ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

佐々木実『市場と権力』を読んで

 一昨日の「一月万冊」で、ジャーナリストの佐藤章さんが紹介していた本で、副題は、「『改革』に憑かれた経済学者の肖像」――この「経済学者」とはむろん竹中平蔵氏のことです。本書は2013年に刊行されたものですが、2年前に文庫化されたタイトルは『竹中平蔵 市場と権力』と、竹中氏の名前が前面に出ています。

 現在東京オリンピック組織委の元理事とAOKIホールディングス前会長が贈収賄容疑で捜査されていますが、「一月万冊」の中で、検察は次のターゲットとして、この竹中氏を射程に入れているとの「特ダネ」が紹介されていました。竹中氏は、今世紀初めから「改革の旗手」とされ、毀誉褒貶はありますが、「改革」にともなう「利権」に手を染めてきたという疑惑がつきまとってきました。詳しくは、以下をご覧ください。
特ダネ!検察が狙う大物は竹中平蔵か。安倍晋三亡き後の五輪利権の日当80万円ピンハネ問題と旧郵政グループのインサイダー問題。元朝日新聞・記者佐藤章さんと一月万冊 - YouTube

 竹中氏は、一時的な頓挫はありましたが、20年以上の長期にわたり、日本の経済・金融政策に影響を与えてきた人物で、アメリカ(ウォール街)のエージェンシーとしての立ち振る舞いも目につきました。しかし、個人的には断片的な情報しか持ち合わせていないので、これを機に、生い立ちから経歴を含めて、一通りのことを知りたいと思いました。調べたところ、本が地元の図書館に所蔵されていたので、昨日借りてきました。興味深いエピソードがちりばめられていて、短時間で一気に読めました。

 まず、これは著者の佐々木さんの理解でもありますが、竹中氏は「経済学者」の肩書きはあっても、その関心は、若いときから一貫して「政治」にあったと感じました。以下、本書からの引用です。

 ……竹中は、あくまで政策に関与するための手段として経済学をとらえている。もっといえば、政治権力に接近するための道具としてとらえているように見える。それは言葉よりむしろ行動にあらわれていた。国家権力の中枢を担う大蔵省から離れると、政治家の人脈づくりに精を出すようになっていったからだ。……竹中が小泉純一郎と接するようになったのもこの時期だ(1991年宮澤政権発足)。小泉を囲む勉強会に出席するようになり、政策を議論したりするようになった。政治家に政策を授けるための道具として経済学をとらえるならば、「テクノロジー」としての機能を発揮できなければ意味がないわけだ。
(本書 96ー97頁)

 シンクタンクという装置は、政治に近づくための手段であると同時に、大きな報酬を得るための大切な収入源でもあった。経済学という知的資産を政治に売り込み、換金する装置である。
 本業は慶應義塾大学総合政策学部教授だったけれども、竹中は副業を本格的に始めるために<ヘイズリサーチセンター>という有限会社を設立した。……副業は、「政策にかかわるコンサルティング業」ということになる。
(同 113頁)

 (喜朗)政権末期、竹中は森首相のブレーンの立場を確保しながら、次期首相候補の小泉に接近し、一方では、最大野党の党首である鳩山(由紀夫)とコンタクトをとっていた。政局がどう転んでも、政権中枢とのパイプを維持できる態勢を整えていた。小泉政権発足とともに入閣した竹中は、小泉の「サプライズ人事」で突然登場してきた「学者大臣」という受け止め方をされたけれども、実態は違っていたのである。
 永田町の個人事務所に鳩山を訪ね、……話を聞いた。応接室のソファに深く腰を下ろしていた鳩山が身を乗り出したのは、ダボス会議(2001年1月 鳩山も参加していて、このとき竹中から民主党のブレーン集団づくりを勧められ、任せると応じていた)の話を出したときだった。森首相の演説原稿には竹中がかかわっていたが、それとなく水を向けると、
「えっ、そうなの?」
 鳩山は大きな目をさらに見開いた。知らなかったというのである。このあと再び驚いたのは東京財団シンクタンク 当時、竹中が理事長)の話をしたときだ。森首相ブレーンの事務局が東京財団だったことも鳩山は知らなかったという。
「えっ、こちらも東京財団でしたよ。へえ、向こうでもやってたんだな。竹中さんたちは両方を牛耳ろうとしていたのかな。われわれには、野党がしっかりしないと日本の政治はよくなりません、といってたんだけどね」
(同 136-137頁)

