ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「見たいものだけ見る政治」 宮台真司氏談

 塩野七生さんは『ローマ人の物語』(全15冊)の2分冊にカエサルを充て、その「思い入れ」を存分に書いていた。カエサルの“名言”として、塩野さんは「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。 多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」を引いていたが、これはカエサルの言葉そのものというよりも、おそらくは塩野さんの「カエサルびいき」の所産で、もともとの一文は『ガリア戦記』第3巻第18節の「ほとんどの場合、人間たちは、自分が望んでいることを喜んで信じる」だろうという指摘がある。

https://nikubeta.hatenablog.com/entry/20070624/p1

 とすれば、作家・塩野七生も「見たいように」カエサルの言葉を見た(読んだ)ということになり、ますますこの一文、真理の一端をついている気がしてくる。

 昨日読んだ、社会学者の宮台真司氏のインタヴュー記事「「見たいものだけ見る政治」支えた国民意識」にも同じものが見える、と言ったら、少々雑な物言いだが、アベ政治の8年間は決して短期間ではなく、「8年前」と「現在」とではけっこう大きな変化があると思っているので、その間、国民(意識)はアベ政治を支えながら同時にアベ政治に毒されて変化を遂げてきたのではないか。氏の言う「多くの国民」にそういう「変化」がどれだけ織り込まれているか、読んでいてそこに少々疑念を感じないではなかった。ただ、その「国民」が「見たくないもの」=現実の分析については大いに同感する。

 以下に部分引用する。(聞き手 高久潤氏)

「見たいものだけ見る政治」支えた国民意識 宮台真司氏 [安倍首相辞任へ]:朝日新聞デジタル


 ――安倍政権が終わることを「残念」と評していると聞きました。

 「総裁選も含めて今の政治で起きているのは、『沈みかけた船=日本社会』の中の座席争いです。どちらにせよ沈むなら、だらだらと沈むよりも、加速度的に沈む方がよい。人は、変化そのものよりも変化率の変化に反応します。熱湯に入れられたカエルはすぐ逃げ出すのに、水温を徐々に上げると、死ぬまで温度の変化に気づかない――。『ゆでガエル』の寓話(ぐうわ)が知られますが、それです。沈み方が一定だと『ゆでガエル』になります。だから『安倍政治』の継続を望むと語ってきました」
 「安倍政権下で日本社会の『劣化』は予想通り進みましたが、多くの日本人は『見たいものしか見ない』。劣化の現状が認識されていません。ならば、何らかの弥縫(びほう)策で対応するよりも、加速度的に悪くなって底を打った方がいいでしょう」

 ――安倍政権の7年8カ月で、株価は上昇し、低失業率を維持しました。好景気も戦後2番目の長さで続きました。それでも「劣化」ですか。

 「安倍政権はそのように『結果』を自画自賛し、メディアもそう報じてきた。しかし『結果』を強調するならば、なぜ一部の経済指標だけに注目するのか。国民の所得は、1997年以降ほぼ一貫して低下しています。OECD経済協力開発機構)諸国でそんな国は日本だけです。個人の生活水準の指標である1人当たりの国内総生産GDP)は、2018年にイタリアと韓国に抜かれて世界22位になりました。日本の最低賃金の低さはOECD諸国の平均の3分の2にも満たない。失業率の低さは非正規雇用の増加で『盛った』ものでしょう。経済指標だけに注目しても、『盛れない』数字はこれだけあります」
 「一方社会の健全さを示す社会指標に目を向けると、もっと悲惨です。日本青少年研究所の14年高校生調査では、『どんなことをしても親を世話したい』割合は中国88%、米国52%、日本38%。『親をとても尊敬している』割合は米国71%、中国60%、日本38%。『家族との生活に満足している』割合は中国51%、米国50%、日本39%。家族が空洞化しています」
 「それが自意識にも強い影響を与えます。同調査では『私は人並みの能力がある』について『とても』と答える割合は米国56%、中国33%、日本7%。『自分はダメな人間だと思うことがある』を肯定する割合は米国45%、中国56%、日本73%。子どもについてユニセフ(国連児童基金)が今年公表した幸福度調査では、先進・新興国38カ国の下から2番目です」
 「結局、社会の穴を、一部の『盛れる』経済指標で見えにくくしているだけです。実際、総裁選の候補者が語るのも、おおむね経済の話ばかりです。社会のひどさに注目する候補はいないのだから、誰がなったところで安倍政治と大差のないものが続くでしょう」

 ――辞任を発表する直前まで、安倍政権の支持率は下がっていましたが、それまでは一時的に下がってもまた持ち直し、選挙にも勝ち続けてきました。そんなに社会がひどいなら、なぜ支持されてきたのでしょう。

 「『野党がだめ』『選挙制度が与党に有利』といった要因はあるでしょう。でも小さな話です。本質的な問題は、一部の経済指標だけに注目して語る安倍政権のあり方は、多くの国民の意識のあり方と同じだということです。『見たいものだけを見る』。国民の意識がそうなっていて、安倍政権はそれに乗っただけです。これは政権にだまされている、という類いの話ではありません。現代日本のあり方に起因します」

<中略>

 ――見たいものしか見ない路線は政治だけではないと。

 「多くの国民もそうです。安倍晋三首相とは、そういう意味で、いまどきの日本国民を象徴しています。安倍氏本人は『戦後レジームからの脱却』と言ってきましたが、安倍首相こそ『戦後レジーム』的な政治を象徴していた、という笑い話が典型的です」
 「確かに憲法改正はしたかったんでしょう。僕も改憲論者だからわかります。ですが、あくまで米国が許す範囲での日本の安全保障で、安全保障のあり方を抜本的に考え抜いていない。『米国は味方だ』という気分だけが根拠なので大統領が変わる程度で振り回されます」
 「そもそも日本の戦後政治の右左はイデオロギー対立に見えて、右は『米国が許してくれる範囲での愛国』で、左は『米国の核の傘のもとでの護憲平和』です。対立しているように見えて、思考停止的な米国依存が共通しています。安倍氏が『戦後レジーム脱却』と言いながら、米国のトランプ大統領との個人的な関係を、聞いているこちらが恥ずかしくなるほど強調していたのをみるたびに、脱却どころかいかにも『戦後レジーム的』だと感じます」

 ――安倍氏に反発する人も少なくありませんでした。

 「反安倍の多くを占める護憲平和の左は、右が『対米従属の枠内での安全保障』しか考えないのと同じで、『米軍に守られた護憲平和』に過ぎません。その負担を沖縄に押し付けて平然としています。右も左も同じ穴のムジナ。『自意識による粉飾』を受けた『戦後レジーム』です」

 ――首相が代わることで、何が変わるでしょうか。

 「変わらないでしょう。日本社会は明らかに格差が広がり、分断も進み、閉塞(へいそく)しました。しかし、その社会的な亀裂は、政治家と市民の粉飾された自意識ゆえに、政治的な課題として認識されることはありません。安倍か反安倍かとか、右か左かは日本社会の本当の分断と重ならない『戦後レジーム』ののんきな営みです」

 ――では、そうした社会の分断と重なる対立軸を設定すると、何になりますか。

 「挑発的な言い方をすれば、『クズかまともか』です」

 ――えっ?

 「未来世代のことも考えず、自意識ゆえに社会の悲惨さを直視できない人間と、真実を直視できる人間。自意識のベールにくるまれたままで感情的に劣化した人間と、そうではない人間との対立です。僕はその対立にだけ、未来を開く鍵があると思っています」


<以下略>




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