ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「泥船」の出航

 「大船」に乗ったつもりが実は「泥船」だった――いやまあ、「泥船」は言い過ぎだが、最大限好意的な表現を使ったとしても、出航前からこの船は完全に舵が壊れていると思う。

 迎賓館でバッハの歓迎会をやるなど、一部の国民からすればケンカを売られているような感じだ。しかも、そこにわざわざ森喜郎を呼ぶのである。勇退した前会長ならともかく、彼は、五輪組織委のトップとしての適性を疑われて会長を下ろされた人物である。呼ぶ方も呼ぶ方だが、呼ばれる側にも、矜持があれば、普通こういうところへノコノコと出ていかないだろう。こういう組織体だから、小山田氏の問題も世の批判を浴びるまで(浴びてもなお)適正な判断が下せなかったのだということがよくわかる。武藤事務総長などは「我々が(一人一人を)選んだわけではありません」などと、これまた、目がテンになるようなことを言い放つ。
 船が1964年製のポンコツを塗り替えたものだということくらいは薄々感じていたが、これほど骨格部の深くにまで「腐食」が進んでいたとは思わなかった。沈没を予期したのか、今や「ネズミたち」(これまた失礼!)が群れをなして船から逃げ出している。

 明日に迫った東京五輪開会式への出席を見合わせる動きが広がっている。台湾から来日予定だったオードリー・タン氏も急遽出席を取りやめた。懸命な判断だと思う。イギリスのオリンピック委員会の総裁を務めるアン王女も出席しない意向を示している。経済界でも、経団連の十倉会長、経済同友会桜田代表幹事、日本商工会議所の三村会頭の経済3団体のトップ全員が出席を見合わせるほか、五輪スポンサー企業の幹部の多くも参加しない方針だという。

 7月20日朝日新聞デジタルの記事より。

https://digital.asahi.com/articles/ASP7N6JYHP7NULFA01R.html?ref=tw_asahi

……最高位スポンサーでは、パナソニックと米P&Gが20日、経営幹部らの不参加を明らかにした。トヨタ自動車も、豊田章男社長らの不参加を前日に示したばかり。ただ、パナソニックは津賀一宏会長が大会組織委副会長の立場で出席する。
 最高位以外のスポンサーでは、キヤノンは会社幹部らの出席は取りやめるが、御手洗冨士夫会長兼社長が組織委の名誉会長として出席する。NEC富士通は首脳陣の不参加を決定。TOTOリクルート、NTT、野村ホールディングスなども出席を見合わせる。ある企業の担当者は、開催反対の声が多いことも意識したといい「無観客の中で出席して注目されたら、目も当てられない」と話す。
 五輪関連のテレビCMをめぐっては対応が割れた。トヨタはテレビCMを国内で放送しない方針だが、多くの企業は予定どおり放送する方針といい、開幕前から放送が始まったCMも多い。10日から放送が始まったアサヒビールのCMは、競技会場ではなく、テレビやパソコンの前でビールを片手に選手を応援する一幕が描かれている。
 日本航空20日、五輪向けで3機目となる特別塗装機を就航させた。機体に選手の姿や「がんばろう日本!」の文字がペイントされており、CMも継続する予定だという。

 経団連の「オリンピック・パラリンピック等推進委員会」委員長を務めているトヨタ自動車の豊田社長も開会式に出席せず、東京五輪関連のテレビCMを放送しないことを決めている。最高ランクの五輪スポンサーとはいえ、グローバル企業としては当然の判断であり、さすがトヨタ、のような評価も散見したが、当該CMの内容を知ってしまうと、単にあとで叩かれるのを避けたとしか思えない。IOCのバッハ会長をCMキャラクターとして起用するのは、企業イメージにとってマイナス効果が絶大であろう。

IOC President receives the new Mirai zero-emission hydrogen fuel cell vehicle from Toyota - YouTube

https://digital.asahi.com/articles/ASP7M4R4CP7MOIPE007.html?iref=pc_ss_date_article

 次々と下船する人が出ても、船はかまわず出航する。企業人としてはそこまでは責任がないということなのだろうか。

 ハンナ・アーレントがこんなことを書いている。

 …不幸にして、「啓蒙された利己心」という信条ほど…現実によって反駁されてきたものはない。逆に、多少の経験にほんのわずかの省察が加われば、啓蒙されることは利己心のまさに本質に反することがわかる。日常生活から例を挙げるならば、家主と借家人との今日見られる利害の葛藤がある。啓蒙された利害関心…(は)、人間が住むにふさわしい建築ということを焦点とするであろうが、しかし、その利害は、高い収益を目的とする家主の利己心とも、安い家賃を望む借家人の利己心ともおよそかけ離れている。…建物の利益となることは長い目でみるならば家主と借家人のいずれにとっても真の利益となるものであるという答は、…時間という因子を考慮に入れていない。利己心は自己に関心があるのであって、その自己は死んだり、引っ越したり、その家を売ったりする。自己の条件の変化、いいかえれば死すべきものという人間の条件のために、他のなにものでもない自己としての自己は、長期的な利害、すなわちその住人たちよりも長く生きる世界の利害という観点から考慮することはできないのである。建物の老朽化は長い年月によって起きることであるが、家賃の増大や一時的な利益の低下は今日や明日の問題である。…利己心は、「真の」利益――すなわち、自己の利益とはまったく区別されるものとしての世界の利益――に譲るように求められると、いつもこう答える。わたしのシャツはわたしに近いが、もっと近いのは私の皮膚だ、と。それは特別に理にかなっているというわけではないであろうが、しかしきわめて現実的である。…公的な事柄とはいかなるものであるかについて何も考えていない人びとに、利害にかかわる問題について非暴力的に行動し、理性的に議論するように期待するのは、現実的でもなければ理にもかなっていない。
(山田正行訳『暴力について』、みすず書房、165ー166頁。)

 為政者には長い方の「時間」を考慮してもらいたいと思うし、企業人にも利己心だけでなく「世界の利益」を考えてほしいところだ。

 ドラが鳴らされるなか、いよいよ出航直前となった「五輪丸」。「前途多難」どころではない。まっとうな判断を望む。





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