ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

ハーバーマスとヒトラー

 ドイツの高名な哲学者ユルゲン・ハーバーマスが2週間前に亡くなり、いくつか追悼記事を目にしました。ハマスの越境攻撃に端を発したイスラエルのガザ殲滅攻撃について、ハーバーマスは2023年11月、「イスラエルの攻撃は正当な反撃であり、ヨーロッパはイスラエルと連帯すべき」という声明を(連名で)出しています。イスラエルを批判するどころか「擁護」しようとする彼の態度には納得がいかず、いつだったか忘れましたが、blogに「晩節を汚す」と書いたおぼえがあります。
寄稿:追悼 ユルゲン・ハーバーマスさん 「納得し合う」言語求め=三島憲一(大阪大名誉教授) | 毎日新聞

 故人を悪しざまに言うのは本意ではありませんし、一般的には「功績」をたたえる方が先なのはわかっています。しかし、ドイツの「良心的知識人」の代表と評される人が、なぜイスラエルを支持するのか、その疑問(謎)はどうしても拭えません。これについて、近年パレスチナ・イスラエル問題での発言が目立つ早尾貴紀さんは、2024年5月の記事で、「核心をついた考察を提示しているのが、イラン出身で在米の研究者、ハミッド・ダバシ」と書いています。
イスラエルはどうしてあんなにひどいことができるの? 早尾貴紀——前編|じんぶん堂

 最近ダバシさんの著書を読んで、この「核心的考察」について改めて考えさせられました。ハーバーマスを念頭においた彼の批判は、かなり辛辣です。でも、やっぱり真実相当な部分があるように感じます。該当部分を引用します。

――道徳的頽廃
 ヨーロッパ哲学者の世界観に対して一貫して向けられるヨーロッパ中心主義という非難は、たんに彼らの思考における認識論的欠陥に基づくものではない。それは道徳的頽廃の一貫した兆候である。私は過去に何度も、ヨーロッパの哲学的思考とそれを代表する最も著名な人たちの根底に現在ある不治の人種差別を指摘してきた。この道徳的頽廃は、たんなる政治上の過失やイデオロギーの盲点ではない。それは彼らの哲学的想像力に深く刻み込まれており、そのために彼らは救いがたいまでに部族的なままなのだ。
 ここで、マルティニークを誇る詩人、エメ・セゼールの有名な言葉を再確認しなければならない。「そうだ、ヒトラーとナチズムのやり方は、臨床的かつ詳細に研究する価値がある。そして、優雅にして人道主義的かつ篤信家の20世紀のブルジョワに教えてやるのだ。彼の中には、まだ自らの本性に気づいていないヒトラーがいる。彼にはヒトラーが宿っている。ヒトラーは彼の守護霊(デモン)である。彼がヒトラーを罵倒するのは筋が通らない。結局のところ、彼が赦さないのは、ヒトラーの犯した罪自体、つまり人間に対する罪、人間に対する辱めそれ自体ではなく、白人に対する罪、白人に対する辱めなのであり、それまでアルジェリアのアラブ人、インドの苦力(クーリー)、アフリカのニグロしか使われなかった植民地主義的やり方をヨーロッパに適用したことなのである。
 パレスチナは今日、この一節でセゼールが挙げた植民地支配による残虐行為の延長線上にある。ハーバーマスは、パレスチナ人の虐殺を支持することが、ナミビアにおけるヘレロ人とナマクア人の大量虐殺*のときに自分の祖先が行ったことと完全に一致していることを知らないようだ。ダチョウの諺[頭かくして尻隠さず]のように、ドイツの哲学者たちはヨーロッパの妄想の中に頭を突っ込み、世界が自分たちの正体を見抜けないと思い込んでいる。結局のところ、私の見解では、ハーバーマスは何ら驚くべきことや矛盾したことを言ってもいなければしてもいない。むしろ逆だ。ハーバーマスは、彼の哲学的血統における不治の部族主義――これまで普遍的姿勢だと偽装していたもの――と完全に一致している。
 世界は今、そのような誤った普遍性の意識から脱却しつつある。コンゴ民主共和国のヴァレンティン=イヴ・ムディンベ、アルゼンチンのワルテル・ミニョロやエンリケ・ドゥセル、日本の柄谷行人のような哲学者たちは、ハーバーマスやその一派がしたよりも、はるかに正当に普遍性への主張を行っている。
 私見では、パレスチナに関してハーバーマスが出した声明にある道徳的頽廃は、ヨーロッパ哲学とそれ以外の世界との植民地的関係における転換点を示している。世界はヨーロッパの部族哲学の誤ったまどろみから目覚めたのである。今日、私たちがこうして解放されたのは、パレスチナ人のような諸民族が世界各地で苦難を被っているおかげである。彼らの長年にわたる歴史的なヒロイズムと犠牲によって、「西欧文明」の基礎にある恥知らずな野蛮さがついに分解され取り出されたのだ。

     (早尾貴紀訳『イスラエル=アメリカの新植民地主義』、65-67頁)

 哲学的血統における不治の部族主義――ヒトラーの犯した罪は「人間に対する罪」ではなく、「白人に対する罪」だった、つまり、植民地住民に対してだったら不問に付される(!)蛮行をヨーロッパの白人に向けたところが罪なのだ、というエメ・セゼールの指摘は、ネタニヤフやトランプのイラン攻撃にも当てはまる、というか、その裏返しだと思います(協議のさなかにイランがいきなりワシントンを空爆したら、欧州諸国はこんな「抑制」のきいた対応をとるでしょうか。もちろん日本も、ですけど)。
 わが国の首相は「世界に平和と繁栄もたらせるのはドナルドだけ」などと歯が浮いて全部抜けてしまいそうな文句でトランプを擁護しましたが、このまま人種差別の大犯罪に加担してよいのか。それではいずれ、世界中を敵に回すことになるのでは。トランプと心中するのはごめんですけど。



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