2008年ということですから、もう18年も前なのかと思いますが、当時大阪府知事をしていた橋下徹氏は、私学助成金の大幅な削減を打ち出しました。面会した高校生たちから撤回を強く求められた氏は、「日本は自己責任が原則。それが嫌なら、あなたが政治家になって国を変えるか、日本から出て行くしかない」などと言い放ちましたが、一人の女子高校生から「それは私が政治家になってすることじゃないはずです」と切り返されました。
https://x.com/i/trending/2043242205335461965
7年前、橋下徹に恫喝されたあの"女子高生"が声をあげた! 橋下が放った冷酷な言葉、そして今、大阪に起きていること - エキサイトニュース
このときに抱いた嫌悪感を再び思い起こすことになったのは、去る4月14日放送のABEMA Primeで放送された討論で、自民党の若い議員が「本気で政治を変えるんだったら今すぐ政党を作って政治に打って出ればいいんですよ」と発言しているのを見たときです。この議員は、先月(あるいはその前から)国会周辺、その他で繰り返されている戦争反対、改憲反対のデモや集会について、「それでは政権は変わらないですよね。なのにそういう手段をとってやった気になっている」「ごっこ遊びにしか見えないんですよ」とも述べていました。
今日の毎日新聞のコラム、松尾貴史さんの「ちょっと違和感」に、この件が取り上げられています。
松尾貴史のちょっと違和感:デモへの「ごっこ遊び」発言 一般市民を見下しているのでは | 毎日新聞
……発言があったのは14日放送の「ABEMA Prime」。全日本学生自治会総連合(全学連)の幹部らとの討論で飛び出した。「本気で政治を変えるんだったら今すぐ政党を作って政治に打って出ればいいんですよ」などと訴えたが、随分と一般市民を見下した物言いではないか。政権の横暴を民衆がデモによってはねのけてきた歴史は世界中にあるが、この議員はそんなことがなかったように言っている。意図があってわざと言っているのか、それとも単なる無知なのか。
日常でも、テレビのバラエティー番組でも、真面目な主張をした人に対し「自分が立候補すればいい」というふうな言葉を投げかけてちゃかす人はいるが、現職の国会議員がこれほど低劣な暴言を吐くようなことが、どんな偶然が重なれば起きるのか全く理解に苦しむ。議会以外には民主主義が存在しないとでも思っているのだろうか。
長期間政権にある自民党のおごりを感じさせるが、過去にも反原発のデモや安保法制に抗議するデモについて、参加者を「プロ市民」呼ばわりする自民党議員が複数いた。一般市民ではなく扇動された活動家であると決め付けて、その影響を小さく評価しようという印象操作の一環だろうが、今全国規模で広がっているデモや抗議は本当にごく一般の人たちが危機意識を持って行っているものだ。……
議員たちがどういうきっかけで政治に関わろうと決意し、出馬に至ったのかは、それぞれだと思いますが、そもそも論として、この国は直接民主政の国ではないのだから、みんなが「議員」になれるはずはなく、代議制民主主義の国では、議員は民意を代弁・代表して仕事をするのが役割です。ですから、議員に向けてデモとか、直接交渉とか、陳情とかを通じて、たとえば武器輸出5類型の撤廃には賛同しないでくれと市井の人々が要求するのは当然のことでしょうし、また、当然の権利でもあります。これを「ごっこ遊び」などと揶揄・中傷するのは、人が大勢集まって政治的意思表示をするの(を見るの)が個人的に嫌いというレベルにとどまらず、それ以上の理由(と効果)があるように思います。
24日の毎日新聞に「主権者教育のいま」と題するインタヴュー記事がありましたが、宇恵野珠美さんの話は、デモを忌避・嫌悪する感覚とは、正反対の意味で、とても関連があると思いました。彼女は、こう述べています。
論点:主権者教育のいま | 毎日新聞
高校2年生の時、新聞記事を毎日一つ要約し、黒板に書くことを始めました。みんなと意見交換したかったのです。元々お笑いキャラだったからか「意識高い系」などと言われることもなく、自然と時事問題についておしゃべりできるクラスになりました。
ところが高3の時、ある先生から、「政治的中立に反するからやめろ」としかられました。かばってくれる先生もいて卒業まで続けられましたが、「政治的中立って何?」「学校で論争的な時事問題を扱いづらいのはなぜか」に興味を持ちました。……
