ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

大谷選手の責任

 昔はスポーツをするのも見るのも好きでした。個人種目はあまりやりませんでしたが、団体種目は、野球にしろサッカーにしろ、みんなで一緒に遊ぶ競技は楽しかったし、大会やイベントが近づくとワクワクしたものです。しかし、だんだんと年季を重ねて、スポーツビジネスとか愛国心とか、背景にうごめく力の存在が見えてくると、以前のように「純粋」に楽しめなくなってきました。コロナの禍中に開催された先の東京オリンピックなどは典型的で、政治的(経済的)な諸力の存在感があまりに露骨で、小生個人にとってはかなり「決定的」な出来事であったような感じがします。

 米国大リーグで活躍中の野球界のスーパースター、大谷翔平選手の元通訳・水原一平氏のギャンブル依存に端を発した違法賭博事件は、今もメディアの注目を集めています。ご存じのとおり、水原氏は大谷選手の口座から1700万ドル近く(約26億円)という巨額の金を負債の穴埋めに送金し、「銀行詐欺」などの罪で米国の検察に起訴されています。昨日は、水原氏が起訴内容を認めたというニュースが流れました。
水原一平元通訳 起訴内容認める ドジャース 大谷翔平選手が声明“事件に終止符を”量刑は10月言い渡しへ | NHK | 事件
元通訳の水原被告、巨額を盗んだ罪認める 大谷選手「終結迎えた」(1/2) - CNN.co.jp

 しかし、釈然としません。大谷選手は会見で水原氏が自分の口座から金を盗んだと言いました。普通に考えたら、これは「窃盗」に当たります。もし、水原氏が大谷選手の銀行口座の「管理」を任されていたとすれば「横領」かもしれません。いずれにしても被害を受けたのは大谷選手です。カリフォルニア州の法律に窃盗の罪がないとは思えませんが、「銀行詐欺」(あとは税務の虚偽申告)が水原氏の罪状だとすると、大谷選手が受けた「被害」の罪は問わなくてよいのかという素朴な疑問をもちます。
 この事件が発覚した直後、水原氏はメディアの取材に、「(大谷選手が)私を助ける」と言ってくれて、二人で大谷選手の銀行口座から何回かに分けて50万ドル(約7500万円)ずつ電信送金をしたと説明したということでした。しかし、翌日になると、ウソを言ってしまったと前言を翻しました。実際はどうだったのか、事実を究明しようとする報道は当初の日本でもありました。しかし、シーズンが始まり2ヶ月余りが過ぎた今、そうした報道や記事は、大谷選手の日々のプレーにかき消されるように、ほとんど目にしなくなりました。
《会見後も止まらぬ米国内の“大谷責任論”》開幕当日に“急襲”したFBIの狙い、次々と記録を塗り替えるアジア人へのやっかみも|NEWSポストセブン

 大谷選手は昨日「前に進む時期が来た」と表明しました。自身にとっても辛い日々が続いたであろうと想像します。そんな中でもこれだけの数字を残しているのですから並大抵の精神力ではありません。しかし、「真実」はどうなのか。
 大谷選手が移籍に際して、自分に17番の背番号を譲ってくれた選手の奥さんにサプライズでポルシェを贈ったというニュースを聞いたとき、何となく違和感をもちました。選手を夫婦で食事にでも誘って、感謝の気持ちを伝えるくらいで十分なのでは、いくら奥さんが大のポルシェ好きだといっても、そこまでしたらかえって恐縮というか迷惑なのでは、と思ったのです(それはまったく失笑すべき日本の田舎人の感覚でした)。しかしもし、その金銭感覚(と気前の良さ)の延長上にこの水原氏の違法賭博があるとすると、大谷選手が「一平さん、何やってんのよー、しょうがないなあ」と「穴埋め」をしたとしても不自然さはありません。自分の知らないところで他人が金を動かせば窃盗でしょうが、「知って」いれば窃盗(罪)にはならないということでしょう。銀行は、大谷選手だと思ったから口座から(違法業者へ)の送金業務を請け負ったのであって、本人でなければそんなことはしなかった、だから「銀行詐欺」罪が成立だと。これは単なる想像です。しかし、どなたか、水原氏が窃盗罪に問われない理由や意味を説明してくれる人が出てきてくれないと、小生のこのモヤモヤ感は払拭されないのです。

 昨日はトヨタなど自動車大手5社が国の認証試験をめぐり不正を働いていた事件の報道もありました。トップが公式に謝罪会見はしましたが、どこまで悪いことをしたと認識しているか疑わしい感じがしました。豊田章男会長などは、トヨタは国より厳しい独自基準で試験しているから安全上の問題はない、これを機会に日本の自動車業界の競争力向上に向けて、制度の議論になるとよいと述べたということです。「うまく回ってるのに小さなことで水を差すな」――(大きな)事故が起きていなければ「不正」をしてもいいということでしょうか。トヨタが正式なリコールの届けをしないで、たびたび不具合部品の交換で済ませてきた過去を知る者としては、この発言には慢心を覚えます。トヨタも三菱のように、いずれ大きな事故を起こしはしないかと不安になります。
社説:トヨタなどで認証不正 おごりが招いた法令軽視 | 毎日新聞

 大谷選手の報道にも同じものを感じます。彼が活躍すれば絶大な経済効果が及びます。関西大学の宮本勝浩名誉教授の試算では865億円かあるいはそれ以上で、これは、阪神の優勝経済効果(約872億円超)に匹敵する額だそうです。それだけ富を追い求める者が周りに蠢き集まるということでしょう。彼に去年と同じようにプレーをさせろ、水原が悪い・大谷は悪くない、大谷は被害者だ……と、そんな流れがつくられてしまった感じがします。もし、大谷選手自身が「僕にも責任がある、責任をとりたい」と言い出したとしても(おそらくそう言ったのではないかと想像します)、巨大な「圧力」はそれを許さず、彼の善意や良心が歪められてしまったかもしれません。あるいは、メディアもこの事件報道では一部沈黙させられているかもしれませんし、真実を知りたい我々も情報統制(操作)されて必要な情報を得られていないかもしれません。大谷選手が打って、走って、観衆を喜ばせるたびに、モヤモヤした感じを抱くというのは不幸なことです。みんなが喜んでるんだからいいじゃないか。「うまく回ってるのに水を差すな」と――わかってはいますが、モヤモヤを払拭できるのは「真実」だけです。もし、「真実」を伝えられない、あるいは「真実」を知りたくない世相や社会だったとしたら、そこには何が待っているのかと考えてしまいます。


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