今朝のニュースで韓国で「非常戒厳解除」という見出しを見て、はて?何のことかと思っていたら、昨晩韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が緊急のテレビ演説で「非常戒厳」を発したことを知りました(夜は早めに床に就くので全然知りませんでした)。大統領曰く、今韓国の国政は「麻痺状態」にあり、北朝鮮の共産勢力の脅威から韓国を守るためだということですが、これに対する韓国国会や市民の動きも急で、国会は今日未明に非常厳戒の解除を求める決議案を可決し、市民も大勢国会前に集まって反対の意思表示をしました。その結果、尹大統領は今朝解除を発表し、「非常戒厳」は一晩で終わることになりました。小生みたいにボーッとした人でなくとも、何か悪い夢でも見たような気分かもしれません。
【速報中】韓国大統領 非常戒厳を宣布 解除 高官ら一斉に辞意 | NHK | ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領
尹大統領はどうしてこんなドタバタ劇を起こすことになったのか。BBCは次のように伝えています。
韓国大統領「非常戒厳」を宣布、国政がまひ状態と 国会の要求受け解除を表明 - BBCニュース
選挙で与党大敗、支持率低迷
今年4月の総選挙で与党が大敗して以来、尹大統領は政策実行に必要な法案を議会通過させることができず、逆に野党が可決する法案に次々と拒否権を行使せざるを得ない状態に陥っていたと、BBCのジェイク・クウォン記者は指摘する。
さらに大統領をめぐっては、妻・金建希(キム・ゴニ)氏に関するスキャンダルが相次ぎ、政権支持率が下がり続けていた。野党は、金氏に対する特別検察官による捜査を立ち上げようとしていた。
最近では、政府と与党が提出した来年度予算案を、野党が大幅に減額して単独可決した。大統領は予算案に拒否権を行使できない。さらに野党は、金氏を立件しなかった政府の監査トップなど政府幹部への弾劾訴追を次々と発議している。
クウォン記者は、尹大統領はこうした状況を受けて、「反国家」勢力が国をまひさせようとしていると主張し、秩序回復のためだとして非常戒厳を宣布したのだと説明した。
何とも政治的な「非常戒厳」という印象です。しかし、これは隣国の出来事とはいえ、わが国も無縁ではない感じがします。自民党らが憲法改正案に盛り込もうとしている非常事態条項がこの国で発せられたと想像すると、同じ状況を彷彿とさせます(日本の人たちが韓国の人たちと同じように行動するかどうかはわかりませんが)。今朝のテレ朝の「モーニングショー」で玉川徹さんも同じ趣旨のことを述べていましたが、緊急事態条項は、(テロや災害といった)「緊急事態」に際し、一時的に政府や国会に強い権限が与えら、国民の諸権利が制限される根拠となる規定です。単純に言えば、内閣が出した「政令」が法律と同じ効力をもつということで、本来国会審議を経なければならない法律を、内閣の一存で決められるわけです。これは一時的とはいえ、内閣(総理大臣)による独裁です。「独裁」という言葉が嫌忌されるなら、「非常大権」とか何とか表現を変えてくるかもしれませんが、同じことです。
昨日のブログで少し触れましたが、第1次大戦後のドイツでは憲法で大統領にこの「大権」が認められていました。曰く、
……大統領は、ドイツ国内において公共の安寧と秩序が著しく阻害され、あるいは脅かされるときは、公共の安寧と秩序を回復させるために必要な措置をとることができ、必要な場合に武装兵力を用いて介入することができる。この目的のために、共和国大統領は一時的に……人身の自由、……住居の不可侵、……信書・郵便・電信電話の秘密、……意見表明の自由、……集会の権利、……結社の権利、……所有権の保障に定められている基本権の全部または一部を無効にすることができる。……と。
そして、当初は主に治安対策として発動されていた「緊急事態条項」が、やがて、法律に代わるものして乱発されていきます。1930 年代のドイツで国会が紛糾し、なかなか国会の立法機能(責任)が果たせなくなると、大統領はこれを「緊急事態」と捉え、緊急令を度々発動して対処します。当時のドイツの首相は国会に多数の基盤をもたなかったため、大統領大権に依存して局面打開を図っていたのです。まさに恣意的運用です。国会内の協議によらず最終的には大統領令で決まるのですから、国会はますます軽視・見放され、「国会不要論」も現れる始末です。ドイツの議会政治は行き詰まります。こんな状況で国民から支持を集めたのがナチだった……というわけです。
https://cpnet.bona.jp/data18/180126_1.pdf
これも日本の今の政治状況に重なる面が出てこないかと想像します。石破内閣は少数与党で、国会議員の多数派の裏付けはありません。今までのように一方的な多数決で物事を決められない状態は、望ましいことではありますが、たとえば、政治資金規正法の再改正ひとつをとっても、企業団体献金の取扱いをめぐって、様々な思惑や駆け引きが見え隠れして、すんなりと決まりそうには思えません。やがて「国会は与党も野党も何をやってるんだ!」「もう『決められない政治』にはうんざりだ!」――そんな声が大きくなり、議会への失望の声が、やがて「非常大権」や「緊急事態条項」もやむをえないという空気を醸成していく、そうした下地になっていくことがありはしないかと危惧します。
「非常事態令」とは結局のところ、国民の危機というよりも、発する側の「危機」や「保身」にもとづく、「政敵」の排除(逮捕)だったりすることが多いわけで、過去の歴史はそう教えているように思います。
本当は5年前にアフガニスタンで亡くなった中村哲さんのことを書くつもりでしたが、なりゆきでこうなってしまいました。あらためてご冥福をお祈りし、手を合わせます。
医師の中村哲さん銃撃から5年 アフガニスタンの用水路で通水式 | NHK | アフガニスタン
「命の水」送った中村哲さん、市民の心に今も 記録映画が各地で上映(毎日新聞) - Yahoo!ニュース