 そして、専門家のあいだでは承知の事実かもしれませんが、アベノミクスは20年前の小泉政権の「構造改革」の二番煎じ、いや、それよりも醜悪なトレースに過ぎないという印象を強くもちました。裏で演出している人間が同じなのですから、これは当然かもしれません。以下の引用は、小泉内閣時代の金融政策の話ですが、何度読んでも「今」の話と見紛う内容です。

……小泉内閣時代の長期にわたる量的金融緩和政策はなにをもたらしたのだろうか。
 じつは、日銀が量的緩和政策で銀行に大量のカネを流し込んだものの、銀行から企業への融資はそれほど増えなかった。オーソドックスな意味での金融緩和効果はみられなかったのである。狭義の貨幣量である「ベースマネー」は急増したけれども、広義の貨幣量である「マネーサプライ」はそれほど増えていない。ところが一方、ベースマネーの膨張は為替相場に大きな影響を与えることになった。円安効果である。むしろ強力な円安誘導が輸出企業を潤し、企業業績を押し上げたのだった。
……こうした日銀による大量のマネー供給を歓迎したのは日本の輸出企業だけではなかった。沸き立ったのは海外の投資家たちである。……「日本には安く調達できる資金が大量にあったので、円キャリートレードはとても魅力的な投資で多くの投資家たちが利用していた。日銀はとても“堅実”で急に政策を転換するような無茶はせず、低金利政策を継続するとわかっていたので、安心して円を借りることができた」
「円キャリートレード」――日銀による量的緩和策の、それが帰結だった。投資ファンド量的緩和策のおかげで金利が無きに等しく、調達コストがかからない日本円で資金を調達し、ドルなどの外貨に交換してから投資した。当時の金利環境であれば、ゼロパーセント金利の円資金をドルに交換し、5%の預金で運用するだけでもまるまる5%の運用益を確実に稼ぐことができた。
 日本銀行は、欧米のヘッジファンドがまさに濡れ手で粟の利益を得る機会を与えていたのである。……小泉内閣のマネー政策は、……海外の投資家たちにまで「イリュージョン」をまき散らしたのである。
(同 276-277頁)

 終わりに、著者の佐々木さんは、2014年に亡くなった経済学者・宇沢弘文さんのことばを紹介しています。

 経済学は、ある目的を達成するために「どのような手段を用いたらよいか」を扱うけれども、「どのような目的を選択すべきか」を扱う学問ではない――経済学の古典『経済学の本質と意義』でライオネル・ロビンズが展開した主張を……そのまま受け入れるなら、「公正さ」のような「価値判断」を伴う概念は、経済学で論じることができなくなる。
 事実、「平等」「公正」といった概念を無視し、「効率」のみを形式論理的な枠組みの中で論じるようになったことで、この学問は「価値判断からの自由」を標榜できるようになった。けれども、それは見せかけに過ぎないのではないか。……「価値判断からの自由」は、「効率性のみを追求し、公正、平等性を無視する」という態度の表明にほかならないからだ。そして、効率性のみを追求する知識人が現実の政治と固く結びついて影響力を行使するとき、取り返しのつかない災いが起きる。……
(同 318-319頁)

 経済学が「倫理フリー」を標榜するようになって堕落していったことは、中山智香子さんも著書『経済学の堕落を撃つ』(講談社現代新書 2020年)で述べていたとおりです。
中山智香子『経済学の堕落を撃つ』 - ペンは剣よりも強く

 「価値判断からの自由」や「倫理フリー」を説く経済学者たちは、自由競争や効率に至上価値をおくことで理想的な社会を描き、賛同者・支持者(信者?)を募ってきました。竹中氏もそうです。しかし、彼らの言うフリーは、自己の社会的責任や政治責任からのフリーでもありました。そもそも、彼らは本当に自由競争や効率という理念に基づいて動いてきたのかどうか、疑わしい面もあります。竹中氏が会長を務めていたパソナの「中抜き」などは、どう見ても優越的立場を悪用して、競争や効率を排し、政府とグルになった利益供与でしょう。
 あるいは、竹中氏もそうですが、新自由主義の祖、ミルトン・フリードマンなどは、1回の講演やセミナーで有り得ない高額の謝礼(確か〇百万?)を受け取っているのを知って(ガルブレイスの本だったでしょうか?)、かつて唖然としたことがあります。これも彼らの言う「市場価値」で正当化できるのでしょうか? しかし、その金額で1年間暮らせる人がどれほどいるか、それを想像しないような「学問」や「政策」でよいのか。そう考えると、学問や、政策や、総じて社会システムや歴史の「必然」なるものも、もっと別の選択肢、別様のあり方があったはずだと思えてくるのです。

講談社 2013年4月刊 334頁]




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