田舎に引っ込んでから久しくデモに行っていませんが、「デモカレンダー」というのがあって、全国のデモ情報を集約・開示しています。反戦平和や護憲を旨とするデモが多いなと感じるのは(いや、実際にその数が多いのですが)、高市政権が進もうとする方向(に対する危機意識)からすれば当然です。これを「ごっこ遊び」などとくさしても、その実、数がまとまるのを怖れ、敏感になっているのは(与党)政治家の方でしょう。
「数がまとまる」と書きましたが、最近のデモには(韓国ゆずりの?)ペンライトとかスタンディングとか、いろいろなスタイルがあるようです。特にスタンディングというのは、初めて見たときは、これって「デモ」なの?と思いましたが、通りでプラカードを掲げて無言で立っていても、一人いるだけで、人目を引くのは確かです。二人、三人と数が増え、通りのあちこちでやっていれば、相応に「効果」はあるのかと思います。大勢で一般的なデモ行進をするとなれば、主催者は「許可」を届け出なければならないし、交通規制や音声を「迷惑」と感じる人がいるようですし、いや、なるほど……と。それに、人にもよりますが無言の方がかえって「効果的」かもしれません(逆に、一人二人でやってると「安心」してからんでくる〇ホもいそうですが)。
しかし、それでもやっぱりデモは「無言」ではなく、みんなで話をしながら「賑やか」にやった方がいいのでは、という思いもあります。電車の中ではみんな無言でスマホ、子どもは家の中で無言でゲーム……と、「無言」が優勢の時代になっているから、余計にそうですし、我々は「言葉」と「対話」を取り戻さないといけないと思うからです。
政治哲学者と称されるハンナ・アーレント(1906-1975年)が生まれて120年を記念して編まれた『現代思想』の特集号を見ていたら、アーレントに関する著書のある重田園江(おもだ そのえ)さんと百木漠(ももき ばく)さんの二人がこんな対話をしています。
百木 2025年の日本アーレント研究会大会では、「アーレントとトランプ以後のアメリカ」というテーマのシンポジウムが開催されました。……トランプ大統領が新たに国立公園を建設し、そこにアメリカの英雄100人の像を立てるという計画があって、驚くべきことに、その候補者にアーレントが入っているそうです。……なぜドイツ出身のアーレントがその候補に入れられたのかよく分かりませんが(『革命について』でアメリカ革命を称賛したからでしょうか)、皮肉というか何というか、思わず笑ってしまいました。……ヴァンス副大統領が「大学は敵だ」と発言したことも話題になりました。彼は、いまのアメリカの大学はリベラル一色で多様性がなく、まるでソフトな全体主義のようだ、と発言したそうです。リベラル派がアーレントを用いてトランプを全体主義と批判するのはよくある光景ですが、いまはむしろ保守派(トランプ陣営)がアーレント的な用語をもちいて、リベラル派を全体主義だと批判するという転倒した状況も生じている。
重田 ヴァンスはリベラルや左派が使ってきた言葉の意味を全部反転させて自分たちのほうに引き込みますよね。これはアメリカの右派が80年代以降ずっととってきた戦略です。……
百木 ……実際の政治や社会の状況は……反アーレント的な方向に向かっています。多様な意見をもつ人々が公共の場に集まって、議論しながら理解を深め、複数性を実現していくという(アーレント的)理想は遠のいて、政治的分断の度合いが深まり、全体主義の危機が叫ばれるまでになっている。しかも右派の側がアーレント的な複数性や全体主義論を利用するという反転した状況が起きている。
重田 本当に言葉を全部取ってしまいます。日本では安倍政治が革新だと言い始めた頃からよくない状況だとは思っていましたが、これは小泉純一郎が「自民党をぶっ壊す」と言いだしたあたりですでに始まっている。延命させるための方策を「ぶっ壊す」というんですから。言葉の意味を奪取する政治が盛んになる中で、複数性や多様性もいかようにも使うことができるようになってしまった。「そういうやり方では多様性が保障されない」と言うと、「多様性がないと言っているお前のほうが私の言論を抑圧していて多様性に反している」と言われる状況です。
百木 「言葉を取ってしまう」のがトランプ陣営の戦略だというのはその通りで、……言葉の意味を反転させたり、無効化させることによって、事実や真理の内容も反転させ、無効化させてしまう。トランプ陣営にエビデンスを突き付けて迫っても、「お前こそがフェイクニュースだ」と返されてしまう、という風に。……単に政治家が嘘をついてけしからんという……のではなく、言葉の無意味化とそれに伴う議論の無効化にもつながる……。……言葉と事実が空洞化してしまうと、われわれが同じ世界のうえで生きているという前提すら成り立たなくなり、相手がまるで別の世界で生きているかのように感じられてくる。……
高市首相が国会の質疑で「ごはん論法」にもならない論点づらしで、質問と無関係な(無内容な)話を延々としゃべって時間稼ぎをしたり、あるいは、テレビの討論番組を手が痛いことを理由に欠席したり、そもそも記者会見自体を極力避けたり……。国のトップとしての彼女のふるまいも、「言葉」と「対話」の喪失現象に「寄与」しているかもしれません。こういうのに抗していかないと、私たちが「失うもの」もまた大きいと思います。今日もどこかで抗議の意思を示している人たちに敬意を表します。
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