質問にしろ、構図にしろ、ご自身がどう映り、それを見た視聴者がどういう印象をもつのかは、映画監督の河瀬さんには十分想像がつく話だと思います。
つまり、河瀬さんは一方的に映されているとは言えないのではないか、立場上、事前に内容を把握することが不可能だとコメントするほどに「不可能」だとは思えないのです。タイトルの冠に自分の個人名を被せているのですから「見せてください」と言えないこともないでしょう。これで一般の「被取材者」と同じようにふるまうのは無理があるように思います。
さて、それはおくとして、問題になっている例の男性のインタヴューの箇所です。男性にインタヴューをしているのは、河瀬さんが撮影のお手伝いを依頼した同業の島田角栄さんで、河瀬さんとは20年来の付き合いのある方だそうです。河瀬さんは、島田さんが「オリンピックとの親和性がありえないような対象に声をかけてオリンピックのことを語ってもらえる」「私にはできない」「(島田さんが)撮ってきたものがどうなるかわからないけれども、すごいものが撮れる可能性がある」と語っています。当の島田さんも「はみ出し者から見たオリンピック、アウトローから見たオリンピックというか、……ど正面じゃなくて、いろんな角度から見たいっていうのが、本当の僕のスタイルです」と話しています。
…で、オリンピックに反対の人の声が紹介され、続いて例の「五輪反対デモに参加しているという男性」というテロップの問題の場面に切り替わります。「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」という字幕が男性の話に符合しておらず、捏造ではないかと言われているシーンです。しかし、実は、そもそもこのシーン自体が「やらせ」だったのではないかという指摘があります。
Twitterに上げられた映像のコマを見ると、指摘にあるとおり、男性がもっている缶ビール(キリンの新一番搾り!)は口が開いていません。ベンチに座る前の歩いているシーンでは、男性は手にレジ袋のようなものをもっていましたが、ビールのようなものは入っていないように見えます。おまけに、不自然な無言(消音)の間が空いたあと、島田さんが電話をするシーンで、なぜか自分が手に持つ袋の中にビール(キリンの新一番搾り!)が見えるのです。
話の内容と異なるテロップを出したことはもちろん問題ですが、それと同等、あるいはそれ以上に重大なのは、この場面はどこかの男性に五輪反対デモについて否定的なことをしゃべらせる「やらせ」だった可能性があることです。ビールは印象操作を狙った小道具だったかも知れません。しかも、これはNHKが仕掛けたのではなく、「はみ出し者から見たオリンピック、アウトローから見たオリンピック」を撮りたいと述べていた島田さんがしかけていたかも知れないのです――様々な人々の声を届けることを御旗にして、こういうものを五輪記録映画撮影のドキュメント(ノンフィクション)として公共放送が流してよいのか、これは徹底的に検証すべきです。
思えば、東京五輪は撤回や辞任など不祥事の連続でした。2015年の国立競技場の設計計画白紙に始まり、大会エンブレムの盗用疑惑、招致をめぐる贈賄疑惑でJOCの竹田恒和会長辞任、女性蔑視発言などがきっかけで組織委員会の森喜朗会長も辞任、以下、開閉会式の統括責任者や音楽担当までもが発言等々で辞任と、開会直前までゴタゴタ続きでした。しかも終わって、東京五輪の収支報告を明らかにしてないのに、もう次の札幌五輪の招致話をしているのです。
結局、悪辣なことや悪徳な所作の責任をとって当事者が辞任したように見えて、実は当人たちも組織も、運悪く「事故」にあったくらいの感覚で、何か悪い行為をしたという自覚やそれにともなう反省があるわけではないし、世間もメディアも、個々はともかく、総体としてはそれほど悪いとも思っていないのでしょう。
河瀬さんは細部の映像美にこだわる監督さんと聞いています。河瀬さんにとって(周囲にとっても)、6月に公表されるという東京五輪の記録映画が、「神は細部に宿りたもう」が決して技術だけでないことを実証するものであるよう切に願っています。皮肉や嫌みではなく…。矜持を示してほしいと思います。
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