ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「国語力・言葉の脆弱性」について

 「『ごんぎつね』の読めない小学生たち、恐喝を認識できない女子生徒……〈いま学校で起こっている〉国語力崩壊の惨状」という記事を読みました。何のこっちゃ?ということもなく、学校にいたことのある人にとっては、ああ…と思い当たるところのある話です。

 一口に「国語力」と言っても、漢字の読み書きから、表現、「てにをは」を含む日本語文法など、いろいろなレベル(部分)があり、これらを「国語力」という語で括れるかという問題も含んでいると思います。そもそも「言語力」や「日本語力」でなく、なぜ「国語力」なのか、という定義の問題もあります。この点、わざと曖昧にして「網」を広げているような感じもしますが、ここで問題にされている「国語力」は漢字や文法などの技術面の話ではありません。
 たとえば、「大喪の礼」を「タイモのれい」と読んでしまうような間違いは、無知に由来する誤りなので、恥のかき捨て(スルー)をしたとしても、自己内訂正はできます。要は、当人が覚えればいいだけの話で、間違えた当人にとっては深刻でも(そう思ってないかもしれませんが)、社会として特に深刻なことはありません。しかし、ここで挙げられている例は、コミュニケーション不全だったり、文化ギャップだったり、単純に個人の問題で済むとは思えないものばかりです。これは社会として意識して考えないといけない話のように思えます。

 以下、7月30日付文春オンラインの記事の部分要旨です。
「ごんぎつね」が読めない?学校で起こっている国語力崩壊の惨状 - ライブドアニュース

 長年、不登校や虐待の問題など、子供たちが抱えた生きづらさをめぐって、当事者や関係者に多くの話を聞いてきました。取材を通して感じたすべての子に共通する問題点は、「言葉の脆弱性」でした。
 あらゆることを「ヤバイ」「エグイ」「死ね」で表現する子供たちを想像してみてください。彼らはボキャブラリーが乏しいことによって、自分の感情をうまく言語化できない、論理的な思考ができない、双方向の話し合いができない――極端な場合には、困ったことが起きた瞬間にフリーズ(思考停止)してしまうんですね。これでは、より問題がこじれ、生きづらさが増すのは明らかです。
 以前はこうした実情を、〈うまくいっていない子〉に共通の課題だと認識していました。ところが、数年前から、平均的なレベルとされる小・中学校、高校でも、現場の先生たちが子供たちの国語力に対して強い危機感をもっていることがわかってきました。言葉によってものを考えたり、社会との関係をとらえる基本的な思考力が著しく弱い状態にあるという。

 そしてあるとき僕自身、都内の小学4年生の授業で、新美南吉の『ごんぎつね』を子供たちがとんでもない読み方をしているのを見て、衝撃を受けました。
 この童話の内容は、狐のごんはいたずら好きで、兵十という男の獲ったうなぎや魚を逃してしまっていた。でも後日、ごんは兵十の家で母の葬儀が行われているのを目にして、魚が病気の母のためのものだったことを知って反省し、罪滅ぼしに毎日栗や松茸を届けるというストーリーです。
 兵十が葬儀の準備をするシーンに「大きななべのなかで、なにかがぐずぐずにえていました」という一文があるのですが、教師が「鍋で何を煮ているのか」と生徒たちに尋ねたんです。すると各グループで話し合った子供たちが、「死んだお母さんを鍋に入れて消毒している」「死体を煮て溶かしている」と言いだしたんです。ふざけているのかと思いきや、大真面目に複数名の子がそう発言している。もちろんこれは単に、参列者にふるまう食べ物を用意している描写です。
 これは一例に過ぎませんが、もう誤読以前の問題なわけで、お葬式はなんのためにやるものなのか、母を亡くして兵十はどれほどの悲しみを抱えているかといった、社会常識や人間的な感情への想像力がすっぽり抜け落ちている。
 単なる文章の読み間違えは、国語の練習問題と同じで、訂正すれば正しく読めます。でも、人の心情へのごく基本的な理解が欠如していると、本来間違えようのない箇所で珍解釈が出てきてしまうし、物語のテーマ性や情感をまったく把握できないんですね。

 近年、PISA(国際学習到達度調査)の学力テストで、OECD諸国のなかで日本は読解力が15位だったことが大きな話題になりました。PISAの読解力テストはテクニック的な側面も大きいと思います。たしかに文脈をロジカルに読み解く力自体も弱まっているのでしょうが、それ以上に深刻なのは、他者の気持ちを想像したり、物事を社会のなかで位置づけて考えたりする本質的な国語力――つまり生きる力と密接に結びついた思考力や共感性の乏しい子が増えている現実です。現場の先生たちが強く憂慮しているのもその点です。
 こうした国語力は自然と身につけている家庭環境の子にとっては何の問題にもなりませんが、様々な要因で家庭格差が広がるなか、「できない子」にとっては著しい困難を伴います。本質的な国語力の衰退がいまや一部の子に限った話ではないことを認識しなければ、いくら教育政策で「読解力」向上に力を入れても上滑りしてしまうでしょう。

