ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

小泉悠さんの対談

 ダースレイダーさんの6月3日の対談動画に、ロシアの軍事研究・評論家小泉悠さんが出演していた。2時間半もあるので2日に分けて視聴したが、期待通りのおもしろい内容。いくつか話題を拾って、話の概略を起こしてみる。

ダースレイダー x 小泉悠 ロシアという謎 - YouTube

○2020年8月 ベラルーシ大統領選挙
 去年の8月9日に大統領選があったんですけど、さすがに27年の長期政権、ルカシェンコ、またやるの?といった不満があって、かなり対抗馬が出てきたんですね。泡沫候補ではなくて、元外交官とか、大手の銀行頭取とか、かなり有力そうな人がそれなりの組織をつくって出てきた。今回出てきた対抗馬の候補者たちはルカシェンコ現大統領の独裁を終わらせようというアジェンダですね。ところがみんな立候補を受理してもらえなかった。書類に不備があるとか、過去に犯罪行為があった疑いがあるとかね。で、旧ソ連の(系譜が強いベラルーシにあって、90年代のソ連崩壊の混乱期を経てきた)「偉い人たち」というのはだいたい何かやってて、みんなスネに傷を持ってるんですね。ちょっとした横領くらいだったら確実に何かやってるはずで、探せば何かある。でも、その中で誰のどの罪を告発するかっていうのが政治そのものなんですね。立候補したがゆえに逮捕されてしまうことになる。…無届けで選挙運動をやったからコロナ防止対策法違反だとかいうのもありましたね(笑)。
 その中で唯一残ったのがチハノフスカヤという女性候補なんですね。この人は全然政治経験はなくて主婦(英語教師)なんですね。旦那のチハノフスキーは有名な反体制ジャーナリストなんですけど、まあ甘く見ていたというか、見逃したというか、対立候補も一人くらいはいないと…。ルカシェンコ政権も公正な選挙をやってますよというアピールになる。ところが、その彼女が大人気を博してしまう。彼女はおもいしろいんですよ、私には政策アジェンダはない!と言うんですね。彼女が当選したらルカシェンコは退陣することになるから、自分が当選したら大統領選をやり直すという、これを唯一の選挙公約にして立候補するわけです。そうすると、ベラルーシにも右から左までいろいろな人がいますが、ルカシェンコにうんざりしている人たちはみんな彼女に投票するわけですね。ベラルーシの選挙管理員会が確定した投票結果では8割超の得票でルカシェンコが圧勝したんですけど、これはベラルーシ国民の実感とは全くかけ離れている。チハノフスカヤの支持集会に何十万という人々が集まってるのにそんなわけはない。人口も1、000万いかない国なのに、こんなのおかしいだろう、ということで反体制運動が大きく広がっていったんですね。

○5月23日 航空機強制着陸事件の背景
 ルカシェンコとしては当面権力は維持できている。なのに、どうして今回ギリシアからリトアニアに向かっていた飛行機を強制着陸させて、中に乗っていたプロタセビッチを逮捕したのか? というのはよくわからないんですよね。数年前ならともかく、今はそれほど脅威を感じる人ではないと思う。元々彼はルカシェンコ擁護の国営メディアが伝えない情報を伝えるメディアの主宰者だったけれども、彼もリトアニアに追放されていて、去年(の大統領選後の抗議運動の中でも)彼の名を耳にしたことはなかった。その彼が乗っている外国の飛行機を戦闘機を使って強制着陸させて逮捕するなどという国際問題をわざわざ起こす。そこまでしなければならない理由は僕には考えられない。唯一考えられるのは、プロタセビッチを捕まえたかったのではなくて、何か国際問題を起こしたくてプロタセビッチを捕まえたのではないかと思うんですね。では、何で国際問題を起こしたかったのかというすっきりした説明はなかなかなくて、たぶん今月の米ロ首脳会談がルカシェンコは気になっていたのではないかという気がするんですね。
 ベラルーシがこれだけロシアに依存しながら独立ができているのは、ロシアとアメリカ、ロシアとヨーロッパの対立関係の中でうまくコウモリ外交をしているからなんですね。一昨年のトランプ政権末期の頃は、アメリカとロシアの関係が悪かったから、それだったらアメリカの方に近づこうということで、ポンペオ国務長官を首都のミンスクに来させたりとか、ロシアの原油を買ってたのをアメリカから原油を入れてもらうぞとか、何かあるとアメリカに近づこうとするんですね。でも、独裁国家だからアメリカから民主化しろとか何とか言われるんで、そうするとまたロシアに戻ってくると。そういうのを繰り返すことで、ベラルーシはどこの国にも吸収されずに独立できてきたんですね。今回バイデン政権は対ロシア制裁を緩和する様子が見える。政権発足時はロシアにも中国にも厳しかったんですが、どうも重心を中国にしぼるためにロシアに少し甘くするんじゃないかという感じがしている。これはルカシェンコからすると悪夢だと思うんですよ。もし、対中のために米ロが手を結んでしまったら、ルカシェンコとしたらコウモリ外交をする余地が狭まってしまう。そのために米ロ間に何か諍いを起こそうとして…というのが僕の想像ですが、全く根拠のない妄想です。

