日米首脳会談で、トランプ大統領からかねて心配されていたホルムズ海峡への艦船派遣の要請は表面上はなかったようです(裏取引は不明ですが)。それはよかったのですが、米国産原油の増産に向けて協力(投資)することで合意したことを、そんなに手放しで喜んでよいのか。増産分をまわしてもらえれば、中東産原油への依存度が95%を占める日本にとって、調達先の幅が広がりそうだと主要メディアは「喧伝」していますが、もし、この「米国産原油」がアラスカ原油をさすものであるとすれば、その採掘が注目されたのは半世紀も前の話で、これがそんなに「妙手」だったらもっと早くに実現されてしかるべきで、そうなっていないのは、いろいろと「問題」があったからでしょう。政府の広報機関に成り下がって、公式発表しか報道しないのは、(前からですが)ジャーナリズムとしてはゆゆしき事態です。
短時間ネットを眺めた範囲内でも、アラスカ産原油の調達にはいくつか問題点が指摘されています。
1)原油の品質
現状では日本の製油所は中東の原油の品質や成分に適合したつくりになっているので、アラスカ産原油を精製するためには、相応の設備を整備する必要がありますが、コストが増え、その分が価格に転嫁されることが予想されます(品質の問題はすでにいろいろな人が指摘しています)。
2)パイプラインの維持・建設の困難
産油地から港まで1,300㌔にもわたるパイプラインが敷設されていますが、設備が老朽化していてメンテナンスが必要です。おまけに新規に接続ルートを設けるとなると、何せ酷寒の地。冬場は作業が滞らざるをえず、日本の企業も採算に合うのかと、投資に及び腰だったはずです。これでは、中東の一部代替はおろか、今の急場をしのぐことも無理でしょう。
3)規制の厳しさ
1989年3月の原油流出事故以来、米国には全タンカーにダブルハル(二重船殻)を義務付けるなどの法規制があります。また、アラスカからカリフォルニアへの原油輸送には、法律により割高な米国旗船しか使えないことになっていて、この面でもアラスカ原油はコストに跳ね返ることが予想されます。
4)開発と住民理解
開発にともなう先住民社会との軋轢は、土地の取得問題で済んだように思われていますが、反対運動が目立たなくなったように見えても、カリブーなど動物が姿を消し、伝統的な狩猟・漁撈生活の文化基盤を奪われた人々の失望や不満は解消されていないようです。トランプ大統領は石油を「掘って、掘って、掘りまくれ」と言いましたが、これがしゃにむに採掘とパイプラインの延線に注力して、住民の声を無視するような事業になるとしたら、日本が政府として協力することの是非が問われると思います。
日米首脳会談で注目されるアラスカ原油で「脱中東」は可能か(大場紀章) - エキスパート - Yahoo!ニュース
石油という名の『ハイリスク・ハイリターン』―日米エネルギー新合意、アラスカ・ルートに潜む油濁リスクとインフラの限界|アメリカ移民ケニー小倉の裏ログ
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hoppohmsymposium/26/0/26_017/_pdf/-char/ja
アナリストの大場紀章氏は、日本のエネルギー安全保障における本当の脆弱性は、原油ではなくLNG(液化天然ガス)だと述べています。LNGの在庫は約3週間分しかないのですから、戦争が長期化すれば、先に影響を受けるのは原油ではなくLNG(→電力)でしょう。日本が輸入するホルムズ海峡経由のLNGの割合はそれほど多くないとはいえ(6%超)、輸入第1位のオーストラリア(38.4%)や第2位のマレーシア(15.7%)などが、すぐに日本の増産要請に応えてくれるのか。状況は他国だって一緒のはずです。
【1-2-04】 日本が輸入する化石燃料の相手国別比率 | エネ百科|きみと未来と。
■ 外交的ディールとしては合理的
……(日米のアラスカ原油増産に向けた協力)合意の本質は、エネルギー安全保障の実効的改善というよりも、5500億ドルの対米投融資パッケージの一環としてのトランプ向けの「ディール」ではないでしょうか。
トランプ大統領にとっては、①アラスカ増産への投資先確保、②原油の販路開拓、③アジア向け供給拠点の一挙獲得。日本にとっては「脱中東依存」という政治的メッセージを発信できます。外交カードとしては合理的な取引といえますが、量的にエネルギー安全保障を構造的に変えるものではないと考えられます。
■ カナダ産原油の台頭——ゼロから1年で日量20万バレル
アラスカと対比すべきは、カナダの動向です。カナダは世界第4位の産油国(日量576万バレル 以下b/d)ですが、アルバータ州のオイルサンドは内陸に閉じ込められ、輸出の96%が米国向けでした。……
……(しかし、2024年5月のトランスマウンテン拡張(TMX)により)カナダ統計局によると、稼働後12ヶ月でBC(ブリティッシュコロンビア)州からの原油輸出は6倍以上に急増。輸出先は米国51.9%、中国31.9%、香港7.1%、シンガポール6.3%、韓国1.6%、インド1.2%。中国が日量20.7万バレルの最大の買い手となっています。米中貿易戦争下で制裁対象でない原油としてカナダ産が選好されている構図です。Trans Mountain社はさらに20〜30万b/dの追加拡張も検討しています。
■ アラスカ vs カナダ——量の現実
カナダはアジア向けにゼロから日量20万バレル超を1年で実現しました。一方、アラスカは全生産量が42万b/dで、増産分を全量日本に振り向けても1〜2万b/d程度。カナダ産WCS(Western Canadian Select)は重質サワー(API*約20度)で日本の製油所との適合性はANS(アラスカ・ノーススロープ)原油より劣りますが、量の圧倒的な差がそれを補って余りあります。
日本政府が調達多角化を真剣に考えるなら、アラスカへの象徴的投資にとどまらず、カナダとの供給関係構築を並行して進めるべきではないでしょうか。
*API:高いほど軽質(ガソリンなど)、低いほど重質(重油など)で、日本がアラブ諸国から輸入するアラビアン・ライトは 33.3。
■ 見落とされている本当の脆弱性
もっとも、日本のエネルギー安全保障における本当の脆弱性は、原油ではなくLNGにあります。原油の備蓄は254日分ありますが、LNGの在庫は約3週間分しかありません。ホルムズ海峡封鎖が長期化した場合、先に破綻するのはLNG→電力の系統であり、原油ではありません。
首脳会談で原油の話がメインとなり、LNGの構造的脆弱性は「更なる輸入拡大を伝えることも検討」という程度の扱いにとどまっています。この優先順位の逆転こそ、最も議論されるべき論点ではないでしょうか。
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