 象徴的なのは、ある女子高生に起きた恐喝事件です。その子は、わりと無気力なタイプで、学校も来たり来なかったりデートの途中で黙って帰ってしまうようなルーズな面がありました。こうした態度に怒った交際相手の男子生徒が、非常識なことをしたら「罰金1万円」というルールを決めます。それでも女子生徒は反省せずルールを破り、毎月のバイト代のほとんどを彼氏に払い、しまいには親の財布から金を盗んで支払いにあて続け、発覚したときは100万円以上も払ったあとでした。
 ところがとうの本人は、自分の被害を全く認識できず、「言われたから」「ルールで決めたから」と相手の行為を“恐喝”とすら思っていないんです。男子生徒のほうも「同意あったし。金は二人で遊びに使ったし」と平然としている。
 当人のなかでは「ルールを決めた→同意した→実行した、何が間違っているの?」というプログラミング的な理屈で完結しているのですが、社会の一般常識や人間関係を考えたら明らかにおかしいわけです。搾取されているゆがんだ関係や親の金を盗んで渡していることに疑問すら持たない。
 教師がいくら指導しても、彼女のなかには言葉がなく、自分の状況を客観的に捉えたり、なぜそれがいけないかも全く理解できていなかった。当然彼女がそのまま大人になれば生きる困難さを強く抱えますし、親になれば社会常識が欠如したまま子育てをして、負の再生産が起こります。
<以下略>

 もうひとつ、敢えて言えば、学校で子どもを見ていて感じた「言葉の脆弱性」には、“意図的” なものもありました。
 学校にいた頃、何度言っても宿題を出さない生徒がいたので、呼び出して注意したことがあります。特に怒って話をしたつもりはないのですが、「なぜ再三提出しなさいと言っているのに出さないのか、理由を聞こう」と言ったら、その生徒は「出します」と答えました。へっ?「いや、出してないから、こうして呼び出されてるんでしょ。何でなのか、理由を言いなさい」。「だから、出します」と。……押し問答のようですが、これでは会話が成り立ちません。
 この生徒からすれば、「出す」と言ってるんだから、もういいだろう、理由なんか答えたって、どうせそんなのは理由にならないとネチネチ小言を言うだけなんだから、こっちは白旗を揚げて「出す」と言ってるんだ、さっさと終わりにしようよ……と、まあこういうことかも知れません。しかし、この生徒は何か言うからまだいい方で、中には何か聞いても一言もしゃべらず黙秘を貫く生徒もいます。こっちも付き合ってしゃべるのを待っていると、静寂の時間がただただ流れていくという妙な展開になったりします。
 彼らのあいだでは、「面倒なこと」、トラブルはできるだけ回避したい、相手を傷つけたり、傷つけられたりする当事者にもなりたくない、そのためには明確な言葉によって意思を示さなくても済むように、先回りしたり、気を回したりして対処するし、相手にもそう対処してほしい。「言葉」よりも、阿吽の「呼吸」や「空気」で動く――こういうのが普通になっているかもしれません。しかし、これは何のことはない、おとな社会がここ十数年の間に築いてきた「そんたく=共謀」文化と変わるところがありません。黙秘にしても、「コメントは控えます」と最初に言わないだけで、やってることは同じです。

 蛇足ついでに言うと、2015年の統一教会の名称変更にかかわる、この間の下村博文・文科大臣(当時)の釈明内容の変貌(ずるずると「戦線」が後退していく様)は失笑ものと言っていいほどです。もし、おとな社会の言動の一端が子どもたちに反映されるものだとすれば、子どもたちは見ています。あんなんでいいんだと思われては社会が腐食します。(社会的)責任を感じる(以上、終わり)、ではなく、責任をとって、議員を辞めるべきだと思います。下村氏の「問題行動」は今回の件だけではありません。
下村博文氏「責任感じる」 旧統一教会の名称変更当時の文科相 | 毎日新聞

【下村博文】下村博文氏に「安倍さん以上の嘘つき」と批判の声 旧統一教会の名称変更で無理スジの釈明|日刊ゲンダイDIGITAL

下村博文氏『加計学園から200万円の闇献金』報道を否定 一方で「加計の秘書室長が...」 | ハフポスト NEWS

<追記>
下村氏は官邸(安倍氏)の意向で動いたという記事。念のため。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/309424/2




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