ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

大川原加工機冤罪事件のこと

 年の瀬で買物に行くと店が混んでいたりして、何となく忙しい雰囲気が感じられます。やる(べき)ことが多くて、一年の終わりにさしたる感慨もありませんが、テレビで今年の事件や事故を回顧するような番組を眺めていると、とても他人事では済まない出来事を目にして、心穏やかでいられないこともあります。今は連日、自民党の政治資金・裏金問題やイスラエルのガザ侵攻の報道が前面に出ていますが、今月27日に地裁で無罪判決が出た大川原加工機冤罪事件は、小生としてはかなり気になる出来事でした。事件は、背景を含めていろいろな問題が折り重なっていると思いますが、あえて単純化すれば、検察や公安が(「嫌中嫌韓」ネタを利用して)論功行賞を得ようとした捏造事件ということになるのでは、と思います。

「捏造ですね」異例の警察官証言は、なぜ飛び出したのか…大川原化工機事件 高田剛弁護士に聞く - 弁護士ドットコム
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大川原化工機 えん罪事件 がんでも閉じ込められ…無実だった技術者の死|NHK事件記者取材note

 どうしてこれほど非道な捏造がでっち上げられたのか、その背景には「経済安保」があると、ジャーナリストの山田厚史さんが、早くも2022年2月の段階で次のように解説していました。

◆「人質司法」密室に監禁、自供を強要
 絵に描いたような「冤罪事件」である。ことは2018年10月、警視庁公安部による家宅捜索で始まった。「兵器に転用できる装置を許可なく中国に輸出した」という容疑だった。身に覚えのない大川原さんらは「調べればわかってもらえる」と捜査に協力し、社員を含め延べ264回の事情聴取に応じた。
 それが家宅捜索から1年5か月経った2020年3月、3人は逮捕・起訴され、さらに5月になって、「韓国にも同様に輸出した」として再逮捕・追起訴された。「兵器に転用はできない」と説明しても検事は聞き入れず、意に反する供述調書にサインを求められた。拒否すると勾留が続き、保釈は認められない。家族との接見さえ認められないまま、1年近い「監禁」が続いた。
……
 突然の「起訴取り下げ」のきっかけになったのは、公判前整理手続き。弁護士が「経済産業省の見解」を開示するよう申し入れたことだった。警視庁公安部は事件を立件するため経産省に意見を聞き、メモにまとめてコンピューターに保存している、という事実をつかんだ弁護団が開示を請求した。
 大川原化工機は輸出業務で経産省と話し合う機会が少なかった。経産省と公安部の間でどんなやり取りがあったか、これがわかれば公判に有利になるのでは、という淡い期待を込めた開示請求だった。この要求を裁判長が認め、開示されることになったその日、突然「起訴取り下げ」が発表された。

◆「反中ムード」追い風に
 経産省とのやり取りを記載したメモには、「不都合な真実」が書かれていたのだろう。表には出せない、起訴取り消し、という事態に検察は陥ったのだろう。
 突然の家宅捜索から2年9か月。経営トップが逮捕され、会社は信用を失い、銀行は取引を停止、売上はガタ落ち。悠々自適の老後を楽しんでいた元専務まで逮捕され、老体にむち打つような強引な取り調べでがんを発症し、帰らぬ人となった。
 この事件はメディアで大きな話題にはならなかった。朝日新聞デジタルで社会部の鶴信吾記者が「ある技術者の死、追い込んだのは『ずさん』捜査 起訴取り消しの波紋」(21年11月4日)で書き、最近ではルポライター青木理氏が「町工場vs公安警察 ルポ大川原化工機事件」(「世界」22年3月号)で紹介している程度だが、もっと注目されていい事件だ。上記の記述は、二つの記事を要約したものである。

青木氏は事件について
「日本は2017年に外為法を改正して罰金の上限を大幅に引き上げ、公安部は大川原化工機に初適用しようとした。背景にはNSS(国家安全保障局)に経済班が新設されたことも横たわっていて、それに合わせて公安部は大川原化工機の強制捜査に乗り出した。多少無茶でも外事部門の存在感のアピールし、同時に中国などへの戦略物資輸出に警鐘を鳴らす思惑もあったのでしょう」とする公安部関係者のコメントを紹介している。
 軍事力の強化を進める中国の専制的な振る舞いが日本でも懸念されているが、こうした「反中ムード」を追い風に進められる「経済安保」の危うさを、この冤罪事件は物語っている。

 また、裁判で、なぜ捏造までして事件をつくらなければならないのか、と問われた証人の警部補は、こう答えたと書いています。
 ……「欲でしょう、歳を重ねると自分がどの辺までいくか見当がつくので」と答えた。階級社会の警察はどの地位で退職したかで退職金や再就職先の待遇が大違いだ。事件の立件後、外事一課は組織として警察庁長官賞と警視総監賞を受賞。第五係長は警視に昇格した。(上記、2023年11月24日付『山田厚史の地球は丸くない』第251回 より)
※註)その後、降格になったかどうかはわかりませんが、賞は取消されたようです。

 法学者の水島朝穂さんの最新の記事(12月25日付)は、この事件に触れたものではありませんが、
平和憲法のメッセージ

冒頭におかれた「日本を取り戻す」とか「日本を壊すな」、「日本を守る、責任力」などという文言入りの自民党のポスターを見ていると、2010年代にこの国はどういう方向を歩んできたのかと考えてしまいます。何でもかんでも安倍政権時代と結びつけるのは本意ではありませんが、力関係で上位にある者は都合の悪いものを隠したり捏造したりしてもかまわないとか、為政者に対する自己アピール(・プレー)の「横行」とか、……その種の卑劣な「文化」がいろいろなところで幅をきかせてきたのではないかと思えます。

 でも、この件は警察内部からよく告発してくれる人が現れました。それが救いです。そういう良心を守りながら、来年へ向かうことができればと念じています。取り戻す「日本」とか、守るべき「日本」とか、そういうのも所詮は「でっち上げ」ですが、いい国でありたい、いい国の住民でありたいという素朴な感覚はあります。そんなことを考えながら、また一年、年を越していくことになります。


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