ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「賤しい人民のための政治」

 コロナウイルスの新規感染者が昨日12月12日に全国で3,000人を超えた。死者数の累計は2,446人にのぼる(実際のコロナ関連の死者をすべて網羅しているわけではない)。この国のどこかに明日、明後日にこの統計に上がる人たちがいる。また、その人たちを懸命に看護している人たちもいる。政治の中枢にいる人たちにこうした想像が働かないのは何としたことか。ウケ狙いの卑屈な自称を発して笑っている総理大臣、毎度の言葉遊びのつづきで今度はカルタをつくってしまう東京都知事……。こういう人が国や首都の政治リーダーだというのを情けなく思う。

 昨日のTBS「報道特集」では、文科大臣が11月21日にマスクなしで芸者同席の会食をしていたことが報じられた。この日は三連休の初日。感染者は2,500人を超えていて、政府のコロナ対策会議のあと総理大臣が「マスク会食」を国民に呼びかけた日であった。国民に「接待を伴う夜の飲酒」への自粛が求められている中、文科大臣に警戒心や責任感はないのだろうか。

独自・萩生田文科大臣が芸者と会食【報道特集】 - YouTube


 こういう批判があると、政府の中には、それは「嫉妬」から出ていると思う人もいるらしい。「(俺たちは我慢してるのに)自分たちばかりいい思いをしてずるい」と文句を言っているだけだと。だから、「こういう連中は、おこぼれを与えてやればすぐに黙る」、「どうせ金目当てだ」と考えるのだろう。実際にそれで口を閉ざす者、飼いならされる者だって少なくない。だから、今、こうなってるとも思う。
 Go to にも同じ発想があるだろう。Go to トラベルでふだんは泊まれないような高級ホテルや旅館に泊まれるなら、これを使わないのは損だという人がいる。しかし、そもそも Go to の原資は税金である。公金を使った旅行で自分が感染リスクを負うばかりでなく、周りに感染を拡げ、結果として医療を逼迫させる―—こうしたことを一顧だにしないとすれば、「(国民だって)どうせ金目当て」だと思われてもしかたない。「賤しさ」は嫉妬につながっている。

 “賤しい人民の、賤しい人民による、賤しい人民のための政治”——日本の政治の原動力をこの「賤しさ」だけで説明しようとは思わないが、このコロナ感染急拡大を前に、政治の中枢は他になす術がないのだろうか。「きれいごとを言うな」「お前だって同じだろう」という声が聞こえてきそうだが、ことさら「きれいごと」だけを言っているつもりはない。政治理念がどうのというよりも、そういう「空気」の中で暮らすことに苦痛を感じる人が、自分も含めて、たくさんいるからやめた方がいいと言っている。政治が優先すべきことはもっと別にあると思う。

 ひとつだけ、ある外科医のTweet

 現場のほとんどの人たちが声をあげられていない。
 医療は国民全員にかかわるもの。
 働いても働いても背中から国に撃たれるその人たちの分もどうか一緒に声をあげてもらえませんか。

 憲法軽視、法律軽視、国会軽視、公文書軽視、
 そして命の軽視。
 自公政府の倫理、良心の欠如による不祥事は全てがつながっている。
 政治は人を思いやることから始まるのではないか。

 
https://twitter.com/hiroshiok531/status/1337653414772215808
https://twitter.com/hiroshiok531/status/1337650894318555136


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