ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

懐かしいプリント原稿

 6月にパソコンが壊れてしまい、今のパソコンに古いデータの取り込みをしていたら、むかし懐かしい授業プリントの原稿が出てきた。テーマは「アイデンティティーを考える」だったかと思う。引用資料として、読んだ新聞記事をすぐに切り抜いた記憶がある。

 中高生のような若い人が、本ブログを読んでいるとも思えないが、もし、現在、何か自分が彷徨っていて落ち着きどころがないとか、あるいは、長い長いトンネルから抜け出せないような感じを持っていて、たまたま通りかかったのなら、参考までにお読みいただければ、と思う。20年前の話で、ちょっと感覚的に古いかもしれないが…。

 元記事は、2001年3月24日付の朝日新聞・朝刊に掲載された作家の角田光代さんの「大人ってのは大変だ」で、読書勧誘の記事だったかと思う。文章には少し加工をほどこした。

以下、引用。

 私はいろんなことができない子どもだった。学校的にいえば、非常に「素行」が悪かった。高校にあがったばかりの頃、母を交えた面談で、「彼女はどうしようもない」と教師は私について嘆き、「このままだと、きっとこの先大変なことになる」と言った。母も私もぎょっとした。教師は親以外で私が知っている唯一の大人で、彼が言うのだから、それはまちがいないだろうと思った。
 だから、私はずっとおそれていた。大変になるであろう未来を、そこで途方に暮れるであろう大人の自分を…。

 大人と言われる年齢になって、現実は大変らしいと気づきつつ、あのときの不吉な予言を思い出しては、手に負えないような大変さが、きっとこれから襲ってくるにちがいないと、いまだに不安を覚えることがある。
 じゃあ、大変なことってどんなことかと言われると、じつはよくわからないのだが、たとえば『殴られ屋』(*1晴留屋明著、古川書房)の著者が追い込まれた状況は、まさにとんでもなく大変である。
 人が良くて、おそらく金勘定がとても苦手なために、会社をおこしたがあっけなく倒産、1億5千万円の借金を背負ってしまう。妻と子どももいる。窮地に追い込まれた元プロボクサーの彼が、金をかせぐために考え出したのが、1分間千円で殴られるという、体ひとつの商売で、それを描いたのがこの一冊。
 もしくは、成功者と言える部類の*2矢沢永吉も『アー・ユー・ハッピー?』(矢沢永吉著、日経BP社)を読んでみれば、なんだかずいぶん大変そうである。信じていたスタッフにだまされることの連続、どうしても守りきれなかった家庭があり、試行錯誤しながら新しい家族をつくり、ハッピーを模索し続ける。
 一見かけ離れた世界にいて、接点のなさそうな二人だが、「大人ってのは大変だ」とどちらもが言っている。しかし、それは裏返せば、「大変なことなんか、どうってことないよ」という頼もしい声にもなる。大事なのは、自分がいて、自分であるためのよりどころ(「誇り」と言いかえてもいい)を持つこと。それがあればどんなことも、あんまりたいしたことじゃない。前者はそれがボクシングであり、後者は歌うこと。二人ともおんなじように言葉ではなく行動で、強く伝える。「心配すんな。未来のことを心配するひまがあったら、自分が自分であり続けられる何かを早く見つけなさいよ」と。
 「自分と、自分であるための何か」。それを手に入れて、それさえ手放さなければ、人生は絶対に私たちを裏切らない。大変なことの連続かもしれない現実を、笑ってしまうことも可能なんだ。

 あの夏の日の、静まりかえった蒸し暑い教室で、15歳の私が聞きたかったのは、これから先きっと大変なことになるという予言の、その続きだったのだと今思う。――「だから、大変さを乗り越える何かを見つけておきなさい。いろいろなことのちゃんとできないあなたでも、自分自身である証は、きっと見つけられるはずだから」。その言葉を、約二十年後の今、私はこの二冊からもらった。
角田光代『今、何してる?』、朝日文庫、2005年3月、所収)

【註】
 *1 晴留屋明(はれるや・あきら):中学卒業後、ボクシングジムに入門。 20歳でプロ・デビュー。引退後、電気工事会社を立ち上げたが事業に失敗。 1億5,000万円の借金を背負うことに。その返済のため、毎日、新宿・歌舞伎町で1分1,000円の「殴られ屋」を開業していた。
 *2 矢沢永吉(やざわ・えいきち):ロック・ミュージシャン。愛称「永ちゃん」。俳優として映画やドラマに出演、CM出演も多数にのぼる。2017年現在、オリコン・アルバム・ランキングベスト10入りの最多記録(51作)と日本武道館の最多公演記録(142回)を更新中。


追記自民党の総裁選の特設サイトに「日本を守る責任」とある。「国民を守る責任」と書けない理由が明確すぎる。腹立たしいな、これ。「守る気」も「責任感」もないのに…。




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