東京商工リサーチによると、今年1-8月に全国で休廃業・解散した企業は3万5,816件(前年同期比23.9%増、速報値)で、このペースが続くと、年間5万3,000件を突破し、2000年に調査を開始して以降で最多だった2018年(4万6,724件)を大幅に上回り、6万件を超える可能性も出てきたとのこと。コロナ禍が長期化するなか、休廃業・解散の増加は避けられないだろうとしている。
2020年1-8月「休廃業・解散企業」動向調査(速報値) : 東京商工リサーチ
このタイミングで、スガ首相は「中小企業基本法」の見直しの検討を打ち出している。中小企業の定義を変更し、税制上の優遇措置や補助金の対象をしぼろうというのだ。例えば製造業では、資本金3億円以下または従業員300人以下が税制上の優遇措置を受けられる企業で、これらの企業は「定義」から外れないよう規模拡大に消極的で、生産性向上を阻害しているから、優遇対象をしぼり込み、外れた企業の再編や経営統合を促進しようというわけだ。「淘汰」される企業は当然増える。それだけでも大問題だが、それだけにとどまらない。実際、政府内からも、性急にことが進めば、経営難に陥る企業が続出し、地域経済に悪影響が出ると懸念する声が上がっている。
2020年1-8月「休廃業・解散企業」動向調査(速報値) : 東京商工リサーチ
これは、コロナ禍の真っただ中にある今のタイミングで前のめりになる政策ではないはずだが、自民党の中には、「(中小企業に限らないようだが)つぶれてもいい」と思っている人もいるようで、
「もたない会社は潰すから」 - ペンは剣よりも強く
「いい機会だ」とばかり、むしろこれを積極的に推し進めようと画策しているのではないかとさえ思う。
広範囲の中小企業つぶしにつながりかねないこの政策判断で、スガの「知恵袋」になっているのは、ゴールドマン・サックスのアナリストで現在小西美術工藝社の社長を務めるデービッド・アトキンソン氏だという。スガが直接指南されているかどうかはわからないが、彼のインタヴューを読むと、スガがアトキンソン氏の「構想」をそのまま踏襲しようとしているように見える。
「市場競争原理」というのはひとつの立場だとは思うが、その結果、勝者と敗者が現れても、「だからしょうがない」という「強者の論理=敗者切り捨て論」が幅を利かせる。しかし、それだけでは、社会が立ち行かないのは明らかだ。また、こういう論理が横行するところには、経験上、必ずと言っていいほど自由競争のルールから外れた(=優遇された)“ハゲタカども”がつきまとうのも大きな問題だ。
ともかくも、今瀕死の状態にある日本の中小企業はまず救済されるべきであって、その多くに追い討ちをかけるような政策判断には、早々にNoの声を上げていかなければならない。
以下、「ブックコラム」2019年12月5日付のアトキンソン氏へのインタヴュー記事「日本は中小企業が多過ぎる」から引用する。
※太字・下線 は当方が施したもの。
「日本は中小企業が多過ぎる」 D・アトキンソン氏|ブック|NIKKEI STYLE
――ゴールドマン・サックスのアナリストとして1990年代から日本経済の分析を続け、日本の不良債権問題の実態を暴いたり、観光立国としての可能性を提起したりと、数々の実績を残してきたデービッド・アトキンソンさんの最新刊は『国運の分岐点』。副題は「中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか」とショッキングなものです。執筆のきっかけは。
90年に来日してから30年にわたり日本経済を分析してきましたが、今の日本の状況、そして未来に強い危機感を持っています。人口減少、高齢化による社会保障費の増大、自然災害リスクなど多くの試練に直面しているにもかかわらず、現状についての客観的な調査・分析が全くなされていない。
私は英オックスフォード大学時代から日本経済を研究し、日本文化にも長年親しみ、現在は日本の文化財を守るための会社の経営者を務めています。日本の素晴らしさも、潜在能力の高さもよく知っています。だからこそ、この未曽有の危機を前にして何の対策も打たない現状を黙って見ていることはできないのです。時代の変化に対応した、新たな国のグランドデザインを描く必要性を多くの人に理解してもらいたいとの思いで、この本を書きました。
――日本が低成長とデフレから抜け出せない原因として、人口減少と生産性の低さを挙げています。
経済成長は主に人口と生産性の2つの要因から成ります。日本は90年代から人口が減っているだけでなく、国際的に見た生産性の水準も大きく低下してきました。
日本で「生産性」というと、利益水準や残業時間の話だと捉えられがちですが、生産性とは通常、「国民1人当たりのGDP(国内総生産)」のことです。国際通貨基金(IMF)のデータを基に計算した日本の1人当たりGDPは4万4227ドル(2018年、購買力平価ベース)で世界28位。米国(6万2606ドル)やドイツ(5万2559ドル)を大きく下回り、先進国としては最低水準です。賃金水準も低迷しています。この20年間で先進国の給料は約1.8倍になっているにも関わらず、日本は9%も減っているのです。
一方で、技術力や人材の質では、日本は今も高水準にあります。世界経済フォーラムの人材評価ランキングでは、経済協力開発機構(OECD)加盟国中4位(16年)でしたし、国際競争力ランキングでは世界5位(18年)です。
――高い潜在力と低い生産性。その乖離の原因をどう考えますか?
