ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

国策プロパガンダと「老舗」

 古い話ですが、学生の頃でしたか、旧ソ連の政治局にイデオロギー担当という役職があることを知ったときには、イデオロギーというものがなかなか腑に落ちない面があったとはいえ、ソ連だけになるほどな、と思いました。あるいは、ナチスの「プロパガンダ」を担当し、ヒトラーの「振付師」でもあったゲッベルスが、ナチス・ドイツの宣伝大臣を務めていたことを知ったときも、ナチスだけに、と思ったことがあります。
 イデオロギーとか宣伝(洗脳)と呼ばれるものは、全体主義国家の専売特許で、「自由主義」に分類される国とは縁遠い話のように、無垢な勘違いをしていた時期がありましたが、今はTVにしろ、ネットにしろ、学校から公的機関まで……折に触れ、政治的宣伝・演出は政治制度や体制とは(全く)無関係で、むしろ、「政治」とは宣伝といってもよいくらいだと感じています(本来はそうではないと思いますが)。

 雑誌『地平』に、野池元基さんの「ルポ 世論工作」という連載があり、最新号には「原発と情報統制」という記事があります。震災による事故後に止まった原発を再び稼働させるための国家的宣伝工作、大プロパガンダ事業といってもよい内容で、今から10年近く前の話ですが、金力にものを言わせ、子ども(学校)をターゲットにしたその宣伝には、やっぱりと思いつつも、かなり驚かされます。一端を以下に引用します。

……原発事故直後から現在まで、15年間にわたる世論工作のなかで政治的に大きな転機が何度かあった。その最初が、復興庁が2017年12月12日に決定・公表した「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」である。……この「強化戦略」の目的は「科学的根拠に基づかない風評やいわれのない偏見・差別を解消する」ことである。そこには「福島では放射線による健康被害は存在しない」という前提がある。
 復興大臣は「強化戦略」を公表したこの日の会議で、関係省庁に対し、政府一体となって取り組むように求め、実行すべき施策についても指示をした。小中高に配布される放射線読本の内容を見直し、その配布にとどまらず、児童生徒・教師・保護者等にも伝わる「仕組み作り」を併せて行うように、と。「児童生徒及び教育関係者」は、強化戦略の最優先ターゲットに位置付けられている。
 この方針に従った広報事業が直ちに動き出す。2017年度のうちに二事業が契約された。どちらも、政府広報である。そのうちの一つ、内閣府の「放射線理解及び風評払拭に関する広報業務」は、電通に委託された。最初の事業は、強化戦略の公表より前の2017年12月1日契約である。
 まず実施されたのは、朝日・読売・毎日の小学生新聞三紙と、朝日・読売の中高生新聞二紙に「知ってた!? 放射線のホントの話」という見出しの全面広告の掲載だ。マンガ中心に構成されている。放射線を正しく理解しよう、いじめをなくそう、という内容である。その解説コーナーには、こんな説明が載っている。

 100ミリシーベルトを超えるとがんの危険性が高まると言われています。しかし、放射線の他にも発がんの危険性を高める原因は身の回りにいろいろあります。例えば、100~200ミリシーベルトの放射線による発がんの危険性の増加は、野菜不足や塩分のとりすぎと同じくらいです。

 論理をすり替えた不適切な説明である。この広告記事の狙いが、電通の報告書に載っている。次のとおりだ。

 10代の学生とその親に対して、「放射線について知らなかった」「誤解していた」ということに気づかせ、「正しい知識を人に話したい、共有したい」気持ちを喚起すること

 この事業はこれでは終わらない。朝日小学生新聞の広告紙面(2018年3月11日)を拡大したポスターが作成され、同新聞社のネットワークを使って全国2万56校の小学校へ配布されている(2月中旬~3月)。朝日小学生新聞はは教材ポスターを日常的に学校へ届けるネットワークを構築しており、教育委員会を通さず現場に送り込めるその仕組みが利用されたのである。

……<中略>……

 内閣府の二つ目の事業は、文化放送のZ世代向け深夜ラジオ番組「レコメン」内での、「正しく知ろう 放射線ホントの話」のコーナー放送だった。ゲスト解説者として登場したのは東京大学名誉教授の早野龍五氏である。放送は2018年5月22日から始まり、6月12日まで計4回、全国36局ネットで流された。番組内容は、小学生新聞に掲載された話も含め「安全・安心」情報提供である。また、期間中、このコーナーを紹介するラジオCM(20秒)が計60回ほど放送されている……。
 このラジオ番組も再利用され、校内放送用の素材として再編集した音源をCD化して、各地の高校の放送部や生徒会に提供されている。それは全国の1329校、放送回数は延べ5000回と報告されている。
 さらに番組内容をフリーペーパーに採録し、7月初めに各地の高校へ配布した。これは2369校に及び、1校あたり42部となっている。これは高校の放送部や生徒会にエンタメ情報をミニ番組にした音源CDなどを無償で提供するサービスを展開している会社があり、そのネットワークを利用したのである。
 国策に従った宣伝情報が、いとも簡単に教育現場へ送り届けられたのである。
……
                  (『地平』・2026年8月号 167-169頁)

 放射線のことを「正しく」知ろうとしながら「放射線を過度に怖がる必要なし」という内容には、さすがに疑念を覚える人が多く、ラジオCMに対する(SNS上の)コメントには批判的な文言が多数上がっているようですが、この業務を委託された電通の報告書には、こうした反応の収集・分析も付され、「(判明する)個人名が黒塗りもなくそのまま転載されている」とのことです。(意図的な感じもしますが)これが「市民監視」につながらないと誰が言えるでしょうか。

 この国には、旧ソ連やナチス・ドイツのように、宣伝やイデオロギーを管轄する省庁(国の機関)は、名称としてはありませんが、実質的にその業務を委託されている電通(ほかの「企業体」)は、政府と一体となって、その宣伝効果を検証し、AI時代に入った現在、その精度を上げんとしています。

 電通が一般の企業体と扱いが違うのは、たとえば、東京オリンピックの談合事件ほか、数々の不祥事により、他の企業だったら国から「出入り禁止」を通告されてもおかしくないのに、(一時的な「処分」はあってもすぐに)まるで何もなかったかのように営業活動をしているところに、その実がよく示されています。

 この国策プロパガンダの「老舗」と政府が組んで、今後、憲法改定の発議ほか、どんな広報(宣伝工作)をしかけてくるのか。また、反対派をどんな形で「口封じ」するつもりなのか。上に引用した野池さんのルポの内容から、もう10年が過ぎようとしているだけに、非常に憂慮されます。



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