ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

終わらない「戦争」

 もう20数年前だと思いますが、アルコール啓発月間のポスターに「飲んでるつもりが飲まれてる」と題する秀逸な作品がありまして(webで検索してみましたが、さすがに古すぎるのか見当たりません)、ジョッキを片手にビールを飲んでいる人が逆立ちして宙にいて、どっちが飲まれているのかわからない、何度見ても、よくできてるなあと感心したものでした。
 大昔に自動車教習所の先生も「車は人が運転するもので、決して車に運転されないように」とおっしゃっていましたが、同じように主客逆転(本末転倒と言ってもいいかもしれません)する危険は身近にいろいろと潜んでいるとたびたび思います。特にAIがハイスピードで進歩・普及する今日、これに頼り過ぎるのは考えもので、そのうちAIを使っているつもりで、逆に、AIに使われるシーンが現れないかと。チャップリンの映画「モダン・タイムス」のモチーフは全然古くなっていないなと改めて思うわけです。

 フランツ・ファノンの『地に呪われたる者』を読んでいて、意味合いが異なるものの、戦争にも「主客逆転」に似たものがある感じを受けました。より正確には、手に余るというか、事が大きくなりすぎて自分の力では制御(処理)できなくなるというべきか。もちろん、戦争は自然現象とはちがって、誰かの意思と判断によって始められ、誰かの意思と判断がなければ終わらないものでしょうけれども、ロシアや米国、イスラエルの様子を見ていると、そう単純にはいかなさそうです(停戦だけ可能だとしたら、朝鮮戦争のように、半永久的に停戦というのはあり得そうですが)。
 しかし、かりにプーチンやトランプの判断で、もう止めると宣言して軍を引き上げ、為政者としては戦争を終わりにしたつもりになったとしても、それで「万事」終わりとはなりません。これは、歴史上にその戦争が記録されて、なかったことにはならない、という意味ではなく、執務室にいる為政者には見えない「戦争」、さらに80年以上戦闘シーンを見ないで過ごして来た日本の多くの人たちにも見えていない「戦争」の現実があり、(今も)その「戦争」の記憶に苦しめられる人たちが確実にいるという意味合いです。

 ファノンの『地に呪われたる者』は、1950年代のアルジェリア独立戦争を題材に、植民地支配からの解放闘争をめぐる考察がいろいろと書かれていますが、「植民地戦争と精神障害」と題された5章だけは、他の章とは異質で、精神科医でもあるファノン自身がこの戦争中に接した精神障害の事例が列挙されています。
 「戦争トラウマ」とも称される心的外傷後ストレス障害(PTSD)が兵士に現れることはわりと知られていると思うのですが、戦闘にかかわっていない一般市民にも、PTSDが広範に現れることにはなかなか思いが及ばなかった面があると思います。
 当時のフランスとアルジェリアの関係を、今のロシア―ウクライナ、米国・イスラエル―イランとの関係に単純に置き換えることはできませんが、以下では、アルジェリアで政府高官の父親を民族解放軍の待ち伏せ攻撃で殺された後、両手から流れ出るような汗、偏頭痛、胸郭の圧迫などの神経症が現れた若いフランス人女性から、ファノンが聞き取った話を引用してみます。これは、ファノンが、発病の第一の要因として、アルジェリア全体にみなぎっていた全面戦争の雰囲気に関係するととらえた症例の一つです。

 「父は高官でした。父は広大なある(アルジェリアの)農村地域の責任を負っていました。事変勃発以来、父は怒りに逆上してアルジェリア人狩りにとびこみました。もうなんにも食べなくなり、眠れなくなったくらいに、父は反徒を鎮圧することに興奮しきっていたのです。わたしは、父が少しずつ変貌してゆくのを、何もできずに眺めていました。しまいには、わたしはもう父に会いにゆくまい、自分は町に残っていよう、と決心しました。なぜかといえば、家に帰るたびにわたしは幾晩も眠れなかったからです。というのは、叫び声がたえず階下からわたしのところまで聞こえてきて、わたしをひどく悩ましつづけたからです。地下室で、またそれ用にあてられたいくつかの部屋で、口を割らせるためにアルジェリア人を拷問していたのです。あのように夜通し叫ぶのを聞くのがどれほど怖ろしいことか、とてもお分かりになれないでしょう。ときどきわたしは、どうやって人間は耐えられるのだろうか、と思うのです――拷問するってことじゃありません――ただ苦痛の叫びを聞くことにです。しかもそれは長く続きました。しまいに、わたしは家に帰らなくなりました。たまに父がわたしに会いに町にくるたびに、わたしはどうしても、おそろしく気づまりなぞっとする思いなしには、父をまともに見ることができませんでした。父を抱擁するのは、ますます辛くなってゆきました。
 それはわたしが長いあいだ村に住んでいたからです。わたしは村のほとんどすべての家庭を知っています。同いどしぐらいの若いアルジェリア人たちとわたしとは、幼いころ一緒に遊んだのです。わたしが家に帰るたびに、父は新たに幾人かが検挙されたことを知らせてくれるのでした。しまいには、わたしはもう道を歩く勇気がなくなりました。それほどに、至るところで憎悪に出あうことを確信していたのです。心のなかでは、わたしはあのアルジェリア人たちが正しいと思っていました。わたしがアルジェリア人なら、マキ(独立闘争の一拠点)にいるでしょう。」

              (鈴木道彦・浦野衣子訳、同上書、271-272頁)

 彼女は、葬儀で「献身的」とか「自己犠牲」とか、「祖国愛」などという語で弔ったフランスの役人たちの欺瞞に憤りをあらわにしています。父親がなぜアルジェリアの人々の憎しみを買ったのか、彼女はその理由を肌身で知っていたからです。それでも……というべきか、自分の父親は殺されてもしかたがなかったという話にはなりえないでしょう――彼女の神経症はそこから始まっていると思われます。

 戦争ではない事件・事故に巻き込まれて大切な人を亡くした方も、多かれ少なかれ心的外傷を負っているでしょうけれど、「戦争マシーン」が生身の人間にもたらす不幸や後遺症は規模が大きすぎます。戦争は、かりに撤兵が完了し、講和したとしても「終わらない」のは上に示したとおりです。日本の場合、万が一にもどこかと戦争という事態になったとしたら、福島原発事故のことを考えれば、特にそうかもしれません。「終わらない」のだとすれば、絶対に始めさせてはならないと思います。

 なお、去年の夏に毎日新聞がシリーズで「戦争とトラウマ」というテーマで特集を組んでいましたので、こちらも貼り付けておきます。
戦争とトラウマ | 毎日新聞



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