まさにそれが、私がこの5年をかけて調査・分析してきたことであり、本書のテーマでもあります。結論を言うと、日本は中小企業が多過ぎるのです。より正確に言うと、小さい企業で働く人の割合が高過ぎて、かつ、大企業で働く人の割合が少な過ぎるのです。これが、生産性に関する様々なデータを分析し続けて達した結論です。
――どのようなアプローチで分析したのでしょうか。
生産性が日本と同様に低迷している先進国にスペイン(31位)とイタリア(33位)があります。
この両国は、国際競争力も30位前後です。日本は国際競争力が高いにもかかわらず、生産性は両国と同水準になってしまっている。そこには生産性が低くなる「構造的な共通点」があると考えました。
――その共通点が、小さい企業に勤める人の割合が高いことだと。
その通りです。従業員20人未満の企業に勤める人の割合と生産性の高さを示すグラフ(下参照)を見ると、日本やスペイン、イタリアと、生産性が高い米国やドイツの差が一目で分かります。
反対に、従業員250人以上の大企業で働く人の割合を見ると、日本やイタリアは10%台なのに対し米国は約50%、ドイツは約35%に達します。「規模の経済」という言葉があるように、企業規模と生産性の高さには強力な因果関係があるのです。
――企業規模と生産性の相関性を引き起こす要因は?
最も重要なのは「賃金」です。世界のどの国のデータを見ても、企業規模が大きくなるほど従業員の給料は高くなり、小さな企業ほど低くなります。小さな企業で働く人は、大企業の人と同質・同量の仕事をしても、受け取る賃金、つまり生み出す付加価値が低くなってしまうのです。
企業の規模は、生産性の向上とも密接に関わっています。最先端技術を導入しようとすれば専門知識を持つ人材が必要ですし、海外拠点を持とうとした場合も同じです。研究開発への投資余力も不可欠です。また、人材が豊富にいれば、社員は自分の得意とする仕事に特化して高付加価値を生み出すこともできるようになる。アダム・スミスの時代から指摘されているように、組織が大きくなれば労働分割による専門性の向上が引き起こされるのです。一方で、ギリギリの資本や人材でやりくりしている中小企業には、こうした余力はないのが実情です。
――国は中小企業の生産性向上に向け、IT(情報技術)活用や働き方改革、女性活躍を推進する企業に補助金を出しています。
業務効率の悪さや長時間労働が生産性向上を妨げているという議論はよく聞きますが、それらはあくまでも小規模な企業が多過ぎるという構造がもたらした結果にすぎません。構造問題に手を着けないまま補助金をばらまいても、効果は期待できないと思います。
――中小企業庁は、2025年までに日本企業の3分の1に当たる127万社が後継者不足などで廃業し、約650万人分の雇用が失われるリスクがあると試算しています。
「企業の数が減る=失業者が増える」「企業の数は多い方がいい」というのは、人口増時代の考え方で時代錯誤です。急激に人口減が進む今の日本では、労働力は不足しているのです。国が考えるべきは、少なくなっていく労働者により生産性の高い仕事をしてもらうために、零細企業の統合を進め、人材の再配置を進めることです。
――ご自身も中小企業を経営されていますが、中小企業の統合促進の現実味をどう捉えていますか?
文化財修復を手掛ける我が業界は、30億円の売り上げを20社の中小企業で分け合っています。どこも経営は不安定、職人の労働条件も過酷で、極端な価格競争にも陥りやすい。非効率な産業構造を変えるため、統合の旗を振りたいと思っていますが、他社の賛同を得るのは難しいと実感しています。
しかし経営統合を進め、20社を5社にすることができたらどうか。業界の仕事量や売り上げは変わらないので、職人の仕事の需給には影響はありません。1社当たりの売り上げは増え、より高度な設備投資や労働環境の整備が可能になる。人材を育てる余裕もできて、技術の承継も促進されます。減るのは社長の数だけです。だから中小企業の統合は進まない。経営者が自分の利益を優先するからです。
――中小企業改革に加え、最低賃金の引き上げも、政府主導で進めるべきだと主張しています。
働き手が急減する中、膨張を続ける社会保障負担を賄うには、生産性を上げるとともに、働き手一人ひとりの給料を増やしていくしかありません。
社会保障費の1人当たりの負担額を試算してみると、年2000時間働くとして1時間当たり824円(2020年時点)です。これが30年には1137円、50年には1900円にまで跳ね上がります。社会保障システムを破綻させないためには、働き手が負担を賄えるよう、経営者側が負担の増額分を賃金に上乗せしていく必要があります。その意味で、賃上げは日本社会のシステムを維持するという「国益」にかなうものです。
ただ、企業の利益と国益とは必ずしも一致しない。だからこそ、賃上げを企業任せにせずに、国が主導する必要があるのです。
――自然災害に見舞われるリスクにも警鐘を鳴らしています。
日本は自然災害、中でも巨大地震のリスクを抱えています。公益社団法人土木学会によると、首都直下地震と南海トラフ地震が起きた場合の経済的損害額は20年間で2188兆円にも上るという試算もあります。
巨大地震に見舞われ日本の財政が急速に悪化した時、復興資金をどう調達するのか。米国が自国第一主義を掲げ、貿易赤字を減らすことに躍起となる中、中国資本が日本の様々なところに入ってくる可能性は十分あると思います。その最悪シナリオを回避するには、一刻も早く日本の構造問題にメスを入れ、持続可能な社会システムづくりを進めなくてはなりません。
高度経済成長期は確かに、中小企業が雇用の受け皿として経済を支えてきました。しかし人口減時代には、限られた労働力を効率的に配分し、生産性を高めていくことが絶対的に必要です。これまでの常識を脱ぎ捨て、高い潜在力、国際競争力を存分に発揮できる構造に変革することが、日本が再び輝く唯一の道だと思うのです。
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