ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

若者搾取 あるいは 世代循環の危機

 オーストリア在住の研究者・中川まろみ氏の4月10日付の記事が「現代ジャーナル」にある。おぼろげに感じていたことを文字(文章)にしてもらったような感じがある一方、それは気重な “事実” の指摘でもある。

「シニア世代」が「若者世代」を搾取する…研究業界に見る日本社会の危機(中川 まろみ) | FRaU

 中川氏は、日本から届いたあるメールに愕然としたという。
――現在、本研究領域で将来構想を進めているが、10年後、20年後に業界の中核を担う40歳以下くらいの若手の参加が大切になるので、参加を促して欲しい。
 何も知らない人からすると、年長の研究者が世代循環を促す内容に思えるが、研究業界の実情をふまえると、このメールは若手への無責任さに溢れているという。40歳以下の日本の若手研究者がおかれている状況を、メールの主はどう考えて、「10年後、20年後の中核を担う」とか「参加を促して欲しい」と述べているのか。そこに「無責任さ」はないのか、というのだ。

 小生が大学にいた頃もすでにポスドクの問題は顕在化していた。博士課程を終えても大学や研究機関の類に就職先が見つかることはほとんどなく、何年もアルバイトや非常勤職で食いつないでいくのがすでに研究者の倣いのようになっていた。教授の「助手」のようにこき使われて、それが何のキャリアにもつながらないような人も多く見た。ほとんど徒弟制度の世界でありながら、「職人」や「親方」にはなれないのである。しかし、研究者というのはそういうもので、そうしたリスクを負うのは当然のように思われていた。今、これを「当然」と言うには、あまりにも「惨状」が進み過ぎている。しかも、現在、これは研究者を目指す若者にだけ特有の問題にはなっていない。それを(小生も足がかかっている)「老害」と呼ばれる世代はわかっているかということだと思う。

 以下、中川氏の記事の終わりの部分からの引用。

……現在の日本の研究業界では、基盤的資金の削減が若手から長期職に着くチャンスや実績を積み上げる体力を奪い、競争的資金の増強が若手から実績を積み上げるチャンスをも奪い、結果として、既に安定した職を得て実績も築いている研究者ばかりがさらに実績を積み上げられるという「若者からの搾取」の構図が出来上がっている。
何よりも残念なのは、影響力のある立場の研究者たちからこうした若者が置かれている惨状を改善する動きが起こらないことだ。一部のノーベル賞受賞者などが訴えてはいるが、実績のある研究者たちの多くにとって、自身の不利益にはならないこの若者搾取の構図を改善することは優先事項ではないのだ。
冒頭で紹介したシニア研究者のメールを「無責任」と感じたのも、まさにこの点についてだ。10年後、20年後に業界にいられるかも分からない状況にある若手に対して、若手から搾取している立場の者が、その搾取の構図を変えようと動くこともせず「10年後、20年後に業界の中核を担う若手」という表現を使うことは無責任以外の何ものでもない。
業界の将来構想としていま考えるべきは、若手がなぜ将来構想に参加できないのか、である。将来に対して心配すべきは、若手からチャンスを奪うだけ奪った果ての業界の姿ではないだろうか。

日本社会の基盤が崩れはじめている
若い世代が搾取され、世代循環を起こす基盤作りの機会をも奪われる。これでは世代循環は起こりようがないし、業界を持続させることも難しい。そしてこのような世代循環の問題は、研究業界に限った話ではない。
社会全体を見ても、例えば30年前には20%を下回っていた非正規雇用の割合が現在では40%に迫ろうとしているが、年代別に見ると35歳までの若い世代の割合がそれより上の世代の2倍以上速いペースで増加している(総務省労働力調査」より)。日本社会における世代循環の基盤は次々と崩れてきているのだ。
今の日本社会は、性差別、障害者差別、外国人差別など未だに根強い様々な差別や、非正規雇用の割合にも見える広がり続ける格差、また他国に比べ明らかに後手に回るコロナ対策など、多くの面で行きづまり感が強い。このまま世代の循環が遮断され続ければ、日本社会は近い将来、社会を維持・発展させていく機能を根本から失ってしまうのではないだろうか。

追記:今朝、松山英樹選手がマスターズ・トーナメントに勝利した。大変よい報せだ。勝利後の彼の喜びの表現が控えめなのは、コロナのせいばかりではないだろうが、いつかこの日が来ると多くの人が思っていた。
 報道機関には、願わくば、海外で活躍する日本の若いスポーツ選手にはらう敬意と同様に、同じ世代の若者たちにも配慮を忘れず、若者世代がこの国で笑顔で暮らしていけるよう、政治や社会への提言を続けてほしいと思う。

 

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