……4年前、スウェーデンの総選挙を……視察に。若者を含む全世代の投票率が約8割に達するこの国では、学校で当然のように時事問題が語られ、街では若者が政治家と議論していました。……スウェーデンでは、あらゆる科目で民主主義を教えていました。英語の授業では英語で時事問題の議論。歴史の授業で、ナチス時代に民主主義がどのように崩壊したかを学んだり、美術の授業で、社会課題をテーマにしたポスターを描いたり。グループワーク中心で、生徒同士の対話と協働が重視されていました。
政治的中立性について尋ねると、多くの教師から「民主主義的価値に沿っているかを基準にする」と返ってきました。「従うこと」より「疑うこと」を教え、情報の信頼性を問える批判的思考を育むことを重視していました。……被選挙権が18歳なので、すでに政治家の大学生もいて、キャンパスでの議論が政党に届く実感がありました。
つまり、主権者教育は単に学校教育だけの話ではないし、まして社会科の「公共」だけの問題ではないのです。
日本の主権者教育をただの投票啓発で終わらせたくない。……民主主義とは何なのか、どんな社会を作るのか、どんな市民を育むのかの議論抜きに、「中立性」ばかり強調する限り、主権者教育は形式的なもので終わってしまいます。……
政治家に対して意見をする人がいると、「(そんなことを言うんなら)あなたも政治家をやったらいいではないか」と言い、デモを「ごっこ遊び」と腐し、学校で時事討論をすると「政治的中立に反する」などと筋違いの「指導」をする。そして、国民に、政治と関わるチャンスは選挙(とりわけ投票すること)くらいしかないように思わせる。きわめて悪質な誘導(洗脳)と思います。
もっと言えば、その選挙で投票する「政治参加」の機会さえ、内閣の裁量に委ねられる危険性が出てきています。自民党が衆院で少数与党のときには、議員の任期4年は無視され、時の(自民党)首相に衆院解散権があるかのような言説(嘘)が振りまかれ、とにかく自民が多数になるまで毎年選挙が繰り返されてきました。いわゆる自民党の「勝つまでジャンケン」です。それが自民党が多数議席を得た今は、向こう4年、衆院選挙はないと涼しい顔をしている。つい2か月前までは「このあいだやったのに、また選挙やんのかよ」と思われていたのに。しかも、衆院の憲法審査会では、大規模災害が起こり、「緊急事態」が宣言されたら、衆院議員の任期の延長が必要で、場合によっては、再延長も可とすると言っています。こっちは可能な限り選挙をやらない。
つまりは、自民党政権の一存で選挙をする、しないまでもが決められる。参院はともかく、もはや衆院は与党が負けそうなときには選挙をやらないということになりかねない。与党「政治家階級」のうまみや「利権」をしっかり保持して、不満の声を上げる国民には、今の政治を変えたいんだったら、あなたが政治家になるしかないよ、と言う。輪番制にでもするなら別ですが、結局のところ、それは多くの人に「何を言ってもこの国は変わらないんだ」というあきらめを誘導するでしょう。
しかし、政治意識とか政治的関心というのは、思わされているほど「高尚」なものなのか。そうではなく、本来は日常の延長線上にあるものではないのか。ホルムズ海峡の「封鎖」によってガソリンの値段ほか、物価が上がることを知って、生活が苦しくなりそうだと思えば、粛々と日常生活を送るだけでなく、物価高への対応を考えたり、政治の力で何とか打開できないかと考えたりしても不思議はありません。その結果、もっと情報を得たいと考えれば、自分で本を読んだり、TVやネットの解説を聞いたり、専門家の話を聞きに行ったり、あるいは、主体的に講演会や討論の場を企画したり、あるいは、陳情で政治家(議員)に働きかけをしたり、デモで世界中の人とつながってイランでの戦争反対の意思表示をしたり――今までデモに参加した経験のない人が先月・今月の国会前のデモにはたくさん参加しているようですし、主体的に何かしたい、しようと思う感覚は自然ではないかと思えます。
こうした個人の主体性に待ったをかけるもの。「政治性」のレッテルをはったり、ハードルを高くして政治意識や政治的関心を削ぎつつ、「政治的中立」などとうそぶく者の偽善が、松尾さんや宇恵野さんの視線に依拠して諸事を眺めると、よくわかる気がします。
⇩よろしければクリックしていただけると大変はげみになります。

社会・経済ランキング
![]()
にほんブログ村
にほんブログ村