今朝の毎日新聞の一面トップは、小笠原村の村長が南鳥島の「核のゴミ」(高レベル放射性廃棄物)の最終処分場に関わる「文献調査」を容認する意向を示した、という記事でした。
小笠原村長、南鳥島の文献調査を容認 核のごみ巡り | 毎日新聞
原発は「トイレのないマンション」に喩えられますが、「トイレ」の候補地を探してあちこちさまよった末に、日本の東端、絶海の孤島に目を付けたというところでしょうか。核のゴミ処理施設でなくとも、何かの施設が生活圏に入ってくれば、それが自分たちの生活にどう影響するのかと、普通の人ならば考えます。ましてや、これは放射性廃棄物です。民間人が立入禁止になっていて、一般住民のいないこの島ならば、反対の声は上がらないのでは、との政府の見立てもあるのだと思います。
<追記>しかし、南鳥島を候補地にという国からの打診は、実はこれで3回目で、過去には1980年と2010年代半ば(14~16年頃)の二度、小笠原村として断ったとのことです。
小笠原村、過去に2回国から打診 放射性廃棄物の処分めぐり | 毎日新聞
しかし、この島の地質調査は過去にほとんどなされておらず、問題・課題は多いようです。
深層サイエンス:「絶海の孤島」南鳥島 核のごみ処分場、建設の実現性は | 毎日新聞
……南鳥島が乗る太平洋プレートは地質が非常に安定しており、最終処分場の適地だと推す専門家は少なくない。日本大の高橋正樹名誉教授(地質学)もその一人だ。2014年には自民党の会合で、南鳥島を適地の一つとして説明していた。
ただ、本土から遠く一般人の立ち入りが難しい南鳥島は、これまで地質調査がほとんどされておらず、文献が少ない。高橋氏も「文献調査から概要調査にまで進み、実際に掘ってみるまでは、最終的に設置できるかどうかは分からない」と話す。
島は溶岩層の上に、死んだサンゴからできた石灰岩が堆積(たいせき)して形成されている。この石灰岩層は水を通しやすい。海水が多く入り込んでいる可能性もある。地下に埋める際、ガラスで固められた核のごみは金属製の容器などで保護されるものの、海水に触れると汚染された海水が周囲に漏れ出すリスクがある。
処分場は石灰岩層の下にある、安定した溶岩層に建設するのが望ましいという。ただ、石灰岩層をどれだけ掘ると溶岩層に到達するのかは分かっていない。高橋氏は「地下深い場所だとトンネルにかかる圧力が強くなり、工事には注意が必要になる」と話す。
面積1.51平方㌔という南鳥島の狭さも課題だ。……事業主体の原子力発電環境整備機構(NUMO)が計画する処分場は、地下施設が1~2平方㌔、地下300㍍よりも深い場所に造る地下施設は6~10平方㌔にもなる。トンネルの総延長は約200㌔に及び、計画通りでは島に収まらない。……
単純に比較してよいのかどうかもわかりませんが、リニア新幹線の地下工事では「想定外」の事故・事象が生じて、工事が中断されました。ものがものだけに、15年前と同じく事故が起こってから、「予想できませんでした」ってわけにはいかないでしょう。
確かに科学や学術は進歩したかもしれないし、江戸時代などと比べれば格段に便利で豊かな生活が可能な時代になっているのかもしれません。しかし、大量生産・大量消費で出てくる廃棄物(の行先)に無頓着なのは「現代の病」だと思います。こんなまとめ方をすると、自分だってそのおこぼれを享受しているではないかという話になりますが、しかし、出てくる廃棄物を埋めることでしか「処理」できないのに、今後もさらに生産・消費を拡大しようとする精神はやはり尋常ではないのではと思わざるを得ません(「循環型」が当たり前の時代の人間が知ったら驚くでしょう)。それを、同じ毎日新聞・16面の記事を眺めていて感じました。これは、『苦海浄土』の作者・石牟礼道子さんの評伝を書いた作家の米本浩二さんのインタヴュー記事です。
魂の言葉:『苦界浄土』と水俣病/上 70年前、患者圧殺する行政と企業 詩と実況、無二の文学での闘い | 毎日新聞
……(水俣病の)原因について、(19)59年7月には熊本大の研究班が有機水銀と考えられると発表。同年11月に厚生省(当時)の水俣食中毒特別部会も「ある種の有機水銀」と答申した。しかし、この内容が閣議で報告されると、池田勇人通商産業相が「結論は早計」と反発し、部会は解散となった。
「池田の言葉は、経済成長を優先する官僚の考えを代弁したものと考えると納得できる。チッソなくして経済成長なし、大多数の市民の幸福のためには少数の犠牲はやむなし、と考える人が圧倒的に多かった」
同年にチッソは水俣工場に約1億円を投じ、排水浄化をうたう装置「サイクレーター」を設置した。有機水銀の除去能力はないのに、効果ありと称する欺瞞の産物だった。「今なら子どもだましのように見えますが、当時は情報の隠蔽や歪曲がまかり通っていた。水俣病は終わった、と思い込まされてしまったのです」
『苦海浄土』はそんな風潮にくさびを打ち込んだ。
冒頭、患者の山中九平少年が登場する。時代設定は60年代前半から半ば。少年は失明し、手足も口も満足に動かせない。しかし、ひとり、棒と石を握り、野球らしき動作を一心に繰り返す。働き者だった姉も、激しい症状の末に病院で亡くなっていた。少年は検診を勧める市職員に対して「行けば殺さるるもね」とかたくなに拒む――。
石牟礼さんは、〈水俣病を忘れ去らねばならない〉風潮の中に、〈少年はたったひとり、とりのこされているのであった〉と書く。少年の姉・さつきは、石牟礼さんと同い年だった。
石牟礼さんは、編集者として石牟礼さんを支えた渡辺(京二 歴史家)さんに「九平少年の姉を書くことは弔い合戦」という趣旨の手紙を送っているという。「自分と同じ年の女性が悲惨な死を遂げた。その死を克明に描くことは、自分のこととして水俣病を書くという石牟礼さんの決意の表れでもあります」
59年の暮れ、チッソは補償を求めた患者家庭互助会と「見舞金契約」を締結した。超低額な上、将来原因が工場排水と決定しても「新たな補償金の要求は一切しない」という問題の条項を含んでいた。会社は付属病院による猫実験で工場排水に由来することを知っていたにもかかわらず。
「見舞金契約とは、会社には責任はないが、患者さんがお気の毒だから見舞金を差し上げましょう、という意味。見舞金という名目でも、支払われてしまうと、その後の補償の基準になってしまう」
石牟礼さんは、この見舞金について『苦海浄土』に〈おとなのいのち十万円、こどものいのち三万円、死者のいのちは三十万 と、わたしはそれから念仏にかえてとなえつづける〉とつづる。天に人間の愚かさを嘆くような響きがある。…………。
「現代の病」や「人間の愚かさ」という表現で、実際に政策判断を下している特定個人を免責できないのは言わずもがなです。
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