○「北方領土」問題
 僕は2回北方領土に行ったことがありまして、1回目は2013年に国後・択捉、2回目は2018年にやはり国後・択捉に行ってるんですけど、2013年に行ったとき、ここで暮らすのはきついだろうなと思ったんですね。もうボロボロで廃墟みたいなところでしたし、暮らしている人たちの身なりも貧しい印象でした。ところが、2018年に行ってみると、ピッカピカになっている。インフラもよくなっているし、人々の身なりもよくなっている。2013年の段階でもあちこちで「近代化」は始まっていたんですけど、5年たってみると全然違っているんですね。それから現在3年たってるんで、もっとよくなっていると思うんです。ですから、島の現地住民の感覚からして、日本に併合してもらった方が暮らしがよくなるんじゃないかという感覚は誰ももってないと思うんですね。それに加えて、ウクライナ問題以降のロシア・ナショナリズムの高まりがあって、我々はついに実力で失われたクリミアを取り返したというのが自信になってるんです。
 さきほど領土ってそんなに簡単に返ってこないという話をしました。取られた領土は戦争でもしないと返ってこないと丸山穂高さんが言って大炎上しましたが、彼は言う時と場所を間違えていたけれど、実際には、歴史的、統計的にまちがいとまでは言えない。非常に残念なことかもしれないけど…。ただ、元島民の方たちにああいうことを言うのは許せないと思います。あの人たちは本当にソ連にひどい目に遭って、死んだ人もたくさんいるし、そういう中で生き延びて、現状、ビザなし交流でしか自分が生まれた土地に戻り、お墓参りする方法がない。そういう人たちに何も知らない丸山さんがベロンベロンに酔っ払って、暴言を吐いた末にああいうことを言うのはね、僕は絶対許せないと思っています。でも、実際上、戦争とか軍事力を使わないと…というのはあるんですね。
 実際ロシアの場合、2014年に本当に軍事力を使ってクリミアを「取り返して」しまった。ロシアからすると、我々は力を使って「領土を守った」という感覚なんですね。そのロシアにとって「北方領土」は1945年に合法的に「併合」した領土だ、日本と交渉して返すという選択肢があるか、というと、それはないんですね。もし、「返す」となったら、国内向けにプーチンは説明できないと思います。昨年7月にロシアは憲法改正しました。これ「本丸」はプーチン政権の継続ですが、いろいろと耳障りのよい「おまけ」が盛られていて、その中に領土のことも入っている。絶対に領土は渡しませんというナショナリズム感情に訴える条項が入っているんで、よほどのことがない限りプーチン政権が領土問題で妥協するというのは考えにくいと思います。

○ナヴァリヌイ氏のこと
 ナヴァリヌイは野党活動家と言われますが、彼の「開かれたロシア」という党は国会に議席をもっていないんですね。地方議会には議席があると聞いていますが、彼は野党政治家ではないわけです。彼が知られてきたのは、反汚職(告発)活動家としてというんでしょうか、ロシアの政府高官とか政治家とかが税金を横領して、こんないい暮らしをしているというのをばらすと、しかもそれをYou-TubeとかTwitterなどの新しい時代のメディアをつかって拡散することですごく人気を伸ばしてきた人なんです。
 最初に彼が注目を浴びたのは、2011年の下院選挙でした。大量の不正投票が行われたんですが、それを暴露したんです。不正投票があることはみんな知ってたわけですけど(笑)、隠し撮りされた映像とか、監視カメラの映像とかを入手してきてYou-Tubeで流し、それがfacebookとかTwitterで拡散したんです。当時は当局もインターネットに対するマークがまだ厳しくなくて、野放し状態だったんですけど、実際に事前に不正に用意された投票用紙が投票箱の中にバサバサと入れられるシーンなどが映されていると、さすがにこれはおかしいだろうということで、プーチン政権が発足してから最大規模の反体制デモが起こったんですね。
 ロシアの下院選挙は5年に1回あるので、2011年の次が2016年で、今年2021年9月が次の選挙です。プーチンがこのタイミングでナヴァリヌイを拘束しなければならなかったのはそれが理由だと思うんですね。10年前にプーチンが初めてちょっとやばいなと思うような反体制運動が引き起こされた。昨年、毒殺されかかって注目を浴びる中、満を持してナヴァリヌイは帰ってきた。これは野放しにしておくと何をされるかわからないということで、すぐに拘束したんだろうと思います。

プーチンの権力固執
 今のプーチンの大統領の任期が2024年に切れるんですけど、その先、終身独裁に入るのか、それとも一歩退いて「院政」をしくのかというのは、既定路線ではないと思うんです。このまま経済が悪くて国民の不満がたまっていると、自分は矢面に立たないで一歩引くというのもあるかもしれません。その場合は、国家評議会議長みたいな名誉職に就く。そうすると、彼はもう行政の長ではなくなるし、核兵器のボタンも持たなくなる。そのときに、本当に身の安全を守れるかどうかというのはわからないわけです。名目上にしても治安機関や捜査機関の指揮権が他の人に移ることをプーチンは恐れていると思いますね。
 旧ソ連時代からプーチンと一番うまくやってきたのは、カザフスタンのナザルバエフ大統領(現国家安全保障会議議長)なんですね。2019年から大統領職を退いて「院政」に移ったんですが、トカエフという自分の腹心を大統領にして、自分の娘のダリヤを上院議長に就けた。しばらくトカエフに大統領をしてもらって、いずれはダリヤに大統領職を引き継がせたいと、そういう思惑だったんでしょう。ところが、大統領を退いた途端にダリヤが言うことを聞かなくなる。勝手にトカエフを追放して自分が大統領になろうとするかのような動きをし始めたんですね。ナザルバエフはこれはまずいと思って、トカエフにダリヤを弾圧させるという権力闘争が起こったんです。
 プーチンはこれを見て、やっぱり名目上であっても大統領職を手放すのは危ないと思ったんじゃないか。旧ソ連の一番の親友のナザルバエフがそんな目に遭ってるとなると、これを気にしないわけがないですね。



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