ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「学歴詐称」 白黒をつけない政治

 小池百合子東京都知事の「学歴詐称」問題が喧しい。これを扱った記事はあふれているので、ここでは特に取り上げないが、「公人」たる東京都知事の学歴にウソがあるとすれば問題なのは確かだ。人によっては、他人の学歴なんぞに興味はないし、カイロ大学を卒業してようがしてなかろうが、政治家の資質と直接関係ないのでどうでもいいと考えるかも知れない。小生も「どうでもいい」派の一員だと言いたいところだが、これは大学卒業の有無を問うているのではなく、むしろ、ウソをスルーさせることの是非を問題にしていると考えるべきだ。それでなくともこの国は総理大臣の数々のウソがまかり通ったばかりに、ウソをつきたくない人まで巻き込まれてウソを吐き続けなければならない状態に陥っている。政治家にウソはつきものなどと苦笑している場合ではない。そういう事なかれ主義の寛容さが国家や個々の人間の根幹を腐らせているのだから。

 小池都知事学歴詐称を暴露した本がすごい勢いで売れているという。書かれていることが嘘っぱちなら名誉棄損である。これから選挙を控える小池都知事側にとってダメージは小さくない。当然この本の著者や出版社を訴えるべきである。ところが、都知事のやっていることはひたすら「無視」である。そんなばかばかしい話、まともに相手にしてられますかというところだ。これは安倍首相の対応とよく似ている。森友学園の籠池理事長は、国会の証人喚問で、安倍昭恵夫人から「安倍晋三からです」と言われて100万円の寄付を受けたと証言したが、安倍首相はこれを否定はしても、偽証罪で籠池氏を訴えるなど、それ以上のことはしない。私は総理大臣の職が忙しい、とか、訴訟準備に時間をかけては国民に迷惑がかかる、などとはぐらかしながら、そのうち世間は忘れるだろうというわけだ。………しかし、こういう手法が繰り返され、ウソの上にウソを重ねた結果、検察庁のトップに自分の息がかかる人物を据えてしまおうなどという違法な発想が出てきたとしたら……。自分のウソがばれないように法律や国会機構を変えてしまおうとする画策、暴挙、まさに「国家の私物化」の現れである。

 ものごとの白黒をはっきりつけることを日本の人は厭う傾向があると言われる。対立を避けて阿吽の呼吸で対処する、お互いが過度に傷つかないように配慮する……そういうのが「美徳」とまで称賛されることがある。もちろん対等な人間同士であればそれも悪くはないだろうが、こと権力者に向き合う国民の姿勢としては好ましくない。黒だと言わなければ、権力者は白で通そうとするだろうし、NOと言わなければ、権力者はこれはYESで、国民から信任を得たと言うだろう。対権力者については白黒をつけなければならない。この前のTwitterデモ「#検察庁法改正案に抗議します」のような意思が示されれば、権力者も自己都合だけでは動けなくなる。ひとつひとつ意思を明確にする訓練というか経験を市民的に蓄積させていくことが大事だと思う。この間、政治家たちの諸々のウソによって政治不信や無関心がだいぶ沈殿してしまっているが、まだまだ打開する可能性はある。何とか溜飲をさげられるように。


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