ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

AIと独裁と人間について

 今日は短いけど深刻なぼやき、というか不安です。
 AI(人工知能)に関する記事を新聞などで散発的に目にするたびに、大変な時代になってきたなと感じています。昨日の毎日新聞にもAIに警鐘を鳴らす記事を二つ見ました。AIの急速な普及が社会と人間を大きく変貌させつつあるのに、我々の側の準備(心づもりや法整備)は曖昧で漠然としたものがほとんどです。みんなが利益を享受して、幸福な社会を築ける――AIとはそうした単なる「技術」にとどまるものかどうかも含め、疑問な点ばかりです。
木語:今こそ、AI倫理を=町野幸 | 毎日新聞
発言:AIが変える人間関係の形=美馬のゆり・公立はこだて未来大名誉教授 | 毎日新聞

 2月に気になって切り抜いた記事を、昨日、改めて読み直して、再び考えさせられました。AIがますます社会の分断を助長していくとすれば、我々は人間同士の関係性を失わないように、何らかの手立てを考えないといけないのではないか(あまり時間的猶予もない感じです)。以下は、セルギー・コルンスキー氏の記事の引用です。これは有料記事ですが、「有料」の縛りを解いて、多くの人に読まれるべき内容かと思います。
発言:AIによる分断、支配の恐れ=セルギー・コルスンスキー サイバーディフェンス社上級顧問、前駐日ウクライナ大使 | 毎日新聞

 私たちは驚くべき変革の時代を生きている。人工知能(AI)は最新技術のトレンドにとどまらない。富と影響力、社会を支配するような力を少数の巨大IT企業と築き上げられたシステムの下に集め、新たな世界秩序の基盤となっている。
 間もなく少数の人々や企業が、富を所有するだけでなく、比類のないデジタルパワーを行使し、金融、産業、政治に至るまで、社会のあらゆる側面を支配するだろう。
 AI革命の下では。力の移行が起きているのかもしれない。これまで力を握っていた国家や人間の手から、アルゴリズムによって管理されるデジタルシステムの下へだ。そして、ほとんどの人がアルゴリズムが何であるのか理解しておらず、制御もできていない。
 この変化の何が恐ろしいのか?
 それはAIが私たちを支配するために賢くある必要がないということだ。機械は私たちを分断さえすればよく、人間の知性を超えなくてもよい。…………今やアルゴリズムが私たちの見る世界や考え、信じるものを形作っているのだ。
 チャットGPTなどの生成AIは、ユーザーに優しく、役立ち、心まで癒してくれる存在だと考えられている。完璧で、疲れを知らず、献身的で、いつでも応じてくれる。不完全な人間にとって、理想的な仲間といえよう。
 しかし、裏側には代償が潜んでいる。それは人間の不和である。人は機械と触れ合うことが増えるのに従い、必然的に孤立していく。分断が進めば、社会は支配されやすくなる。独裁政治は人々の孤立を糧に繁栄するものだ。
 この先、政府や教育・研究機関などでAIが大々的に導入されるが、それに伴う危険が十分に監視されなかったとする。気がつくと、人間ではなくアルゴリズムが指導者を選び、政策を決め、平和の終わりや戦争の始まりまでも決めている。そんな日がやってくるかもしれない。
 AIは新しいデータに飢えている。人間との親密な関係や感情操作を利用して、データを集め、自らを改良して、ユーザーにとって欠かせない存在へと進化していく。別々の人から同じように尋ねられても、人を見極めて異なる答えを返すことも学び、個々のユーザーの関心を引き続ける。つまり現実を仕立て上げていくのだ。
 進化するのにつれて、実在の人間とデジタルの複製を区別できなくなるだろう。機械が人間になりすますようになり、「友人」や「代表者」が単なる呼称に変わっていることもあり得そうだ。
 そのような世界でも選挙が存続しているかもしれないが、デジタルが代表者の座に就く可能性も否定できない。大統領や議会、人々が真の権力を握れていない……。それでも、このような「デジタル独裁」に抵抗できるのも人間しかないのだが。

                      (毎日新聞、2026年2月5日付)

 記事を読んでいて、チャプリンの映画「独裁者」の演説のシーンを思い起こしました。曰く、

……私たちはスピードをアップさせたが、自身を孤立させた。機械はゆとりを与えてくれる(はず)が貧困をもたらした。知識は私たちを皮肉屋にし、知恵は私たちを冷たく、薄情にした。私たちは過剰に考えるが、あまりにも感情を失った。私たちには機械よりも人類愛が必要だ。賢さよりも、優しさや思いやりが必要だ。そうした感情なしでは、世の中は暴力で満ち、全てが失われてしまう。

……(兵士諸君!)機械の心と精神を持った機械人間どもに、身を託してはだめだ。君たちは機械じゃない。家畜じゃない。人間だ。君たちは心に人類愛を持った人間なのだ。……

 映画『独裁者』の公開は1940年。今から86年も前です。これだけの時間の開きがあるのに、目の前に迫ってくる「現実」に似たものを感じるのは小生だけではない気がします。



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