2009年から導入された教員免許更新の講習の見直しについて、春から中央教育審議会(中教審)で議論が進んでいる。小生はすでに学校から離れているが、もし、非常勤講師として勤めることにでもなれば、旧免許は有効らしいが、更新講習を受けなければ授業をさせてはもらえない。
ところが、この講習がけっこうな負担というか、まず、受講先の大学を確保することからして大変で、受付開始スタートに合わせてインターネットで申し込みをしようとしても、運が悪いとすぐに定員が埋まってしまう。都市部にお住まいの先生方は他にも大学はあるかもしれないが、小生のような地方の田舎に在住する者にとっては、悠長に構えていると、どんどん受講会場が遠くなってしまう。講習に何回かは通わないといけないとなると、その分費用もかさんでしまう。
で、ようやく受講先が決まっても、「夏休み」中の一定期間を講習のために確保するのがまた難儀で、インターネット講習を含めて30時間など、実際上、1週間くらいでは完結しないので、他に業務のしわ寄せがいくのは避けられない。
以上は、身近で悪戦苦闘していた先生方の話である。巷で思われているほどには、学校の「夏休み」中、職員が暇ではないことも、現職の先生方に成り代わって述べておきたい。
報道によれば、文科省が現職教員2,100人余に行ったアンケートの結果が公表され、更新講習の内容が「役に立っている」と考える教員は3人に1人、受講に要する費用や時間に負担感を覚える教員は8割を超え、自由記述欄に回答があったものの半数以上は「制度自体を廃止すべきだ。制度に意義を感じない」という趣旨だったという。
教員免許に10年の期限「廃止して」 現場から多数の声:朝日新聞デジタル
なぜ、教員免許の更新が必要なのか。文科省のHPには、その「目的」がこう書かれている。
教員免許更新制は、その時々で求められる教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すものです。
※ 不適格教員の排除を目的としたものではありません。
「定期的に最新の知識技能を身に付けること」が必要な職業は〝教員〟に限った話ではない。〝教員〟の代わりに〝医師〟や〝弁護士〟…といった任意の専門職を当てはめても、それなりにこの文章が読めてしまうように、これが欺瞞なのは明らかである。問題は※印である。「不適格教員の排除」をことさら否定しているが、導入された時代状況や経緯からして、これがまったく意図されていないわけがない。本来の「目的」は、むしろ、こちらの方だったのである。
(負担の一因? 「教員免許更新制」はなぜ導入され、どこに向かうのか(オトナンサー) - Yahoo!ニュース)
しかし、「不適格教員」かどうかを判断する「しかけ」をうまく導入できなかった。これは当たり前である。教員以外の他の専門職に当てはめてみても、「不適格な医師」、「不適格な弁護士」……等々、いるかも知れないが、どうやってそれを特定し、かつ、「認定」するか、「不適格」な行動を示す前の段階でそれを判断するのはほとんど無理と言っていい。そうした基準やしくみについて議論を深める前に導入だけを優先したため、結局、長時間の講習(研修)だけが残された――これが「雑」な制度設計になったそもそもの原因と思える(ここでは「不適格教員」排除の是非はおく)。
不公平や不公正もある。たとえば、校長・教頭・主幹教諭は免許更新が免除される対象になると文科省のHPに公式に示されている。校長や教頭は「定期的に最新の知識技能を身に付ける」必要がないのだろうか。前に一度、放送大学の「免許更新講習」の講座を15回分試しにすべて視聴してみたことがあるが、事故や災害時の生徒の保護や学校管理の話が多く含まれていて、一般教員よりも管理職(校長・教頭)が見た方が有益なのではないかと思ったものだ。
それから、これはたぶん非公式な話なのだが、特定の競技種目の部活動で全国大会に出場した学校の顧問(監督)は、申請すれば、これも更新講習が免除されるという話を直接該当者から聞いたことがある。たとえば、高校野球で甲子園出場を果たした学校の監督を務めた教員は、更新講習が免除されるというのだ。部活動の指導実績(?)と「(教育の)最新の知識技能」の習得に何の関係があるのだろうか? まったく不可解で、公平・公正さを欠いている。
かような「上級国民」ならぬ「上級教員」優遇の実態をひとつとっても、この講習を何のためにやるのか(続けるのか)、制度設計した側も説明不能、意味不明に陥っているのである。
文科大臣は一刻も早く「英断」をくだし、良識ある先生方を「桎梏」から解放するよう強く望む。
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